強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百七十四話「男を見せる日・中編」

「しかし、こう新鮮だな」

 

 油断する気はサラサラ無い。だが、野外に居るというのに魔物の襲撃がまず無いと言う状況はこの地域を支配しているのがおろちだからこそのレアケースだ。

 

(と いうか、たまたま みかけた そら を とぶ まもの が あいさつしてから とびさって ゆく とか ふつう に かんがえたら ありえません よね?)

 

 多分元バラモス親衛隊かシャルロットが仲間にした魔物だと思う。この地域に水色東洋ドラゴンは棲息していなかった筈だから。

 

「ありがとー、そっちも気をつけてねーっ」

 

「あらあらあら」

 

「ママン……くっ」

 

 ブンブン手を振るシャルロットは何を言っていたのか解ったらしく、そんなシャルロットを微笑ましく眺めるおばちゃんを見て自分もやっておけば良かったと悔やむマザコンが一人。

 

「シャルロット、今の竜は何と?」

 

「えっ? あ、『先日の雨でここから北側の山の斜面が崩れているので、南回りでお進み下さい』って言ってました」

 

「成る程、空からなら地形を把握するのも簡単だな」

 

 おろちと手合わせすることもおそらく通達されてるのであろう。

 

「ああしてわざわざ協力してくれる者も居るぐらいだ、とりあえず行きに関しては問題なさそうだな」

 

 問題は洞窟に入り、おろちとマリクの戦いが始まってから。

 

(スカラは自前でかけられる筈。となれば元バニーさんにサポートを頼むなら、ブレスのダメージを軽減するフバーハと素早さを上昇させるピオリムくらいかぁ)

 

 もちろんこれをマリクの方で拒否することも考えられるが、少なくとも装備は借りることを承諾してるのだ。無様な戦いにはならないと思う。

 

「あれが、ジパングの洞窟ですか……」

 

「うん、懐かしいなぁ」

 

「ん? ……ほぅ」

 

 考え事をしている内に随分進んでいたらしい。我に返ってマリクとシャルロットの視線を目で追うと、そこには確かに洞窟が口を開けていた。

 

(まぁ、生け贄を運ぶ場所だった訳だし、距離としては妥当か……けど)

 

 あの洞窟には色々あった。おろちと戦ってクシナタさんを助けたり、ドラゴラムしてレベリングしたり。

 

(とりあえず、おろちの件に関しては今日、一つの決着がつくかも知れないんだよな)

 

 クシナタ隊の他のお姉さん達の事とかを考えると若干複雑なところもある、だが。

 

(ここで夫婦が誕生すれば、竜の女王も安心出来る筈なんだ、だから)

 

 俺は自分の装備も貸した。

 

「行きましょうか、皆さん」

 

「……ああ」

 

 ただ、言葉はこれ以上必要ないのだろう。

 

(あんな顔をされちゃ、ただ頷いてついて行くしかないよなぁ)

 

 マリクは解っているようだった、自分が何をすべきかを俺以上に。

 

「さてと」

 

 そして、俺も一つすべき事を理解していた。

 

「戦闘がないなら、こいつは脱いでいて問題ない、な」

 

 中が溶岩煮え立つ灼熱地獄であることは、幾度かの訪問で学習している。

 

「シャルロット、お前もマントは脱いでおけ」

 

「あ、そうですね」

 

 ひょっとしたらフバーハの呪文を使うことで洞窟内でも些少マシに過ごせるかも知れないが、流石にそんな理由で元バニーさんに呪文はねだれない。よって、一枚脱いだレベルに抑えて俺達は洞窟へと突入したのだが。

 

「お待たせしまし」

 

 洞窟を進み、人影を見つけて声をかけようとしたマリクの声が途絶えた。

 

「マリク……さん? お、おっ、おろちちゃん、その格好――」

 

 立ち止まったマリクの様子を訝しんで横から前を覗き込んだシャルロットが上擦った声を上げ。

 

「おろち……お前」

 

 釣られて前を見た俺は顔をひきつらせた。

 

「驚いたかえ? この洞窟で布は燃えやすいのでのぅ」

 

 忘れていた訳ではない。

 

(訳じゃない……けどさぁ)

 

 ひと の すがたなら せめて なにか きてこい と おもう おれ は まちがっている のでせうか。

 

「ほほほ、本来の姿で待っていようかとも思うたが、あの姿では人の言葉を喋れぬ」

 

「そ、それはそうかも知れないけど、せめて前を……あ、お師匠様、駄目っ、見ちゃ駄目ぇぇっ」

 

「っぐ」

 

 ある意味失態だった。とあるせくしーぎゃるに呆れていたとは言え、シャルロットから振り向き態に抱きつかれたのは。

 

「ま、マイ・ロード?」

 

「ご主人様?」

 

「だ、大丈夫だ」

 

 避けるつもりは無かったから問題はない、鎧の胸甲に鼻を打ってけっこう痛かったりはしたけれど、お陰で魔物の裸に見とれていた変態の烙印は押されずに済んだのだ。

 

「さて、マリクと言ったのぅ。わらわとて譲れぬものがある、そう簡単に屈しはせぬぞえ? おまえがこのわらわを欲すというなら、相応しい力を見せてみよ!」

 

「……ほう」

 

 相変わらずシャルロットに頭をがっちりホールドされていて視界は全くないが、いつもの残念さは何処に行ったと言いたくなる程の啖呵だった。これに、元の姿へ戻ったのか、本性の咆吼が続き。

 

「マリク、補助は?」

 

「……要りません、スカラっ」

 

 俺の問いかけに応えたマリクが呪文を唱える。

 

「こうして……自分で、出来ま『すから』」

 

「ふ、成る程な……しかし、おろちもおろちか」

 

「フシュルルル……」

 

 マリクが呪文を唱えたと言うのに、唸るくらいで身じろぎする音一つ無い。

 

(相手は一人、しかもまだ子供……となればなぁ)

 

 ゲーム的に言うならば、これはそう。

 

「やまたのおろち は ようす を みている」

 

 とでも言ったところだが、わざと時間を与えた様にも思える。

 

(慢心か、それとも他に理由でもあるのか)

 

 気にはなるが、視界を塞がれていてはどうしようもない。

 

「シャルロット……もう良かろう?」

 

「うぇ? あ、そっ、そうですね。すみません」

 

「いや、お前の気持ちも解らんでもない」

 

 おろちと仲の良いシャルロットとしてはその裸体を異性に見られることが憚られたのだろう。

 

「ガァァァッ」

 

「っと、くっ」

 

「まぁ、それはそれとして……だ。なかなかの身のこなしだな」

 

 何割かはみかわしのふくの効果だとしても、首の一つが噛み付いてきたのをマリクはひらりとかわし、追撃で迫ってきた別の首に盾をかざしたことでダメージを首がぶつかってきた衝撃のレベルまで落としている。

 

「マヒャドっ」

 

 更にそこから呪文での反撃。

 

「ギャウッ」

 

 鋭い氷の刃に斬り裂かれたおろちが悲鳴をあげるなか、俺は声に出さず隠して親指を立てた。

 

(マリク、グッジョブ)

 

 呪文のお陰か、少しだけ涼しくなったのだ。

 




よし、バトルにまでは持ち込めたぞ。


次回、第四百七十五話「男を見せる日・後編(閲覧注意)」

ええと、おろちとの戦いですから、●ロ描写とかあるかも知れませんので、保険です。

流血したり、食べられちゃったりするかとかネタバレになることは言えませんが。

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