「お師匠様ぁ」
シャルロットが戻ってきたのは、引き摺られていった変態マザコン娘の帰還より早かった。
「思ったより早かったな」
「ええと、どうかしたんですか?」
「いや、トロワが少々背任行為を働いていたことが判明してな、サラに説教して貰うよう頼んだんだが」
「その、まだお戻りじゃないんです」
補足してくれたのは、元バニーさん。
「まったく、俺の子孫の結婚相手と言うが、そもそもお前のように相手が魔物でも良いというのは明らかに少数派だろう」
「それはそうなんですけど……」
流石にポーカーフェイスでフォロー出来なかった呆れの成分が籠もった俺の視線にマリクは苦笑し。
「えっ、お師匠様の子孫って、ひょっとしてさっきおろちちゃんが言ってた」
「な、ちょっと待て……おろち、お前にも声をかけていたのか?」
事実なら看過出来ない問題である。
(あの だへび、つよそうな あいて の しそんなら だれでもいいと?)
どうやらおろちとは、もう一度OHANASIが必要らしい。
「お、お師匠様、違います。おろちちゃんとは仲良くさせてもらっているからで――」
慌てたシャルロットが補足するまで俺は、誤解していた。
「っ、そうか。そう言うことか」
強さを求め節操なく強者に持ちかけていたのではなく、親しい相手と家族になりたいという理由なら俺が憤る理由にならない。
(ただ、原作だとシャルロットの親父さん、あのおろちと戦って大怪我負わされてた気がするんだけど、その辺りはどうなんだろう)
仲の良さげなところを時折見せられると、微妙に質問もし辛く。
「シャルロット、魔物やその血を引く混血と人間ではどうしても寿命が異なってくると思う。返事をする時はきちんと考えてからにするようにな?」
「あ、はい」
俺の子孫ではなく、シャルロットの子孫と言うことなら、俺に発言権などほぼ皆無だ。
(原作で竜の女王の子供がアレフガルドに渡った理由は謎だったけど、原作通り卵がアレフガルドに渡ることになるとしたなら、おろちとマリクはシャルロットにとって貴重な「元の世界を知る仲間」ってことになるしなぁ)
両者が更に仲良くなって先程出ていた不穏な約束が現実へ化けたとしてもおかしくはない。
(魔物と仲良くすることに抵抗もない魔物使いの母親、もしくは先祖がいる子供か)
想像すると、おろちの娘なり息子なりが、求婚してきても種族の壁というモノをさほど気にせず受け入れてしまう気がする。
(小説とかだったら、伏線って言うのかな、これ)
魔物使いになったのが、子孫とおろちの子供との結婚フラグだったとか。
(自分の子孫って訳じゃないのに、笑えない……はぁ)
謎のモヤモヤを胸に溜めたまま、俺は心の中で嘆息すると城の入り口に目をやった。
「お師匠様? あ」
「お待たせしましたわ。これで、暫くは大丈夫ですわよ、きっと?」
怪訝なシャルロットに答えるよりも早く、知覚した足音の主は、変態娘を引き摺りながら現れ。
「手間をかけさせた。……さて、これよりいよいよバラモスの城に向かう訳だが、覚悟は良いな?」
魔法使いのお姉さんに軽く頭を下げると周囲を見回して、問う。
「「はい」」
声は見事なまでに揃った。
「ならば、行くぞ。シャルロット、ルーラを頼む」
「わかりまちた、ルーラっ!」
相変わらず噛みつつも、俺の要請に応えたシャルロットが呪文を唱え、俺達の身体が空に舞い上がる。
「長かったようで、短くもある。遂に、遂にここまで来た……か」
「「はい」」
格好を付ける俺の両腕は声をハモらせたシャルロットと元バニーさんによってきっちりホールドされており。
(あ、しまった。到着後すぐに戦闘になるからって武器を装備しておけば、右腕の方は防げたのに)
遅まきながらこの事態を防ぐ方法に気づき、後悔する俺を襲うのは羽根ビキニとマント越しの柔らかな感触。
(耐えなきゃ。これでも魔法使いのお姉さんがお説教してくれたお陰で、背中にマウントされるかもしれなかったマザコン娘が大人しくしてるんだから)
ちょっと両腕が暖かかったり心地よいぐらいでこのシリアスな空気を壊す訳にはいかない。
「おそらく、降り立つなり入り口を守備している魔物との戦闘になる。このままでは武器も使えんし、範囲魔法の的にもなりかねん。降下が始まったら二人も離れて戦闘と着地の準備を整えておけ」
バラモスは割とノリが良かった気もするが、着地失敗で折り重なった俺達を見て部下の魔物が空気を読んでくれる保証はない。
(むしろ、好機と見て嬉々として襲ってくるよな、普通)
城の前での会話ついでにマリクからはミスリルヘルムを返して貰っているし、シャルロット達はチートな防御力の水着をほぼ全員が着用済み。
(これに着陸直前で賢者組にスクルトをかけて貰えば、着地に失敗してタコ殴りにされても持ちこたえられはする筈。怖いのは即死呪文と触れれば身体の痺れる「やけつくいき」か)
前者はついでに反射呪文を事前がけしていて貰えれば防げるものの、あくまで保険だ。
「お師匠ぁ! あそこ、町が見えますよ」
「ん? あぁ、多分アッサラームだな」
シャルロットの声に釣られて見た先にあった町の名を即座に答えられたのは、きっと兜を取りに行くか迷った時に世界地図を見たからだろう。
「距離を考えると、これでだいたい半分を超えたか」
つまり、俺の生殺しタイムはまだ半分残ってる訳で。
「あ、あの……ご主人様」
「どうした、ミリー?」
「こ、この戦いが終わったら」
「そうだな、この戦いが終われば、アリアハンに凱旋だ」
何故か良くない方のフラグを立てかけた元バニーさんの言葉には被せるように肯定の返事を返した俺の身体は、引き続き両腕を拘束された状態で跳び続ける。
(けど、何て言うか……こっちに来たばっかりの時は想像もしてなかったよな、バラモスとの決戦に付き合うことになるとか)
その前にバラモスと一対一でやり合うことになったこともだけれど。
(って、感慨に浸るにはまだ早すぎるよね。現実逃避はしたいけどさ)
水色東洋風ドラゴンに氷塊の魔物、バラモス城付近に棲息していた魔物を思い返すと、あの辺りはけっこう寒いということなのだろう。もしくは、決戦前の緊張からか。
(むね、おしつけすぎ ですよ。おふたりさん)
心の平静を保つために、早く目的地に着いてくれと祈りつつ、空の旅を楽し苦しんだ俺がようやく解放の時を迎えたのは、暫く後のこと。
「シャルロット、ミリー」
「「……はい」」
降下し始めた段階で声をかけたことで言わんとせんことを察した二人が離れ。
「ミリー、アラン、スクルトを頼む。俺は危険度の高い敵を優先してこのブーメランを投げつける」
指示を出しつつ、俺は着地の体勢を整えた。
(いよいよか、どう出てくる?)
油断無く着地地点周辺を見据え。
「ん?」
「どうしました、お師匠様?」
「いや、敵の気配がなくて、な」
ひょっとしたら、何かの策かも知れない。
「アラン、念のためスクルトの代わりにトラマナの呪文を頼む。魔物の気配がないのは罠が仕掛けられているからかもしれん」
「成る程、一理ありますな」
「ああ、しかし、気になるのは入り口の側にあるあの小さな建物だ」
「あ、あのご主人様……」
前に来た時には無かったそれに目を留め、その中からの急襲も視野に入れつつ警戒する俺に、元バニーさんが声をかけ、言った。
「あ、あの建物、『仮設トイレ』って書いてあります」
「は、ぶっ」
思わず絶句した俺は、ものの見事に着地に失敗した、おのれバラモスめ。
ぜんかい しゅうげき された けいけん を いかしてますねぇ、これ は。(しろめ)
次回、第四百八十五話「まちがってはいないのかもしれないけれどななめうえすぎませんか、これは」
これじゃあトイレを借りに殴り込めないじゃないですか、おのれバラモスめ!