強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百八十三話「迷いつつも」

「そろそろ泣き止め」

 

 なんて、とても言える状況ではない。忘れて一人で帰ってしまったのは、俺だ。

 

(うーむ)

 

 ただ、同時に違和感も若干有る。

 

(いい大人がと言うか……こいつ、バラモスから軍師に任命されてた筈だよね?)

 

 それ程の人材が人目も憚らず大泣きするだろうか。

 

(ここで難癖付けるのも最低だとは思うけど、演技だったとしてもおかしくないし)

 

 勿論、だからと言って泣き真似じゃないのかと口に出して疑うような事も出来ない。

 

(これは、もう他に手だてもないか)

 

 悩んだあげく、俺はトロワの耳元で囁く。

 

「この埋め合わせは後でする。だから――」

 

 なきやんで ください。あと、むね を おしつけるの やめてくれなさい。

 

「ほんと?」

 

「あ、ああ。詳しくは、応相談だがな」

 

 ここでおばちゃんの所持品をどうのとか、具体的な条件を口にするとおそらくこの変態娘が鼻血を出して裏取引がバレる。だから、若干玉虫色の申し出になったのは是非もなく。

 

「シャルロット、地図を出して貰えるか? 先程言っていた場所について確認したい」

 

「あ、はい。ちょっと待って下さいね? ええと……」

 

 こちらの言葉にトロワが反応したのをこれ幸いと俺はシャルロットに話を振って地図を出させる。

 

(ふぅ、これで後は兜のある場所がここからどれぐらいの距離にあるかだな)

 

 近ければ寄り道すればいい。

 

(原作知識がうろ覚えじゃなきゃ、もう判断も下せていたんだろうけど)

 

 無いモノねだりをしても無意味だ。

 

「お師匠様、どうぞ、地図です」

 

「と、すまんな。さて、確か……」

 

 微かな記憶通りなら、ジパングの北、銀世界の中にあったなと思い出しつつ場所を探せば、それはすぐに見つかった。

 

(ちょ、ジパングからの方が近いし、そもそも遠っ)

 

 寄り道を躊躇わせるには充分すぎる距離の前に俺は一瞬呆然とし。

 

「お師匠様、どうでした?」

 

「っ、いや……思っていたより距離があってな。ふむ」

 

 オルテガの兜は魅力的だが、バラモス自体は俺一人でも充分倒せる強さだった。

 

(アレフガルドに降りれば、ラダトームで他のみんなの装備も強化出来る筈だし、ここは先にバラモスを倒すべき、か)

 

 声に出さず、迷いつつも出した結論は予定変更なし。

 

(情けないとは解ってるけど、これ以上密着行軍が続いたら……俺がもたない)

 

 なまごろしタイムの延長に耐えられないなら、魔王を倒すのみである。

 

(まぁ、前の時もそうだったけど、バラモスに戦いを挑む理由が本当にしょーもないよなぁ)

 

 前回はトイレを借りるため、そして今回もまたとても口外出来ないような理由なのだ。

 

「シャルロット、予定通りだ。これからバラモスの城、ネクロゴンドに向かう。ところでトロワ、マリク達はまだこの城に滞在しているか?」

 

「は、ジパングに竜の女王が産み落とした卵を運ぶのに準備が必要だそうで」

 

「成る程、ルーラ着地に卵が耐えうるようにと言うことか……」

 

 やはり、マリクにトロワを連れてきて貰うのは虫が良すぎたらしい。

 

「ならば、出発の前に挨拶だけしてくるか」

 

「そうでつね。おろちちゃんの邪魔はしたくないですけど」

 

 シャルロットの賛成を得た俺は、竜の女王の城へと足を踏み入れようとし。

 

「あ、皆さん」

 

「マリク?」

 

 丁度外に出てきたマリクと鉢合わせとなった。

 

「どうした、おろちと一緒ではないのか?」

 

「さっきまではそうだったんですけど、ヘイルさんが飛んでくるのが見えて……お供の方が残ってましたし」

 

「そうか、まさかそちらから挨拶に来てくれるとはな。竜の女王は、やはり?」

 

「ええ、息を引き取りました」

 

 問いかけに返ってきたマリクの言葉に俺は目を閉じる。卵がどうのと言われた時点で解っていたことではある。

 

「えっと……おろちちゃんは?」

 

「妻は、念のため卵に寄り添っています。どうも、卵を見たらじっとしていられなかったみたいですね」

 

「ほう」

 

 原作では竜の女王が亡くなったあとポツンと佇んでいたから温める必要なんかは無いと思ったが、こちらにやって来ない理由はおろち側に会った訳か。

 

「お師匠様」

 

「ああ、行ってこい」

 

「はいっ」

 

 許可を出せば笑顔を見せてシャルロットは城の中に消え。

 

「マリク、俺達はバラモス討伐のため奴の居城に乗り込む。一人も欠けず凱旋するつもりではいるが、おろちと卵のことはよろしく頼むな?」

 

「はい」

 

 俺も言うべき事を言えばマリクは力強い頷きで応じた。

 

「あ、そうそう。それとこれは妻からなんですが……子供が生まれたら、あなたの子孫と結婚させたいそうです」

 

「ちょっと待て、気が早すぎるだろ?」

 

 だいたい なんで そんなはなし に なった。

 

(ふくすう くび の ある どらごん に おとうさん よばわりされる みらい は のーさんきゅー ですよ? って、子孫?)

 

 一瞬怪訝に思ったが、すぐに疑問は自分の中で氷解した。

 

「そうか、寿命が違うのか」

 

「はい、ハーフだったとしても僕達よりかなり長く生きることになるそうです」

 

「それなら尚のこと問題だろう? 俺の子孫が長命の種族の血でも引いていない限り、すぐに未亡人か寡夫に……あ」

 

 ひょっとしてあの変態マザコン娘、おろちと手を組んだんじゃ。

 

「トロワ?」

 

「い、いえマイロード。私は裏取引など何も」

 

「ほう」

 

 いきなり語るに落ちた残念アークマージを見た俺は、何をすれば良いだろうか。

 

「サラ、説教を頼む」

 

「えっ」

 

 こういう時、もつべきモノは叱ってくれる仲間だと思う。

 

「仕方ありませんわね。これも勇者様の為ですわ」

 

「ん? 何故そこでシャルロットが出てくる?」

 

「あ、いえ、何でもありません。それよりお説教でしたわね? マリク様、ちょっとお部屋を一つ借りますわよ?」

 

「ちょ、ちょっ、マイ・ロード?」

 

「サラには逆らうなよ」

 

 引き摺られて行く変態娘に釘を刺しつつ、俺は良い笑顔でトロワを見送ったのだった。

 




トロワ、無茶しやがって。

次回、第四百八十四話「そろそろ出発したいと思うんだ」

だけど、このままじゃいつまで経ってもバラモスの城にたどり着けない。そこで僕は作者の思惑をスルーしようと思うんだ。


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