「ま、マイ・ロード。よろしくお願いしますね?」
頭上から振ってくるのは変態娘の声。
「あぁ」
応じつつ見上げると、ロープにトロワがしがみつくところだった。
(こう、水着でなくても目の毒、だよな)
揺れつつ迫ってくるのは、大きなお尻。あくまで受け止めるというのは、失敗した場合の保険なので、屋上からダイブした女の子が直接降ってくる訳ではない。
(と言うか、もう俺の補助なんて必要ないレベルで降りてこられてるんだけどなぁ)
いつでも受け止められる姿勢をつくって眺めていると、俺の頭上、頭一個分ぐらい上の辺りでトロワの動きが止まる。
「マイ・ロード……」
アークマージの身体能力なら普通に着地出来る高さだった。
(はぁ……)
だが、母親のキャッチをやめさせておいて、ここで邪険に扱うのは流石に気が引ける。
「世話のかかる奴だ、ほら、いいぞ?」
「はい」
下にまわって声をかけてやると決断は早かった。ロープを手放したトロワの身体は重力に引かれ落ちてくる、そう、殿方が触れては行けない場所に手が来るように空中で捻りながら。
「っ、おま」
「あんっ」
思わず漏れた、声と悲鳴。俺は変態を甘く見ていたのかも知れない。
「お師匠様、何かありましたか?」
「い、いや何でもない」
上にいるシャルロット達に気取られなかったのが、せめてもの慰めか。
「トロワ」
「な、何でしょう、マイ・ロード? ま、まさか責任を取ってくだ」
「後でサラの説教もう一回、だ」
「えっ」
顔を染めて恥じらう態を装おうとも、これまでの行動を省みれば騙されてやるには無理があった。
「まったく『下にライオンヘッドがやって来ても自分ならあしらえる』と言うから一番最初に受け止めてやったというのに……」
シャルロット達に目撃されたら騒ぎになる事を考えると寧ろ一番手で良かったとも思うが、敢えて口には出さずにただ呆れたように嘆息し。
「シャルロット、準備は出来たか?」
「はぁい」
変態娘を脇に置くなり空を仰いでかける声に答えが返る。
「それじゃ、いきますね?」
「いいぞ、来い」
ここからが本番、試練の本番だ。おばちゃんのキャッチは、何故かお師匠様の手を煩わせる訳には行けませんとシャルロットが買って出てくれたので、ノルマは二人。
(心を落ち着けろ、煩悩を消せ、心を一点の曇りもなく波紋もない静まりかえった水面の境地に近づけるんだ)
原作のモノよりハイレグ気味で挑戦的な白い布地と多い肌色面積に惑わされてはいけない。
(揺れるなど卑怯、何処が卑怯なんだ?)
胸中で自分に問い、自分で答え。平静を保ちつつ、万が一の時はキャッチ出来る態勢を取り成り行きを見守る。
「お、お師匠様」
それは、ある意味でデジャヴだった。降りるのが止まる高さ、声のかかるタイミングまでが変態娘をトレースしたかのようで。
「大丈夫だ、受け止めてやる」
「は、はいっ」
俺の言葉に返事をするなりロープを手放したシャルロットの身体を、万全の注意を払いつつ、受け止める。
「っ、……よし」
流石にシャルロットは違った。素直に落ちてきてくれたお陰で、腕の中にすっぽり収まり、触れてはいけない場所に手があたるような事件もない。
(ただ、姿勢の都合上ちょっと近いけど……胸が)
ともあれ、平静を保てるレベルである。
「痛くは無かったか?」
「は、はい。ありがとうございます、お師匠様」
「そうか。次はミリーだったな」
念のためにかけた問いの答えでも問題がなかったことに安心しつつ、俺は先程までいた屋上を見上げ。
「ロープも問題なさそうだな。シャルロット、降ろすぞ?」
「あ、はい」
視線を戻し確認を取ってから抱えていた弟子を降ろすと、再び目を屋上に向ける。
「す、すみません、ご主人様」
「気にするな。二人受け止めた以上三人も大して変わらんし、こんな所で怪我をする訳にもいくまい」
一瞬、怪我をした仲間のためバラモスの所へ湿布薬を借りに乗り込むというシュールな絵面が浮かんだが、現実逃避したくなる様な状況が見せた幻覚だろう。
「さぁ、来い」
「は、はいっ。あ」
なにごともなくきていたところに事件が発生するのは、そうしなければいけない決まりでもあったのか。
「きゃあああっ」
「くっ」
ロープを掴もうとして手を滑らせた元バニーさんを見て、俺は即座に動いた。最初からほぼ真下にいたこともあるが、これもチートな身体能力のお陰でもあるのだろう。
「だあっ」
壁を蹴って飛び上がり、落ちてくる元バニーさんの身体を抱き留めて、身体を捻り、着地。
「ふぅ」
無駄に格好を付けたキャッチになってしまったが、無事成功に終わり、一安心と思った時だった。
「あ、ありがとうござ」
「ん?」
礼の言葉が不自然に途切れ、訝しんで俺は手元を見た俺の思考は、停止する。
(なに、これ?)
手袋を着けていたのは我ながら正しい選択だった、下手すれば爪で肌を傷つけていたかも知れないから。
「あ、あ、あの……ご主人様」
元バニーさんの声が震えていた。それも当然かも知れない、入っていたのだ俺の指が、あそこに。
「す、すまんっ」
慌てて引き抜いたが、事実は揺るがない。そう、元バニーさんの水着とお尻の間に指が入ってしまった事実は。
「えっ、い、いえ大丈夫、大丈夫ですから」
寛大にも流してくれようとする元バニーさんだが、こうなる可能性があることもある程度予測出来たはずなのだ。
「しかし」
だからこそ、じゃあ良いかと気軽に応じられない俺に、元バニーさんは言う。
「そ、それよりも今はバラモスを倒すことが先決の筈です」
と、そしてトロワも言った。
「マイ・ロード、指を突っ込みたいのでしたら私に」
「そうか……すまんな」
俺は元バニーさんに頭を下げ変態マザコン娘を無視し。
「時に、何やら賑やかですが、敵に気づかれませんかな?」
「っ、いかん。アラン、すぐに降りてこられるか?」
上から聞こえてきたアランの声で今置かれている状況を思い出すと、周囲を見回してから問う。
「無論です。ですが、このままのロープで一人一人降りるのは若干時間がかかりすぎます。少々ギャンブルになりますが、スカラをかけて飛び降りましょう。それ程高くもありませんし、何、着地に失敗したら回復呪文をかければ良いだけです」
「大丈夫か?」
「おそらくはいけるでしょう。それにこうして私達が一緒になって飛び降りれば上に残ってるのはお一人、ロープで下りられます」
「なるほどな」
一緒にのくだりで魔法使いのお姉さんが驚いているが、無理もない。
「ちょっ、本気ですの?」
「大丈夫です。あなたは何があっても無事に下に降ろして見せますからな」
「っ、解りましたわ」
ただ、屋上でいちゃつき始めたのでお姉さんへの同情の気持ちはあっさり消えたけれど。そもそも俺には見ておかなければいけない相手がいた。
「まぁまぁ、そこそこの高さねぇ」
「ママン大丈夫? 何だったら、わた――」
うん、このどさくさに紛れて欲望一杯のママンキャッチをやらかそうとしてる変態娘という生き物が。
「何をしている」
「ま、マイ・ロード?! こ、これは」
「そんなことより客だ、騒いだからか向こうの方からライオンもどきが数頭こっちにに向かってきている。あれはお前の担当だろう?」
別に蹴散らしても問題はないのだが、トロワをおばちゃんから引きはがす名目には充分であり。
「シャルロット、アンが降りる補助を……シャルロット?」
弟子が呆然と立ちつくしたままだったのに気が付いたのは、まさにこの時になってだった。
第一の関門、主人公無事に大失敗。
次回、第四百八十八話「先生助けて、シャルロットちゃんが――」
もう少しだ、ようやく池の前まで来た。