強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四十六話「戦士ブレナン」

「懐かしいな、よもやここに戻る日が来ようとは」

 

 一度は死んだ身、感慨もひとしおなのだろう。

 

(まぁ、無理もないか)

 

「すまぬ、時間を取らせた」

 

「少し待って貰えるか」

 

 俺は無言で覆面の人のそれに付き合うと、マシュ・ガイアーを呼び止める。

 

「うん?」

 

 覆面の人は訝しむが、とりあえずスルーだ。

 

「……あれが良い」

 

 周囲を見回し、一本の木に目を留めると近寄ってまじゅうのつめを一閃させ、枝を切り落とす。

 

「ふむ、妥当だな」

 

 呟きながら側枝を払い、先端も斬り飛ばせば、俺の手で完成したのは一本の棒。

 

(そうそう、こんな感じだった)

 

「それは一体?」

 

「杖だ」

 

 昔、祖父が使っていた歩行補助用の杖がだいたい似たような姿だったのだ。

 

「杖? 盗賊が杖を使うのか? だいたい適当に切りそろえた木の枝が武器に使えるとは思えぬが」

 

「そうではない、いや、見せた方が早いか」

 

 俺は言葉でマシュ・ガイアーの勘違いを正すのを諦めると鞄を開けた。着替え用の布の服を一着犠牲にして作ったフードと、先程作ったばかりの杖。

 

「ふぉっふぉっふぉ、これで良し。ワシのことはスレッジとでも呼んで貰おうかのぅ」

 

 杖をついてフードは目深にかぶり、しわがれた声をつくれば、全く別人の誕生である。

 

「仮の顔は、一つだけでは無かったのだな」

 

 マシュ・ガイアーの正体を勇者サイモンだったとする作戦上、サイモンにはマシュ・ガイアーの正体が俺であることはとうに明かしている。故の言葉だろう。

 

「いやいや、本来なら服をもっと本格的なローブにし、つけ髭を手に入れて完成形じゃよ。今回は間に合わせに過ぎん」

 

 実際、この第三形態はもっと後で使う予定だったのだ。だが、勇者の師匠の格好で聞き込みは拙いと急遽前倒ししたのだ。

 

「ついでに言うならマシュ・ガイアーとつるんでる人間が居ると知れては本末転倒じゃからのぅ、ここからは別行動じゃ。何人かに目撃されてくれれば、お前さんはキメラの翼でポルトガに帰ってくれても一向に構わぬよ」

 

 ここから先は、旅の老爺という設定で、まず聞き込みを行う。

 

(マシュ・ガイアーじゃ悪目立ちしすぎて圧政下にある城下町での聞き込みには向かないもんな)

 

 覆面の人に入り口で少し待って貰い、その間に俺は城下町へ足を踏み入れた。

 

「さてと、どっちに行こうかのぅ」

 

 情報収集の基本は人の集まる場所だと思うが、この町だと何処になるか。

 

「すまんが、ちょっとお尋ねしてもよいかの」

 

 俺はたまたま目に付いた町人に声をかけ。

 

「どうした、爺さん? この町の名前ならサマオンサですよ?」

 

「いやいや、そうじゃないんじゃよ」

 

 聞いても居ないのに町の名を口にする町人にヒラヒラ袖を振って見せた。

 

(この人、ゲームだと町の名前を言う役目の人なのかな)

 

 そう、密かにゲームの人物に当てはめると、俺は改めて質問する。人の集まりそうな場所を教えて欲しいと。

 

「実はワシの孫なんじゃが、どうも一所に落ち着くと言うことをせん奴でのぅ」

 

 孫を捜している、と言う即興の嘘をつく。

 

(圧政下にある国だもんな)

 

 観光では不自然だし、下手にツッコまれる前にそれっぽい理由をでっち上げておけば追求もされないだろう。

 

「なるほどなー、だったらモンスター格闘場に行ってみるといいですよ」

 

「ほぅ、格闘場とな?」

 

 言われて、ああそんな施設もあったなぁと俺は胸中で呟きつつ、町人に格闘場までの道を教えて貰った。

 

(いや、この世界の人には少ない娯楽なのかも知れないけど)

 

 何というか、ゲームでは格闘場を殆ど使用しなかったので印象が薄かったのだ。すごろく場と違って強い武器や防具が手に入るでも無し、手に入るのはお金だけ。

 

(まぁ、ギャンブルが合わないというか俺が下手なのもあるけどね)

 

 ダイス運も酷いので、すごろく場は他の誰かに行って貰えたら、と思う。

 

(ま、すごろくのことは置いておいて、今は情報収集しないと)

 

 軽く頭を振って雑念を振り払い、教わったとおりにカクカクと折れ曲がった道を進み、目印となる民家を目指す。

 

(あれかな)

 

 丁度そんな曲がり角の一つを作り出している一軒の民家から道は真っ直ぐ南に延びていて。

 

(ん?)

 

 ふと目に留まったのは、民家から小道を挟んだ脇の花畑。愁いを帯びた瞳で策に囲まれた墓地を見ていた一人の男だった。

 

「爺さん、見ない顔だな? 旅の人か」

 

 どうやらこちらの視線に気づいたらしく、先に声をかけてきたのはその男。

 

「う、うむ。お前さんは……」

 

「あ、ああ。俺はブレナン。ただの戦士さ」

 

 頷いて名を問えば、そう言って男は力なく笑う。

 

(ブレナンねぇ、そんな登場人物居たかなぁ)

 

 何となく重要人物っぽさそうなオーラを纏っているように見えたが、生憎と俺の原作知識はうろ覚えである。

 

(けど、戦士ってことは話の持って行きようでは力になってくれるかもしれないよなぁ、もしくは情報源とか)

 

 情報でも味方でも、今の状況ではありがたい。

 

「先程墓地を見ていた様じゃが……何か訳ありかのぅ?」

 

 意味ありげな行動にイベントの予感を感じつつ、俺はブレナンに尋ねた。

 




まさかの……でもない、戦士ブレナン登場。

新たな変装でブレナンと出会った主人公は、フードの下から憂いの理由を問う。

彼がどういう役回りであったか気づかぬままに。

次回、第四十七話「国家権力」。

えいへいさん、このひとです。

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