強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百六十九話「心は逸り、結果を知りたがる」

「はぁ、はぁ、はぁ……お待たせしました」

 

 格闘場に戻って一番最後に顔を見せたのは荒い息をしたマリクだったのは、本当に時間ギリギリまで己を磨いていたのだろう。

 

(これだけやってるんだ、自ずと結果は着いてくると思うけれど)

 

 自分の事ではないのに気にかかるのは、ある意味で俺の身代わりをさせるようなモノだからか。

 

(いくら人の姿が美人でもなぁ……うん)

 

 思い出すのは、頭が複数有るからか、ずんぐりとして太い胴体のフォルム。

 

(駄目だ、人の身体だからどうのこうのと言う前提がなかったとしても無理だ)

 

 逆説的におろちに手を出してしまうようなケースがあるとしたら、おろちは人の姿限定の上、まともな判断力を奪われているケースぐらいだろう。

 

(って、何でおろちと夫婦になる事を検討してるんだろ、俺。縁起でもない)

 

 と言うか、やはりここはマリクに全力でおろちを射止めて貰おう。

 

「……揃ったな。荷物の準備は出来ているか?」

 

「「はい」」

 

「ええ」

 

 俺の確認に幾つかの声が重なり、否定の返事はゼロ。

 

「シャルロット、頼む」

 

「はい、いきまつ! ルーラッ」

 

 完成したシャルロットの呪文が俺達を即座に持ち上げ、空の旅へと誘う。

 

「さて、後は現地に着いてから、か」

 

 元バニーさんのおじさまや空気を読まない殺人鬼、元バラモス親衛隊の魔物達など、彼の地に、ジパングに着けば再会出来る者も多いが、やはり気になるのは、マリクの恋の行方で。

 

(心は逸り、結果を知りたがる。まだ現地にも着いていない今、どうしようもないというのに)

 

 今の俺に出来ることがあるとすれば、マリクが己の強さを証明しようとする時に小細工をすることぐらいだ。

 

(確か、魔法使いはミスリルヘルムが装備出来たはず。武器は炎のブーメランかな)

 

 出来うる限りの装備で守りを固めて、当人にもスカラの呪文で防御力を底上げさせれば、警戒すべきは炎のみ。

 

(更にシャルロットがけんじゃのいしを貸せば、多分一対一でも渡り合える筈)

 

 流石にそこまでやるのは、やり過ぎと言われるかも知れないが、無かったとしてもおろちに認めさせる程度の強さには至っていると思う。

 

「いかんな、おろちと交際を望むのはマリクだというのに」

 

 一人で考えていても仕方ない。

 

「そも、疲弊した状態で勝負を挑ませても結果は見えているしな」

 

 ジパングに一泊しつつ作戦会議をし、おろちにアタックするのは翌日にすべきだろう。

 

「ただ、な……」

 

 焦ったりすることに未熟さを感じつつも、思うのだ。

 

(なんで さゆう の うで に まざこん と もとばにーさん が くっついてるの?)

 

 思わず現実逃避に色々考えてしまうのはぜひもなく。

 

「着地の時、そんなにくっついていると着地に失敗しかねんぞ?」

 

「す、すみません、ご主人様。ですけど……その」

 

「マイ・ロード。あなたを主と仰ぐ者が二人居れば、こうなるのはもはや必然」

 

 いや、ひつぜん と いわれても、その、なんだ。

 

(ここは誰かに助けを求めたいところだけど)

 

 人選次第で状況が悪化することぐらい、鈍い俺でも解る。

 

(シャルロット――はこの争奪戦に加わってくる予感しかしない。アンはマザコン娘が暴走する燃料にしかならない。マリクは今大事な時だから負担をかけたくないし……)

 

 どこぞのカップルは空中でいちゃつきつつ眼下の景色を眺めているので、論外だ。

 

(我慢しなきゃ。他者から見れば俺だって柔らか体験絶賛堪能中に見えるもんな)

 

 結局二人を納得させる方法も、仲裁してくれる頼れる助っ人も見いだせなかった俺は両腕を拘束されたままジパングの地に降り立つこととなる。

 

(っ……いや、両腕だけじゃないか)

 

 かろうじて転倒せずに着地した時、俺の背中にはシャルロットがしがみついていたのだから。

 

「シャルロット……ずっとそうやってしがみついている気か?」

 

「だ、だって……」

 

「人の目に触れる勇者の姿がこれではいささか問題が有ろう? それと二人もだ。流石に歩きにくい」

 

 地面に降りたことでようやく引きはがす大義名分を得た俺は三人を諭し。

 

「う……」

 

「す、すみません」

 

 流石に問題だと思ったのか、二名が離れてくれたことに勢いづけられ、俺は提案する。

 

「だからと言う訳ではないが、ここからは自由行動としよう」

 

 もちろん、ただ、女性陣の密着から逃れたくてこんな事を言い出した訳ではない。他に理由はある。

 

「俺はマリクと国主の所へ向かうが、あいつは相変わらず女性恐怖症だろうからな。お前達三人が一緒では話が話にならん」

 

「ですが」

 

「いい、今回の件は例外とする」

 

 最後まで食い下がってきた常に側に侍る宣言をしていたマザコン変態娘さんには今回の件で誓いを破ったことにはならないようにするからと言い含め。

 

「では、行くとするか……マリク」

 

「はい。いよいよ……いよいよ逢えるんですね」

 

「ああ、尤も今日は用件を伝えるだけだがな」

 

 俺は、呼んだマリクだけを同行者にヒミコの屋敷へ向かって歩き出す。

 

「用件? なぜ用件と」

 

「強さを見せると言ったろう? ならば、最高のコンディションでなくてはなるまい? それに強さを見せるというのは俺が言い出したこと。先方に強さを見せる時間があるかも解らん」

 

「あ、言われてみれば」

 

「王族なら解ろう? 一国を担う大変さと多忙さを鑑みれば、向こうの都合がつかないことも考えられる」

 

 

 ただ、だからといって門前払いもない程度には扱って貰えると自惚れているわけだが。

 

「会いに行くとは言ったが、先程から言うように向こうの都合もある。あまり期待せぬようにな?」

 

「……はい」

 

 マリクのテンションが明らかに下がるが、嘘をつく訳にも行かない。

 

「ご苦労、国主に用が有ってきたのだが」

 

「……暫し待たれよ」

 

 やがて辿り着いた屋敷の入り口でヒミコと言うかおろちに合いたいと告げると、見張りの兵は引っ込み。

 

「待たせたな。通して良いとの仰せだ」

 

「手間を取らせた。マリク、行くぞ?」

 

 戻ってきた兵に応じると、声をかけて俺は歩き出す。おろちの元へと。

 

 




次回、第四百七十話「たいめん」

おそらく、この次のお話がスピンアウト作品「強くて異邦蛇」へ至るかどうかの分岐点となります。

そう言う訳で、ちょっとだけおろちと子供を作る可能性について臭わせてみました。

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