「母ですが、国に裁きを委ねようと思います」
竜化が解け話を切り出せば、短い沈黙の後、マリクはそう答えた。
「それで良いのか?」
「いつか何かをしでかすんじゃないかとは思っていましたから……僕の言うことには前から耳を貸さない人でしたし」
確認に見せた表情と口ぶりからすると、諫めたことはあったのだろう。
「今回のことは父でも庇いきれないでしょう。しかも、危害を加えようとした相手があなたですからね。むしろ、父も母のしでかしたことの責任を追及されるかもしれません」
「……一応聞いておくが、減刑の為に口添えする必要はあるか?」
何処か悲しげな表情のマリクは俺に尋ねられると無言で首を横に振り。
「……そうか」
「お気遣いありがとうございます」
「いや、お前からすれば意中の相手に思いを伝え、添い遂げようとしているだけなのだろうが、俺の立場からすれば竜の女王からの頼まれごとを代わりに果たして貰うようなものだからな」
申し訳ない気持ちもあるし、出来ることがあるならさせて貰いたいと思っただけなのだけれど。
「気にしないで下さい。そもそも、まだあの方が僕を、僕の思いを受け入れてくれる保証がある訳でもありませんし」
「いや、それについては俺に一つ考えがある」
おろちは異性に求める条件を強さだと言っていた。
「つまり、戦って相応の強さがあることを証明出来れば――」
おろちが振り向く可能性は、高い。
「……すみません、出発の時間はいつになりますか?」
俺が説明を終えるとすぐにマリクは尋ね。
「そうだな、そこは他の皆とも相談せねばならん。断言は出来んが……無理はするなよ?」
このタイミングで出発時間を聞くと言うことは、時間の許す限り強くなるつもりなのだろう。
(すごいなぁ ほんとう に)
ただ、そのレベルを上げる、強くなる手段は発泡型潰れ灰色生き物にもみくちゃにされるという苦行なのだ。
(もし俺が好きな人のために必要だったとしたら、同じ事が出来るだろうか……って、何でシャルロットが)
好きな人で真っ先に浮かんできた顔に胸中で頭を抱える。
「さて、ならば俺達は出発の準備をするか」
口をついて出たのは別の言葉だったけれど。
「そうでつね。それじゃあ、ボクは部屋を取っていた宿を引き払いに行きます」
「そうか、頼む」
「はい、行ってきます」
俺の声へ真っ先に反応したのは、シャルロットで、すぐさま踵を返して部屋を後にし。
「それと、マリクの屋敷に居るア」
「マイ・ロード!」
アンの所に戻らねばなと続けようとした時だった、マザコン変態娘が声を上げたのは。
(ちょっ)
言いたいことはわかる。自分が行きたいと言うことなのだろう。それは良いが、問題は呼び方だ。
「「まい、ろーどぉ?」」
見事にハモった声の主達は揃って俺を見る。
(ああっ、やっぱりぃぃ)
この展開は、パンツ一枚で忠誠を誓わせた罰だろうか。シャルロットが席を外していてくれたのが唯一の救いかもしれないが、他の面々の前で呼ばれてしまったのだ、シャルロットに伝わるのも時間の問題だろう。
(きやすめ にも ならない じゃない ですかー、やだー)
いや、その前に。
「マイ・ロード、母の元に」
「っ、解ったから暫く黙っていろ」
ああやっぱり空気を読まず主張してきたと思いつつ俺は命じる。
「はっ」
それで、マザコン娘自体は納得したようだが、他の皆様が納得してくださる筈がない。
「……ご主人様、どういう……ことですか?」
「説明して頂けますわね?」
「それは、だな……」
どうしてこうも毎回毎回ピンチはやって来るのか。
「サラ、さっきコイツのことを危険人物と評したな?」
「えっ、あ、確かに……言いました、けど」
「なら、何らかの方法で制御するしか有るまい? そう思った俺がコイツと交渉して忠誠を誓わせた、端的に言うとただそれだけのことだ」
嘘は、言っていない。取引材料におばちゃんのパンツを使ったとはとても言えなかったが。
「結果としてそう呼ばれることにはなったが、忠誠を誓わせたのは俺だからな。主人として認めることに抗議する訳にもいかん」
そも、呼称一つに目くじらを立てるなら、魔法使いのお姉さんが元バニーさんを呼ぶ時のエロウサギとか、元バニーさんが俺を呼ぶ時のご主人様呼びだって問題になる。
「まぁ、初めて見る者が聞き慣れない呼称で知り合いを呼んでいたなら気になるという所までは解るがな」
いくらかは屁理屈だったけれど、われながら上手く話を纏められたと思う。
(後はおばちゃんの元に行くって名目でトロワとここを出て、アンと合流してから相談すればいい)
こうしておばちゃんを餌に口を噤ませた俺は、王城への伝言を頼むと同時にモンスター格闘場を後にするとマリクの屋敷へ戻り。
「夫人とその部下については我々がお預かりします」
「すまん、手間をかけるな」
「いえ、聞けば救国の英雄であるシャルロット様の師であり、アッサラームを呪いから救ったあなたを脅迫しようとしたと言うではありませんか」
頭を下げるのはこちらですと言う兵士にマリクの母を預けると、シャルロット達が待つ格闘場へと向かう。
(合流すればいよいよ、かぁ。何度目だったかな、あそこへ向かうのも)
やはり中身は日本人と言うことか、ジパングのことを思い出すと米飯が恋しくなる。
(いや、個人的な欲求なんて後だな。まずは何としてもマリクにおろちのハートを射止めて貰わないと)
いかに原作の知識が有ろうとも、この手のイレギュラーに関しては全くの無力だ。俺は通りを歩きつつ、うまく行くことを祈る事しかできなかった。
ぎゃぁぁぁぁ、ジパング到達出来なかったぁぁぁっ!
サブタイの無断変更含め申し訳ありませぬ。
次回、第四百六十九話「心は逸り、結果を知りたがる」
マリクの恋、実るか否か。