強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百七十一話「ひょっとして割と酷い奴ですか、俺って?」

「それは……どういう」

 

 絞り出されたおろちの声はかすれていた。

 

「幾つか理由はあるが順に説明しよう。まず、お前の言う『あの方』の名はスレッジ。老齢の魔法使いでな、まずこの年齢が問題になる。一緒になったとしても子は望めんであろうし、夫婦として過ごせる時間も何年有ることか」

 

 まともな考えの持ち主であれば、相手が同種族であったとしても受け入れるとは思えない。

 

「故に、あちらが断ってくると俺は見ている。仮に、俺がスレッジだったとしても首を横に振るだろう。男として、一人の女を娶るならその相手を幸せにしてやる責任があると俺は考える」

 

 許されるのは短い時間、子供も望めない。それでも一緒になりたいと思う人は居るかも知れない、だが。

 

「俺なら、他の相手を探せと言う。逃げかもしれんがな……」

 

 最後まで、一緒になる女の面倒も見れない時点で、ありえない。

 

(いくら思いを寄せられようとも、身体は借り物。意識だけの俺に誰かの思いに応える資格なんて最初からありはしないんだ)

 

 例えそれが人ではなくても。

 

「あくまで、これは俺の意見だ。そして、正直に白状するなら、俺としてはそこのマリクと一緒になってくれた方が都合が良い」

 

「ヘイルさん!」

 

「事実だ、声を荒げるな。それから、ここでその名は呼ぶな」

 

 ジパングでは偽名で通しているのに、名前を呼ばれたら偽名の意味が無いじゃないですか。

 

「すまんな、相手がスレッジだともっと早く気づいていたら、期待を持たせることもなかった。その償いという訳ではない。マリクと一緒になってくれたら良いというこっちの事情を隠したままでこのまま話を続けるのは気が引けた、ただそれだけだ」

 

 俺は黙ったままのおろちに頭を下げ。

 

「……のう」

 

「ん?」

 

「あの方は、スレッジ様は、本当にわらわと一緒になってはくれぬと……お前様は言うのかえ?」

 

「っ」

 

 声をかけられ、向けられたおろちの目は何かに縋るようで、一瞬、言葉に詰まった。

 

「俺だったら断る、そう言っただけだ」

 

 全てを知れば、完全な拒絶。されど、俺とスレッジが同一人物でなければ、完全に望みを絶った訳ではない答えを口にすると、更に続ける。

 

「だから、覚悟はしておけ。断られる覚悟をな」

 

 と。それが精一杯だった、情けないことに。

 

(しっかし、今までずーっとモテずにここまで来て、ようやく好きになってくれる異性が現れたと思ったら、これとか)

 

 世界は本当に悪意に満ちていると思う。

 

(もし、今、身体が自前だったら……俺はおろちの気持ちを受け入れたかな)

 

 つい、意味のない仮定をしてしまうのは、俺も平静でないからだろう。

 

「お前様は……優しいのじゃな」

 

「っ」

 

 ポツリと漏らしたおろちの言葉にあっさり動揺してしまう程。

 

「話を戻すぞ? 今日、ここに来たのは先程の報告と、確認、そして提案をするためだ。確認についてはおろち、『お前の意思の確認。そして、提案というのは――」

 

 マリクと戦い、力を認められるようなら交際を前向きに考えて欲しいというモノ。

 

「もし……万が一にもスレッジがお前と一緒になると言うなら、この件は忘れてくれていい」

 

 その万が一は無いだろうし、仮に俺とおろちが一緒になった場合、正体を明かせば寿命の問題は解決してしまうのだから。

 

(って、駄目だ駄目だ。こういう妙な前提はフラグになりかねない)

 

 父上はそう言うところで詰めが甘いから母上にしてやられたのじゃと聞き覚えのない女の子の声が聞こえた気がするが、きっと幻聴だろう。

 

(と言うか、止めてくれ俺の想像力。今の台詞、どう考えても俺とおろちの子供じゃなきゃ出てこねぇじゃねぇか)

 

 口調は母親譲りなんですねとか、妙に冷静な考察をしてる場合じゃない。

 

「とにかく、提案はしたぞ。返答は?」

 

 ここからが勝負だ。勝算もあるが、それにはまずこの提案をおろちが呑むことが大前提だった。

 

「……承知した。わらわもここのところの平和にいささか飽いていたところじゃ。お前様が押す程のおのこの力、気にならぬわけでもない」

 

「……そうか」

 

 返答に心の中で胸をなで下ろしつつ、表面上は平静を装って応じると、俺はマリクに向き直る。

 

「戻るぞ。準備をせねばな」

 

「えっ? いや、ですが、場所とか」

 

「おろちが本来の姿に戻れて、人目につかず抜け出せる場所という時点で俺は一箇所しか知らん」

 

 混乱するマリクに確認の必要がないと説明をする俺におろちが何も言わないということは、多分間違っていないのだろう。

 

「場所はジパングの洞窟。時間は明日決めればいいな」

 

 一応おろちはこの国の国主なのだ、手合わせする時間はおろちの都合に合わせる必要がある。

 

「飛び込みの仕事で予定が狂う可能性もあるからな。前日に決めるより当日の方が良かろう」

 

「気遣い痛み入るのじゃ」

 

「ふ、そもそもこちらが提案したことだからな、礼には及ばん。ではな」

 

 こうしておろちとの話を終えた俺達は、おろちの屋敷を後にする。

 

「さて、他の皆の所に戻るか」

 

「そうですね」

 

 明日への作戦会議もあるがまずは報告をすべきだろう。

 

「明日も……この調子で晴れるといいな」

 

 見上げると鳥居の向こうに青空が広がっていた。

 




と言う訳で、主人公の脳内台詞一つですが、スピンオフに出てきたおろちと主人公の娘、登場なのです。

いやー、シリアスはきっついですね。ギャグパートの方が書いてる分にはお気楽でいいなぁ。

次回、第四百七十二話「主人公、本気を出す」

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