「ぬわーっ」
悲鳴を聞いたのは、モンスター格闘場に入ったボクがみんなが居るって言うトレーニング用の部屋に向かう途中だった。
「今の、アランさんの」
部屋の外まで聞こえてくるなんて、よほど激しい訓練をしているんだろう。
(はぐれメタル一匹であんな悲鳴になるとは思えないし、蘇生、うまくいったって事かな)
だとすれば、もうかなり腕を上げているんじゃないかとも思う。
「大丈夫かな……みんな凄く強くなっててボクだけ置いてきぼりなんてことは……」
みんなが厳しい修行に励んでいる間、ボクがしたことと言うと、単身地球のへそに潜ってオーブを取ってきたぐらいだ。修行の代わりになりそうなことに絞った場合だけど。
「ううん、そんなこと考えちゃ駄目だ。ようやくみんなと再会出来るって言うんだから」
再会は嬉しいものの筈、個人的な感情でそれを台無しにしちゃうのは、悲鳴をあげてまで修行に打ち込んでいるアランさん達に申し訳がない。
「ええと、確かあの部」
「アーッ」
キョロキョロ見回しつつ進むボクの耳にも聞こえたのは、アランさんとは別の人の悲鳴だったけれど、声のした方向は同じ。
「……うん、あの部屋みたいだ」
ボクは密かに心の準備をすると、軽くノックをしてからドアノブに手をかけ。
「アランさん、ただいま。ここでみんなが修ぎょ」
「いけません、いけませんぞ、そんなところに」
「ううっ、ちょ、ちょっと待、アーッ」
どあ を あけた さき の しょうげきてき な こうけい に ぼく の しこう は かんぜん に とまった。
「ゆ、勇者様? 今は男性の時間ですわよ?!」
「あ、さっちゃん」
「さっちゃん、じゃありませんわ! ……と言うか、その様子、あれを見てしまいましたのね」
さけんだ さっちゃん は かお に て を あてると ためいき を ついて ぼく を へや の そと に ひっぱりだした。
「成る程、原因はこれですわね。まったく、女性立ち入り禁止の札が落ちてたなら何も知らない勇者様がそのまま入っていったのも仕方ありませんわ。説明の方が後になるとは思いませんでしたけれど……あのエロウサギのおじさまが、実物は見たことがない防具の再現を試みてちょっとした防具を作ったのが始まりですの」
「ぼう、ぐ?」
「はい。オリジナルはやいばの鎧という攻撃してきた相手に鎧から生えた刃で反撃する鎧だそうですわ。作られたのはこれをグレードダウンさせて、誰でも着られる棘の生えた服ですわね。棘の威力も中途半端で最初は使い道がないかと思われた防具でしたけれど、はぐれメタルとの模擬戦になら使えるのではないかという話になり、棘の効果を生かすには相手から向かってきて貰わないと行けないと、服にはぐれメタルの好む匂いをつけ、更に効率の良さだけを追い求めた結果が、勇者様の見た通称『はぐれメタル風呂』ですの。飛び込めばはぐれメタルにもみくちゃにされますけれど恐ろしい勢いで強くはなれますわ」
へえ、つよく なれるんだ。
「けど、ボク……あれはちょっとやれそうにないかも」
前にはぐれメタルが鎧に潜り込んできた事があったけれど、無数のはぐれメタルにもみくちゃにされたこと何て無い。
「それがよろしいですわよ。挑めば強さと引き替えに大切なモノを失いますもの」
「え、さっちゃん、まさか?」
もの凄く遠くを見たサラに思わず声を上げてしまったけれど、遠くを見ていると言うことは、そう言うことなんだと思う。
「けれど、男の方って……バカですわよね。『強くならないと大切な人を守れませんからな』そんな格好いいことを言って、毎日あれを」
「え、ええと」
どう反応していいのか解らなくて、ボクは言葉を探し、視線を彷徨わせた。
(うん、さっきの色々と凄くて、完全にボクの知らない世界だったけれど)
もし、お師匠様がボクの為にはぐれメタルの風呂へ飛び込もうとしたら、ボクは止められるだろうか。
「……って、そうじゃなくて! ええと、さっちゃん、それでアランさん達はどれぐらい強くなったの?」
危ない方向に思考がいきかけた事にかろうじて気付き、我に返ったボクは単刀直入に問う。
「それなんですけれど……賢者は強くなりにくいと聞いていましたのに、あっさり追い抜かれましたわ。とりあえず、以前ジパングで見た竜化の呪文とどんな扉でも開けられる解錠呪文などは全員が会得してますわね」
「えっ」
「慢心は敵ですけれど、これだけ強くなればバラモスにも遅れは取らないと思えるだけの強さには至ったと思いますわ。なのに、私以外の三人は未だアレを続けてますけれど」
「凄い……って、三人?」
「はい、三人ですわね。エロウサギは、自分が持ち込んだ修行法と言うところに負い目があるのかも知れませんけれど」
「っ」
ここに来るまでに妙な胸騒ぎがしていた。だけど、ボクは馬鹿だ。一番会って話をしなきゃいけないミリーがそんな辛い所業をしていた事も知らないで、ボクは、ボクはっ。
「ゴメン、さっちゃん。ミリーは、ミリーは何処?」
「今なら休憩用の部屋で休んでいる頃だと思いますわ……って、勇者様?」
謝らなきゃ、謝らなきゃ。
(胸騒ぎの原因、これだったんだ)
もし、何も知らずにミリーに会ってお師匠様とボクのことを、ランシールであったあのことを話していたらどうなっていたか、想像するのも恐ろしい。
(自分が持ち込んだからって言うのも有るんだろうけれど、ボクには解る)
ミリーが辛い修行をしてまで強くなろうとする理由が。ボクは人がしてるのを見ただけで無理と思ってしまったあれを、苦行を続ける理由が。
(全部、お師匠様のためだ。お師匠様の)
ボクに同じ事が出来るだろうか。心の中で問いかけながら、ボクは廊下を駆けていた。
まさか、はぐれメタル風呂登場。
犠牲者を男性陣にしたのは、勇者が女の子だったからです。
もし主人公がこっちに来ていたら、はぐれメタル風呂は女湯でした。
次回、第四百五十八話「マリクの屋敷にむかいたい」