強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百九十話「大それた奴」

「やはり、か」

 

 標的を目視出来る距離まで来て、俺はポツリと呟く。原作とは違い、バラモスは単独ではなかったのだ。

 

「侵入者? それは分かって居る。それよりも、その侵入者は、変な爺では無かろうな? そうか、爺ではなく勇者なのじゃな」

 

 とか言う声も聞こえたが、そちらはスルーしてやるのがせめてもの慈悲だろう。

 

(まぁ、一人の老人にあれだけボコボコにされれば仕方ないかぁ)

 

 ポーカーフェイスは崩さず、後ろにだけ聞こえる程度の声で露払いは任せろとだけ言い、更に足を進める。

 

(さてと……相手がシャルロットなら、長台詞から戦闘への流れになると思うけど)

 

 無視して強襲するのは流石に問題か。

 

(ある意味諸悪の根源だけど、こちらの度量が疑われかねないし)

 

 こちらとしてはバラモスが従えている配下の魔物を先に片付けてしまいたいところだが、バラモスが口を開けば、おそらく話し終えるのを待ってからの戦闘になるだろう。

 

(だったら、あれしかないか)

 

 もちろん、俺もすんなりバラモスの思惑通りに事を運ばせてやる気はない。口には出さず、密かに方針を定め、後ろでトラマナの呪文が完成するなりもう一歩足を進めれば、左右に魔物を従えたそれは口を開く。

 

「ついにここまで来たか、シャルロットよ。この大魔王バラモスさまに逆らおうなどと、身の程をわきまえぬ者達じゃな」

 

 そして、まさに俺が狙っていたタイミングが訪れる。

 

「そうか、身の程をわきまえぬ俺達の相手は貴様が左右に引き連れている魔物共で充分、ということか。良かろう……シャルロット、手は出すなよ?」

 

「な、なんじゃお前は、何を言って」

 

 あっけにとられたバラモスを見て、密かに拳を握りつつも表向き嘲るような顔を作り、続ける。

 

「なんだ、今更とぼけるのか? 俺達を指して『身の程をわきまえぬ者達』と言うから、実際に身の程をわきまえていないかどうか証明して見せようと言っているだけだろう。それとも何か、その左右の魔物達が居ないとたかだか数人の相手も怖くて出来ない大魔王なのか、お前は?」

 

「うぐっ、ぬぬぬ、言わせておけば……者共、この愚か者を殺れ。大言壮語を後悔させてくれるわっ!」

 

 いきり立ったバラモスがこちらを指をさした瞬間、俺は心の中でほくそ笑む。

 

(かかった)

 

 これで邪魔な取り巻きを実力を証明するの名目で排除出来る。俺はまずブーメランを投げ。

 

「カカカッ、我らと一人で戦……あ?」

 

 歯をカチカチ鳴らして笑っていた六本腕の人骨の上半身がずり落ちる。

 

「ぞん、な」

 

「お、おれのぜぼ」

 

 足を踏み入れた者を傷つける力場へと両断された骨の騎士達の身体が降り。

 

「は?」

 

「た、たった一撃……で」

 

 バラモスを挟んで反対側にいた黄緑覆面&ローブの面々が見せる反応はほぼ驚き一色。

 

「くっ、マヒャ」

 

「させんっ」

 

 中にはすぐさま我に返って呪文を唱えようとする者も居たが、遅すぎた。俺はもう一度攻撃が出来るのだから。

 

「がっ」

 

「かふっ」

 

「ぐわっ」

 

「きゃああっ」

 

 一閃された鎖の一撃で残る取り巻きも吹っ飛び。

 

「これで、どうだ? まだ不足か?」

 

「な、これは……」

 

 実力差を見せた上で問えば、呆然としていたバラモスが緩慢な動きでこちらを向く。

 

「お強い方、素敵……」

 

 むくりと起きあがりつつ仲間になりたそうに熱っぽい瞳でこっちを見てくる黄緑ローブのお姉さんはとりあえず、

 

(まものつかい は しゃるろっと で あって おれ じゃない ですよ?)

 

 それに起きあがった黄緑ローブのお姉さんがトロワやエピちゃんのお姉さんみたいな魔物じゃないと言う保証もないのだ。

 

(へんたい に もてて も ふくざつ です)

 

 だから、聞こえない。

 

「あらあらまぁまぁ、トロワも苦労するわねぇ」

 

「ま、マイロード……私がおりますのに」

 

 なんてアークマージ母娘の戯言とか。

 

「お師匠……様?」

 

 その後に何が続くのか怖いシャルロットの声なんて。

 

(「お師匠様? 手を出すなとか言っておきながらその理由は、魔物の女の子を惚れさせてミリーにしたことよりエッチなことをするつもりだったんですね。お師匠様の(けだもの)、もう弟子を止めさせて貰います」とかだったら、俺立ち直れないだろうしなぁ)

 

 シャルロットはそんなことを言う子じゃ無いと思う。だから、俺のネガティブ思考が作り出したものだとは解る、解るが。

 

(怖い、バラモスを倒した後のOHANASIが怖い)

 

 そして、世界の悪意が憎い。俺は取り巻きを片付けつつ、格好良いところを見せて殺気のハプニングで生じた信頼ダウンの穴埋めをしようと目論んだだけだというのに。

 

(そして、やっぱり周囲に女の子を侍らせてたバラモスが憎い)

 

 詳しくないので骨はどっちか知らないが、悲鳴をあげた黄緑ローブズのうち、三人は女性のものと思わしき声だった。

 

(やっぱりハーレムってやがったんだ、この魔王。くっ、こんな事ならエロジジイってた時にもっと痛めつけておくんだった)

 

 いや、今からでも遅くないか。

 

(マントなんて生ぬるいことはもう言わない。異性の部下の前で全部ぶんどって全裸にしてやるっ)

 

 真っ当な怒りを胸に、密かな決意を固めると、強く床を蹴り、前に飛ぶ。

 

「な、くっ」

 

 慌ててバラモスが身構えるが、無視し、降り立ったのは、その脇。

 

「きゃあ」

 

「う、くっ、あ、な、何を」

 

 仲間になりたそうだった一人を除く女性二人の前で屈み込んで両脇に抱え込むと、二人目の質問は無視してお仲間志望の黄緑ローブに背を向け、言う。

 

「乗れ。戦いに女を巻き込んで死なせたとあっては夢見が悪い」

 

「は、はいっ、ありがとうございますっ」

 

 相変わらず甘いとは思うが、今の状況でバラモスとの戦闘に突入すれば、手負いの三人が生きていられるとは思えない。

 

(全力で墓穴掘ってるとは、思うんだけどなぁ)

 

 とりあえず、現実逃避をしている時間はない。

 

「おのれっ、わしをごべっ」

 

 激昂して飛びかかってきた魔王らしき生き物の腹へ蹴りを叩き込んで撃墜すると、そのまま力場の上を歩いてシャルロット達の元へ戻る。

 

「ふぅ。すまんな、シャルロット、皆。手間を取らせた」

 

 ことさら陽気に謝罪をして見せたのは色々誤魔化せたらいいなぁと思ってのことだったが、多分俺はやりすぎたのだろう。

 

「……手間というか、何というか。あれが、魔王バラモスと言う奴で良いのですな?」

 

「勇者様の師と言うことで強いのは知っていましたし、これまでも色々見てきましたけれど……ぶっちゃけ、私達居る必要ありますの?」

 

 若干虚ろな目で腹を押さえて立ち上がろうとする残念魔王を眺め、アランの元オッサンは俺に確認してくるし、魔法使いのお姉さんは目が据わっている。

 

(あー、まぁ、両手塞がってるのに蹴りで一撃、だもんなぁ。当たり所が良かったからダウンまで奪えたんだけど)

 

 人間で言うところの鳩尾に綺麗に決まったと言う所なんだと思う。魔王の身体の構造に詳しい訳でもないから、ただの推定だが。

 

(けど、色々有耶無耶に出来たなら、オッケーだよね?)

 

 少なくとも俺の背中にしがみついて目がハートになってる魔物のお姉さんのことは忘れて貰えただろう。

 

「どちらかと言えば、あれは奴のミスだ。人間如きと甘く見ていたのだろう。だからこそ蹴りが急所に命中してああなった。逆に言えばこれで油断も消えただろう。その点では皆に謝らないといかんだろうが。すまん、やりにくくしてしまったな」

 

 もうバラモスはこちらを格下とは思わないだろう。だが俺も女性の魔物達を避難させたことで、呪文以外を秘匿して戦う必要がない。

 

(シャルロットは、必ず守ってみせる)

 

 お袋さんとの約束もあった、だから俺は荷物を降ろすとトロワ達に託し、再び前に立つ。

 

「ぐ、おのれ、一撃のまぐれ当たりぐらいでいい気になりおって! この大魔王バラモスさまを足蹴にしたことをくやむがよい。あの裏切り者の様に再び生き返らぬようそなたのはらわたを喰らい尽くしてくれるわ!」

 

 怒りに顔を歪めて吼え、飛びかかってくるバラモスにああ、レタイトのことはちゃんと覚えてるんだと思いつつ身構え。

 

「ほう、出来」

 

「させないっ、お師匠様はボクの」

 

「ご、ご主人様にそんなことはさせませんっ!」

 

 俺の台詞は、被されて潰された。

 

 




エビルマージ(男)「解せぬ」

ちなみにネタバレですが、バラモスが女の子を侍らせていた理由はエロジジイが女性に甘かったことを報告されていたからです。

つまり、自分をボコボコにして去っていった唯一の侵入者への備えだったのですよ。

主人公は気づいてませんけどね。

次回、第四百九十一話「全裸は拙いだろうか、やっぱり」

バラモスのヌードって誰得なんでしょうねぇ?

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