「……シャルロット! え?」
声を上げてから、気づく。発した声が自分のものでありながらも何処か違和感を覚えるものだったことに。
「これは、俺の声……って言うか、ここは……」
見慣れた自分の部屋。そして手に目をやれば、あったのは手袋に包まれた何処かのカンスト盗賊のものではなく、慣れ親しんだ自分自身の手だった。
「戻って、きちゃったんだ」
あんな重要な場面で。バラモスとの戦いの最中だったというのに。顔を上げて周囲を見回したところで、そこは紛れもなく自分お部屋であり、あの時の名残は床に落ちている紫のマントと黄緑の衣服ぐらいである。
「まぁ、バラモスの衣服を引っぺがしたってだけでも一応貢献はしたってことになるかなぁ」
今もまだバラモスは全裸でシャルロット達と戦っているのだろうか。
「ってぇ、えええええっ?! なんで、何でバラモスの服がここにあるの?」
いや、あの冒険が夢では無かったという証拠なのだろうけれど、ぶっちゃけその証拠がバラモスから剥ぎ取った服なんて展開は斜め上過ぎる。
「そもそも、処理に困りますよね、これ?」
一見するとただの服だがあのバラモスが着ていた服だ。
(マントの方はレタイトが普通に前隠すのに使ってたけどさ、曲がりなりにも魔王の服。今まで殺めた相手の返り血とか吸ってるかも知れないし、変な呪いとかかかってたら……)
かといって、じゃあ捨てちゃえとも言い難い。
「はぁ、ホントどうしよう……」
触るのさえ若干躊躇われて、床の上にあるリアル「大魔王バラモスさま」セットと睨めっこをすること暫し。
「んっ」
「えっ」
自分しか居ない筈の部屋で誰かが呻いて、俺は思わず声を上げる。
「ま、まさか」
今度はこっちの世界に誰かがやって来てしまったんじゃ無いだろうかと、突飛な発想をしてしまったのは、俺が向こうにまだ未練を残していたからだろう。
「今の声……」
恐る恐る振り返ると、後ろにあったベッドに横たわる影があった。
「ちょっ」
思わず声を上げてしまったのだって仕方ないと思う、なぜならそこに居たのは――。
1.シャルロットだったからだ。
2.全裸のバラモスだったから。(サービッショット)
3.よりによってあの変態マザコン娘、トロワだった。
4.どこからどう見ても元アランのおっさんだった。
5.全裸のバラモスの開いたチャックから上半身をはみ出させた小学生ぐらいの女の子だった。
6.人妻とか色々拙いと思うが、水着のままのアンだった。
7.神秘のビキニがずり落ちかけた元バニーさんだったのだから。
いやー、1の選択肢で、こっちに来ちゃったシャルロットとの日常生活を送るって番外編も面白そうだったんですけどね、とりあえず、最終話詐欺で作者は満足したので、ここから本来の今回のお話、始まります。
……と言うのは冗談で。
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第四百九十三話「ベタな展開であること始めに謝っておく」
「マイ・ロー」
聞こえたのはそこまでだった。
「トロ……ワ?」
急に俺の前に飛んできて視界を塞いだ紫色が直後に何処かへ飛び去る。
「おのれ、あの裏切りものめっ」
バラモスが忌々しげに吐き捨てていたが、そんなことはどうでもいい。俺を庇い、バシルーラの呪文で飛ばされたのは、あの母親至上主義型の女アークマージだった。
「何処に……」
一体何処に戻されるというのか。バラモス軍の所属が完全に立ち消えた訳で無ければここに戻ってくると言うオチもあり得るが、立ちつくしていてもあの変態娘が降ってくることはなく。
「そん、な……」
後ろで、誰かが崩れ落ちる音がした。振り向かなくても、声で、おばちゃんだと解る。
「なんてこと……今、アレフガルドにもどされたら、あの子は」
「っ」
続いて漏れ出てくる言葉に俺は悟った。裏切り者のアークマージが、元々自分の所属していた場所に戻される。それがどういう意味を持つのかを。
「俺の、せいだ……」
「お師匠様」
「見せ場を譲るなんて考えなければ……」
こんな事にはならなかった。
「俺が」
バシルーラの事を失念していなければ。悔やんでももうトロワは飛んで言ってしまった後。
「ああああっ」
「おべっ」
立ちつくす俺は、その直後、上から降ってきた何かに押し潰された。
「ご主人様!」
「お師匠様っ!」
「だ、大丈夫だ……っ」
自分にかけられる声へ反射的に応じて、我に返る。
(本当に駄目だ、戦闘中だってことも忘れて茫然自失するなんて……)
どんな攻撃だったかも知覚できていなかったが、あの一撃が無ければ俺はもう少しあのままだったかも知れない。
(ごめん、トロワ)
本来子供を産んで母親に喜んで貰うためという下心だだ漏れにさせていた変態娘が、命をとして愚かな主を守ってくれたのだ。トロワの犠牲で得た機会を無駄に浪費して良いはずがない。
(けど、俺も女々しいな。何だか、さっき頭上から聞こえた声がトロワの声に聞こえてしまったし)
上にのしかかっている柔らかいものの感触を知っている気がする。
「ま、マイ・ロード? 今は戦闘中ですよ、あっ、そんな所に……んッ」
「良いから、上から退けトロワ」
と言うか、解っていた。俺の社会的信用を損ないつつ、これでもかと柔らかな何かを擦るように押しつけてくる変態が他にいるとは思えない。
「トロワ、トロワ!」
そして、俺の想像は我に返ったおばちゃんの駆け寄ってくる声で肯定され。
「ママン、申し訳ありま゛ぶっ」
「あ」
びちゃびちゃと何かが降り注いでから気づく。おばちゃんが際どい水着姿だったことを。
(やみのころも、血の染み出来ないと良いなぁ)
染みどころか鼻血で完全染色されてそうな気がするが、それを言うならきっとおばちゃんのビキニも赤色に染まってる気がする。
(けど、良かった……アイツが無事で)
いや、出血多量で無事どころからこれから蘇生呪文が必要になる可能性もあるが、それはそれ。
(大きな借りが出来ちゃったな。もし、元の世界に戻ることが出来なかったら、その時は……って、戦闘中だった)
いけない、いけない。まずはバラモスを何とかしないと。
「皆、奴にマホトーンを。これ以上呪文の行使を許す訳にはいかん。サラはトロワを頼む」
全員で唱えれば、誰かの呪文ぐらいは成功するだろう。
「「はい」」
「わ、わかりました」
「……これ以上血を失うと拙そうですものね、若干腑に落ちませんけれど承知しましたわ」
俺の要請にシャルロット達が応じ、やがて呪文は発動する。
「「マホトーン!」」
「ん?」
シャルロット、元バニーさん、アランの元オッサン、だけではなかった。俺が避難させた筈の黄緑ローブの一人までもが同じ呪文を唱え。
「んんーっ!」
「やった、お師匠様」
「ああ」
口をおさえ呻くバラモスの姿に快哉を叫んだシャルロットへ、俺は頷いた。
「これで厄介な呪文を使ってくることは、もうない」
だが、もはや油断はしない。
「シャルロット、お前達のお陰だ。結局の所、俺一人ではあの呪文に飛ばされて負けていた」
「お師匠様」
「そこの変態が時間差で空から降ってきた時は、正直言って安堵した。あそこで死なれては俺のミスで殺したようなものだからな。だから……」
この戦い、勝利したならば最大の功労者はお前達だと俺は言う。
「故に、もはや遠慮はすまい。持てる力の全てを駆使してこの魔王を打つ」
後はもはや、攻撃有るのみ。左腕に持っていた鎖を腕に巻き付け、空いた手に右手で持っていたほのおのブーメランを握ると、右手にまじゅうのつめをはめる。
「誰か、バイキルトを頼む。先の呪文の礼だけはさせて貰わんとな」
八つ当たりなら、もう八つ当たりでいい。だから、俺の全力を。
「シャルロット、よく見ておけ……名前はまだ付けていないが、これから放つのがおそらく俺の最終奥義だ」
「えっ」
後方で上がる驚きの声を背に、歩き出し向かう先は、後ずさる魔王。
「試させて貰うぞ、バラモス」
宣言と共に、力場に覆われた床を俺は蹴った。
主人公、まさかのトロワルート突入?
ちなみに前回の最終話詐欺は、前書きのしょーもないことをやりたかったからだったと作者は供述しており、余罪がないかを追及して行く方針とのことです。
次回、第四百九十四話「最終奥義」
サブタイ、「新流派、盗賊ヘイルが最終奥義」にしようかとちょっとだけ迷いました。