強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百六十四話「判断を委ねる」

「選択は間違えていない……筈だ」

 

 なのに、思わず考えてしまう。これで良かったのか、と。

 

(もう、今更なんだけどな)

 

 取り出したロープでマリクの母親と部下の男達を縛り上げ、おばちゃんに見張りを頼むとマリクの屋敷を後にした俺はモンスター格闘場に向かっていた。

 

「ううん、ママン……ママンと一緒にいられるなら……」

 

 寝言を漏らす変態を背負いながら。

 

「……はぁ」

 

 思わず零れるため息は、おばちゃんと充分張り合える膨らみを背中に押しつけて寝ているマザコン娘へのモノか、それとも自分から火種を背負ってシャルロット達へ会いに行くことにした自分に向けたものか。

 

(解ってる、必須だったんだ。このままおばちゃんの側に置いておいたら、それこそ出血多量で蘇生呪文の出番が訪れかねないから、おばちゃんとコイツを引き離すことは)

 

 そして、トロワは言っていた。常に俺の側に侍り忠誠を捧げると。

 

(動機はアレだけど、マリクの母親が現れた時、貧血の身を押して駆けつけてくれたのは事実なんだよなぁ)

 

 変態な上にマザコンで、アホの子疑惑も持ち上がってはいるが、相応に忠誠を尽くそうとしていてくれるなら、置いていって誓いを違わせる訳にはいかない。

 

(ザマスさんを捕縛出来たのだってコイツのお陰だし)

 

 側に侍るのを許可したとかデレたとか、そんなんじゃない。

 

(そもそも、コイツにとってご褒美なのは俺の側に居ることじゃなくておばちゃんの側に居ることだし)

 

 おばちゃんから引き離す形になっているのだから、トロワから見れば褒美と言うより罰だろう。

 

(まぁ、俺は別を与えるつもりなんてないんだけど)

 

 俺がしておきたいのは、確認だ。常に側に侍るというなら、おばちゃんと離れざるを得ないような状況に陥った場合、どうするのかと聞きたいのだ。

 

(耐えきれないから前言撤回、と言うならそれで良い。むしろそうしてくれた方が助かるぐらいだから)

 

 問題は、むしろ逆を選んだ場合。誓いを守ろうとした場合となる。

 

(常に側にってのが曲者だ)

 

 見た目だけなら、おばちゃんに迫るスタイルの女性におはようからおやすみまで密着されればどうなるかぐらい俺にだって想像はつく。

 

(寝室一緒は当たり前。トイレや風呂にまでついてくるってのがテンプレだっけ)

 

 こっちが拒否したとしても社会的立場がやう゛ぁいことになるのはほぼ確定だろう。

 

(そして、ちちおや を とられた と おもった しゃるろっと が はりあったり するんですね、わかります)

 

 最後に全てをひっくるめた件でまほうつかいのお姉さんに説教されると言うところまでは、予想も出来た。

 

「まぁ……コイツが母親より俺を取る訳がないか」

 

 ある意味で安心の変態マザコンっぷりは散々見せて貰ってるのだ。

 

(あるかもしれない可能性よりも優先すべきは目の前の問題だろうし)

 

 一応、トロワのことをシャルロット達にどう説明するかというのも問題と言えば問題だが、最優先すべきは、マリクがおろちの婿に相応しい男になったかの確認だと思う。

 

(ザマスさんが武力行使なんて手段に出ようとしたのも、息子を思い通り動かす障害に俺がなったからだもんなぁ)

 

 現時点でOKサインが出せる男に成長していたなら、おろちの元まで連れて行けばいい。

 

(おろちがマリクとくっつくかは解らないけれど……)

 

 結果は出る。そこでおろちがマリクを受け入れれば、もうこそこそ隠れて修行をする必要はなくなるし、配偶者の親としてジパングで権力を振るおうにもおろちがそれを許すとは思えない。

 

(原作でおろちが倒された後には新しい女王が国を治め始めてたことを考えると、後継者に国を譲って逃避行という手段だってとれる筈)

 

 その場合、アレフガルドに渡って竜の女王の子供を育てるのだろうか。

 

「ふ……こんなところで考えたところで答えは出ない、か」

 

 ザマスさんの処遇にしてもマリクに問う必要がある。

 

(判断を委ねた結果どうするのかは気になるけれど、あのマリクなら俺と違ってやらかしたりはしないだろうし)

 

 つい先程会ったばかりの赤の他人より肉親であるマリクの方があのザマスさんには詳しいとも思う。

 

(それに……ね)

 

 マリクに会わなければと言うのとは直接関係ないが、出来れば背中の荷物を早く降ろしたいのだ。

 

「んん……ママンっ、ママン」

 

 夢の中で俺をおばちゃんと勘違いでもしているのか。

 

(せなか の へんたいさん が むね を おれ の せなか に こすりつける という きこう を はじめているのですよ)

 

 ちなみに、背負う前にあの乳袋は外してある。あの袋、外側からの衝撃にはあまり強くないらしく、摩擦で破れる可能性もあるからと言うのが理由だけれど。

 

(たしか に すごい まさつ だなぁ)

 

 視線が自然に遠くなる。

 

(もう やだ この へんたい)

 

 これはあれだろうか、性格の変わる本とか読ませたらまともになるだろうか。

 

(毒をもって毒を制す、このレベルの変態ならあのがーたーべるとでも付けた方がまともになるんじゃ……)

 

 などと思ったのは、一瞬だった。

 

「はぁ、はぁ……マイ・ロード。今から……ママンの前で……孫を」

 

 脳内で現状に輪をかけてやばい奴が誕生し、息を乱しつつ服を脱ぎ始めたのだ。

 

(ごめんなさい、嘘です。嘘だから止めて下さい俺の想像力)

 

 駄目だ、あまえんぼうだと現状維持。せくしーぎゃるだと駄目な方向に突き抜ける。

 

(そう言う意味で、コイツをこっちに連れてきたのは正解かな。まかり間違って宝物庫のえっちな本とか読んでしまったらどうなっていたことか)

 

 最悪の事態を防げたというのに全然嬉しくないまま、俺はやがて格闘場の前に辿り着き。

 

「えっ、お、お師匠様?!」

 

 呆然と立ちつくすシャルロットとばったり出くわしたのだった。

 




次回、第四百六十五話「誰にとっての想定外」

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