強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百八十二話「さいかいはしれんのきょうか」

 

「忘れて来たのは、俺の落ち度だもんなぁ」

 

 現状で、強く出られなくなったのは痛すぎる。

 

(いちうおうおばちゃんに押しつけるって方法も思いつきはしたけど……うん)

 

 スタイル強調と裾揚げだけで鼻血を吹いた変態さんが、母親のきわどいビキニ姿なんかに接近しようものならどうなるだろうか。

 

(死ぬな、たぶん)

 

 そのもの凄い安らかで酷い顔を前に、賢者のどちらかが蘇生呪文をかけることになるところまでがワンセットだと思う。

 

「となると、おばちゃんに上から何か着て貰うのは必須、かつあのマザコン変態娘は俺の方で引き取るしかない訳で……」

 

 どう あがいても おんなのこ ひとり ついか かくてい じゃないですか、やだー。

 

(まぁ、その前に置いていった事へのお詫びだけど)

 

 これが難しい。

 

(母親に孫の顔を見せて喜んで欲しいって一心だけで迫ってくるような変態だからなぁ)

 

 下手に出たらどうなるかは火を見るより明らかだ。

 

(おばちゃんに何か譲って貰って機嫌を取るしかないかな……それはそれで、鼻からの流血騒ぎ程度にはなりそうだとしても)

 

 宿のロビー経由で外に向かうべく廊下を歩きながら考えるが、これはと思う程の良策は思いつかず。

 

「あ、お師匠様。こっちです!」

 

 ロビーに顔を出したところで外から宿の中を覗き込んでいたシャルロットから声がかかる。

 

「もう他の方の準備は終わってますわよ?」

 

「……すまん、待たせたようだな」

 

 考えながら歩いていたからか、魔法使いのお姉さんが言うように頭を下げて宿の外に出ると、そこにはマントに身体をくるんだ女性陣の姿があった。

 

「これは……」

 

「水着なら上から着込めばいいかと思いましたが、そうも行かんようです。あの羽根の部分が割と立体的らしくてマントのようなモノでないと相当ぶかぶかなモノでなければ胸が苦しくなってしまうそうで……」 

 

「ふむ、重厚な鎧を鼻で笑うような常識外れの防御力を持つと聞いていたが、なるほどな」

 

 ビキニという軽装を鑑みると上から鎧や服を付けることで更に防御力を向上させられないかと微かに思ったが、現実はそう甘くないらしい。

 

「逆にこのビキニの下に服を着込む事も考えたんですけど、そうすると今度は徐々に傷を癒す効果が発揮されないみたいなんです」

 

「直接肌の上に付けないと駄目、ということか」

 

 何というか、徹底していると思う。

 

「だけど、不思議な水着ねぇ。見せたらあの子も興味を持つかもしれないわ」

 

 やめてください、おばちゃん。へんたい に きわどいみずぎ を あたえたら、どんな かがくへんか を おこすか わからないじゃないですか。

 

(しっかし、水着に他の装備を追加することで肌色面積を減らそうと言う考えを尽く先回りして潰すとは)

 

 水着で女の子を戦わせることにかけた執念の様なモノを感じる。

 

(元バニーさんのおじさま由来なのか、世界の意思なのかは解らないけど)

 

 ただ、この分だとバラモスとの決戦はビキニでバトルになるのが確定したんじゃないだろうか。

 

「そ、それでは皆様、いいです……か?」

 

 声が聞こえたのは俺の後ろ。先程アランの元オッサンが口にした立体的な羽根が押しつけられる感触を背中に感じつつ、俺はああと短く答えた。

 

(どうしてこうなった)

 

 思わず空を仰いだって仕方ないと思う。向き合っていては視界が狭まるとすぐ前に居るシャルロットと向き合う形で抱き合う態勢だけは回避したが、左右ではなく前後で挟まる形は想定外だった。

 

(シャルロットに俺が後ろから抱きついて、その俺に元バニーさんが後ろから抱きつく……)

 

 左右の方がまだマシだった。

 

(耐えろ、耐えるんだ。三人になればバランスの関係上前後サンドイッチはもうない)

 

 だから、耐えろと自分に言い聞かせる俺の身体が、浮き上がったのは、そのすぐ後。

 

「きゃ」

 

「っ」

 

 浮かび上がり別の方向から力が加わったせいで、バランスが崩れたか、後ろから抱きすくめられる力が強まり。

 

(ちょっ)

 

 これでもかと押しつけられる凶悪な兵器に顔がひきつる。天国のような地獄は、そこに誕生した。

 

「っ、少し上にあがっただけだというのにこれほどとは……寒くありませんかな?」

 

「だ、大丈夫ですわ。ですけど……もっとぎゅっとしても構いませんわよ?」

 

 なんてバカップルをやらかしてる約二名の声が少し離れたところからするし、視界はシャルロットのツンツン頭に半ば塞がれている。

 

「ん?」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや、シャルロットは兜とか被らなくていいのか、と……あ」

 

 口に出してから、ふと気づく。

 

(そう言えば、竜の女王の城の側じゃなかったっけ、シャルロットの親父さんが兜残していった村だか町って)

 

 地図で確認したいところだが、生憎両手はシャルロットを装備中である。

 

「お師匠様?」

 

「いや、寄り道すべきか迷った場所があってな。ただ少々そこがどの辺りにあったかが思い出せん」

 

「じゃあ、降りたら地図を広げてみましょうか」

 

「……そうだな」

 

 寄り道が増えるかは解らない。だが、意識を別の場所に向けたことで気が紛れたのは間違いなく僥倖だった。

 

(って、気が紛れたとか、忘れてたの思い出しちゃったじゃないか、俺のばかーっ)

 俺への試練は、その後も暫く続いた。

 

「あ、お師匠様。そろそろ到着ですよ?」

 

 下降し始めたのを感じたのであろうシャルロットが、声をかけてくるまで。

 

「そうか、ならここまでだな。二人とも、離れろ。着地に支障が出かねん」

 

「「……はい」」

 

 返事が揃って残念そうだったのは、俺という人型の懐炉と離れざるを得なくなったからか。

 

(ふぅ……これでようやく視界が開)

 

 シャルロットが動いたお陰で広がった視界には、迫りくるお城と、その入り口でこちらを見上げるアークマージが一体。

 

「マイ・ロードぉ……」

 

「すまん」

 

 こちらが着地するなり、涙目で駆け寄ってきたトロワにかける言葉をそれ以上見つけられず。

 

「うわぁぁぁぁぁん」

 

「すまん」

 

 置いてきぼり二日目は流石に辛かったのだと思う。泣きじゃくりつつもこれでもかと胸を押しつけてくる変態娘の前で、俺は若干途方に暮れるのだった。

 




そう言えば忘れ去られていたオルテガの兜。

作者のうろ覚えではそんなに離れていないと思われた兜の在処は、地図を見直すとそれなりに距離があった。

次回、第四百八十三話「迷いつつも」

寄り道か、出陣か。主人公が選ぶのは。

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