「ガアッ」
アギトを開いたおろちの首の一つがマリクを狙う。
「っ」
「いかん、右だ」
すかさずマリクはまた盾で防ぐが、それはフェイクだった。
「え」
「フシャァァァッ」
元々首は五つあるのだ。一つの首をおとりに使ったところで、攻撃に使える首は他に四つある。
「ぐっ」
結果、牙のかすめたマリクの肌が避け、傷をおさえた指の間から血が滴る。
「お師匠様……」
「まぁ。おろちとてこの国をバラモスから任されていた魔物、事前にかけていた呪文によって一撃のダメージはかなり減退しているが、マリクは打たれ弱い魔法使いだからな」
接近戦ではおろちに軍配が上がるのは仕方ないと俺は思う。
「いえ、そうじゃなくて……今のおろちちゃんの動きが見えるなんて……」
「ああ、そう言うことか。まぁ、首が多くて惑わされるかもしれんが、実際の動きはお前がかつて戦ったじごくのきし、ディガスと同じぐらいだぞ?」
「えっ、本当でつか?」
ついでに言うなら、ずんぐりとした胴体が重量級であることもあってか本体の動きはかなり遅い。
「嘘を言っても仕方なかろう? 本体の鈍重さを首の数による多段攻撃で誤魔化しているからこそ今、マリクに一撃を与えられたが、あれは首の届く範囲にマリクが居たからでもある。もっとも、首の届かないアウトレンジで戦おうとすれば、炎か火炎を吐いてくるから距離を取るのも問題だがな」
フバーハでブレス対策が為されているならそれでも良いのだが、いかんせんマリクは魔法使い。ブレス攻撃のダメージを軽減するフバーハの呪文は使えない。
「そっか、ええと……お師匠様だったら、おろちちゃんとはどう戦いますか?」
「そうだな。盗賊は使うことで呪文と同様の効果を持つアイテムを使う術に長けている。手元にアイテムが有るならそれを活用するだろうが、アイテムが何も無いとしたら敢えて首の届く範囲で戦い、身軽さを生かして襲ってきた首をカウンターで攻撃する。この時、狙う首は出来るだけ一つに絞る」
ゲームでは部位破壊など無かったが、この世界ではおろちの首を切り落とすことが可能だった。
「おろちの近接戦での強みは首の多さにある。逆に言えばあの首を刎ねてしまえば、強みは半減する」
「そっか。……けど、お師匠様それって殺し合いの場合、ですよね?」
「無論だ。だから、首を落とす手前で聞く……『まだ続けるか』とな」
一度は首を斬り飛ばされているおろちからすれば、首狙いと俺の問いは明確な意味を持ってくる。これ以上続けるならまた首を刎ねるという意味を。
(そもそも今回と同じケースなら、力試しみたいなモノだもんね。俺がおろちだったら、そこで降参して終わりだ)
問題は俺が勝った場合、その後どうなるかという問題だけである。
「力を見せると言うなら、本気を出せば首を一つ潰せるといった力の提示だけで充分だろう? それこそこれは殺し合いではないのだからな。今の戦いにしてもどちらかが大怪我をする前に終わるだろう。もし、万が一終わらねば俺達で止めれば良いだけのことだからな」
「言われてみればそうですね。けど、終わらない場合って……」
「どちらかが手も足も出なくて、意地になって戦いを続けようとする場合、だな」
ただ、おろちが一方的にやりこめられる展開があるとは最初から思っていなかった。マリクが賢者で、フバーハと回復呪文まで扱えた場合なら話は別だったろうが。
「まだまだっ、マヒャドっ!」
「ギャアッ」
再びマリクが呪文で反撃し、おろちに手傷を負わせてはいるものの、マリクの傷は癒えぬまま。
「まぁ、見ての通り既にそんな一方的な展開はない」
ダメージならおろちの方が多く受けているだろうが、持ち前のタフさを鑑みれば呪文数発分のダメージではまだ充分戦える。
「マリクの方も打たれ弱いとは言え、牙を受けたのはまだ一度か二度だ。薬草でも持っていればまだ充分フォロー出来る範囲だろう?」
「た、確かにそうですね」
「尤も、戦いが終わった後両者が何処までダメージを負うかは解らん。その時はお前達の出番だからな、ミリー、シャルロット」
「「はい」」
「ふ、いい返事だ」
元気な声が二人分返ってきたことで俺は再び、おろちとマリクの戦いへと目を向ける。
(しっかし、マリクは本当に良くやるよなぁ。これが愛の力って奴なんだろうか)
俺としてはありがたいのだが、同時に少々予想外だった。元バニーさんの補助呪文なしでここまで健闘するとは思っていなかったのだ。
(これは、ひょっとしたらひょっとするんじゃ?)
おろちはドラゴラムした俺に惚れたと言っていたが、実際に戦った訳ではない。ドラゴラムを覚えたマリクなら魔物をブレスで蹂躙することは可能だ。
(相手の強さを感じるという意味なら第三者として見ているよりも――)
直接戦った方が分かり易いはず。
(頼む、マリク……)
奇跡を起こしてくれ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「フシュウウゥ」
心で祈りつつ見つめる視界の中で、一人の少年魔法使いが荒い息をしつつ多頭の魔物と向き合う。滴る汗や血は洞窟の熱ですぐに乾き。
「グルォオオッ」
「はあっ」
咆吼と共に伸びてきたおろちの首をマリクが盾でいなして受け流す。
「やった、かわした」
「いや、あれは――」
小さくシャルロットが声を漏らすがそれを俺が否定し。
「マリク、逃げろ締め付けだ!」
「え? あ、しまっ」
俺の声におろちが狙いとする所を悟ったようだが遅かった。
「フシュアアアアッ」
「ぎ、ぐううっ」
「くっ、やはりそうか」
首に絡み付かれ、苦しげに顔を歪めるマリクを見て俺は歯噛みする。おろちは、学習したのだ。
「噛み付きを幾度かかわされたことで、噛み付きをフェイントに複数の首で巻き込んで締め付けることを考えつきやがった……」
「そんな」
ここまで良い勝負が出来ていた分、残念でならないが力比べならばマリクがおろちに勝てる筈もない。
(だが、諦める訳には……何かないか、何か……ん?)
焦る気持ちを抑え込みつつ、打開策を探した俺が、それを思いついたのは、おそらく偶然。
「マリク!」
だが、試してみる価値はあった。
「ドラゴラムだ。竜化して振り解け!」
ドラゴラム、巨大な竜に変身して戦う呪文だが、俺はこの呪文でスミレさんを頭に乗せたことがある。
(つまり幻術を纏う訳じゃなくて、実体を伴って変身する呪文。もし、締め付けてる相手が急に膨れ上がったら、どうなるか――)
試したことはない、思いつきである。
「ぐ、ドラ……ゴラム」
それでも、マリクは俺の声に従い。
「フシュア?」
「ぐ、グゥゥ……ガ」
突然の変化に理解が追いつかないおろちの首の間から見えたマリクの身体が変貌し始める。
「グ、フシュ……」
何が起こるか理解し、押さえ込もうとするが、マリクの巨大化と竜化は止められない。
「フシュオオオッ?!」
「グオオォォン」
最後には本当に巻き付いていた首を振り払い、マリクが咆吼をあげる。
「よしっ」
思わず俺の口から声が漏れた。
(ふぅ、危ないところだった)
だが、あれならまだ戦える。そう思った。
「フシュ、フシュアアアッ!」
「な」
「えっ」
だが、次の瞬間、振り解かれたと思われたおろちがマリクへとぶちかましをかけ、押し倒す。
(しまった、おろちって一ターン二回行動だったじゃないか、俺の馬鹿……)
一度振り解いただけで喜んでは駄目だったのだ。
「くっ」
「フシュウウ」
拙いことになった。押し倒したのを良いことにおろちは首を竜マリクの身体に絡みつけ。
「え、あ……ちょ、だ、駄目、おろちちゃん! お師匠様が、お師匠様やボクが見てるのにっ」
「は?」
隣から聞こえた大声に思わず振り向くと、そこにいたのは顔を真っ赤にしたシャルロット。
「しゃ、シャルロット? それはどういう……」
「フシュアアアッ、フシュオ、フシュウウッ」
「あう、あ、あ……」
説明を求めたが、おろちの咆吼を聞く度に顔をどんどん赤くし、シャルロットは挙動不審になるばかり。
「ま、マイ・ロード」
そこに声をかけてきたのは、ある意味で救いの主だった、マザコンで変態だけれど。
「ん? あ、そうか。お前も居たのだったな」
「っ、こ、言葉責めですか……」
「いや、戦いに見入っていて素で忘れていた。すまんな、それよりあれはどういう状況だ?」
シャルロットの態度で、何となく予想は出来るのだが、念のため俺はトロワに尋ね。
「は、おろち殿は。マリク殿の竜の姿を見て、欲情されたようです。元々自分を慕って、脆弱な人間の身でありつつも単身挑んできたことに心が揺れ始めていたようで」
「そ、そうか」
多分結果オーライなのだろうが、何ともコメントに困る。
「とりあえず、邪魔者は退散するとするか」
シャルロットをあのままにしては置けないし、ここに居座るのは問題しかない。
(おめでとう、マリク。幸せにね)
戦いの果てに産まれ、押し倒されて始まる一つの愛に祝福を送りつつ、シャルロットを回収した俺は、そのままジパングの洞窟を後にするのだった。
ビジュアル的には怪獣大決戦、だが実際にはエロシーン。
おろちからすると、人間は異種族ですが、ドラゴンは同族。
人間視点に直すと、犬がいきなり全裸の美少年になったようなモノなので、結果、ああなった訳です。
幾ら強ければ見てくれは関係ないと言っていても、異種族より同族の方がクラッと来ると言う訳で、うん。
ちなみに、スレッジがあの時の竜だと照明する為おろちの目の前でドラゴラムした場合、同じ展開が待っていました、たぶん。
次回、第四百七十六話「戦いの終わり、そして」
尚、おろちの台詞を訳すつもりはありません。
シャルロットの反応から、想像で補って頂けると助かります。