強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第四百九十六話「エピローグ(後編)」

「さてと」

 

 アリアハンの入り口を通過する前に、まずやみのころもを脱ぐ。

 

(脱ぐだけで良かったとは言え、よくよく考えるとそのまま人前に出られないのは俺も同じだったんだよね)

 

 だから、女性陣を残して先行した理由はただの口実。

 

「アラン、お前はどうする? ここでシャルロット達を待つか?」

 

「ええ。一旦教会へ報告に出向くことも考えましたが、あちらはただの着替えですからな。勇者様方を待ってもそう時間はかからんでしょう」

 

「そうか」

 

 ある意味予想出来た答えの一つではある。

 

「ならば、ここでお別れだな」

 

「っ、それはどういう――」

 

「行かねばならん所がある。お前やシャルロット達は国王への報告が最優先だろうが」

 

 肩をすくめつつ、俺が示して見せたのは、シャルロットの実家。

 

「たった一人の娘を預かっていた男として、本来の保護者に無事帰還を果たしたことを告げに行くのは義務だろう。故に、バラモス撃破の報告は俺の合流を待たず、して貰って構わない」

 

「……成る程、でしたら勇者様にはそうお伝えしておきましょう」

 

「頼む」

 

 頭を下げる前に見たアランの元オッサンの顔は得心がいったというだけにしてはにやついていたが、敢えてスルーする。

 

(ここまで来ちゃえば、なぁ)

 

 覚悟を決めるしかない。メインストリートを外れ、シャルロットの実家の裏手に回り込めば、そこにはいつかくぐった戸口があり。

 

「邪魔をする」

 

「はい、どち」

 

 おそらくはどちら様と告げようとしたであろう、シャルロットのお袋さんの声が途切れた。

 

「ただいまを告げるのは俺の役目ではない、よって端的な事実だけを先に告げさせて貰う。シャルロット達が魔王バラモスを倒した。そのうちあそこにある町の入り口に姿を見せる事だろう」

 

「本当……ですか?」

 

「ああ。そして――」

 

 俺の役目もこれで終わる。

 

「えっ」

 

「覚えておられるか? 『凱旋の報告を貴女にシャルロットがするまで、お嬢さんは俺が命に替えても守ろう』と俺はあの時言った。そして、間もなくシャルロットはここにもやって来るだろう。約束は果たした」

 

 シャルロット達とはOHANASIやら奥義の伝授などまだ果たしていない約束もあるものの、敢えてここでは口にしない。

 

「弟子とはいつか師を越えて行くもの。その師は魔王を倒すまでついて行ってしまった訳だが……巣立ちの時は必ずやって来る。そして、俺にはまだやらねばならん事が残っている」

 

 それを果たせば、また相まみえることもあろう、とだけ告げ。言葉を失ったシャルロットのお袋さんの前で踵を返す。

 

(これでいい……なんて言い切れないけど)

 

 所謂一つのけじめはつけた。

 

「さよならだ、シャルロット、ミリー……皆。レムオル」

 

 タイミング的にすれ違う可能性が有ることを鑑みて、透明化の呪文を唱え。

 

「ごめんなさい、お待たせしました! って、あれ? お師匠様は?」

 

 案の定と言うべきか。入り口でアランの元オッサンと合流し、俺が居ないことを訝しむシャルロットを目にする。

 

(っ)

 

 未練がないと言えば、嘘になるだろう。アランの元オッサンと二人になった時、アランの元オッサンだけには打ち明けておくかも迷った。

 

(結局優柔不断も変わらないよな、決断を下した後でウジウジ悩むところも……)

 

 もう引き返せないし、引き返す時間的余裕もない。

 

「ええっ、お母さんの所に?!」

 

 大げさに驚くシャルロットに視線を向けたまま、透明の俺は横を通り過ぎる。

 

「あれ?」

 

「どうされましたの?」

 

「ええと……お師匠様がそこにいた様な気がしたんだけど……ううん、気のせいだったみたい」

 

 恐るべきは、勇者の勘か。

 

「しゃ、シャルもですか? 実は私も、ご主人様の匂いがしたような気がして……」

 

「エロウサギ、あなたウサギじゃなくて犬でしたの? それとも、もしかして盗賊さんの脱いだ服を夜な夜な」

 

「ち、違います」

 

 たわいもないやりとりだった。元バニーさんの嗅覚にもちょっと戦慄したけれど。

 

(仲が良いのは、良いことか)

 

 じゃれ合う二人の方は振り返らず、アリアハンの外に出た俺は、立ち止まり、空を仰ぐ。

 

「うまくいけよ……」

 

 そのまま心の目を鳥に変えて解き放ち、同時に呪文を唱え始める。

 

(俺の予想が、正しければ……あ)

 

 一つの黒点を心の目が見つけ、唱えていた呪文を一度放棄してもう一度呪文を唱え出す。

 

(予想は当たった)

 

 それが、幸か不幸かはわからない。

 

「スクルト、スクルト」

 

 だが、発見が早かったのは、幸いだろう。

 

「バイキルト、フバーハ」

 

 呪文を唱え、自分を強化しつつ俺は黒点だったものをじっと見据える。

 

「ピオリム、マホカンタ」

 

 徐々に大きくなり人型となるものの名を、俺は知っていた。そして、再び呪文を唱える。

 

「メラゾーマっ!」

 

 特大の火球を撃ち出すその呪文は相手の名を冠していた。

 

「があっ」

 

 火球の直撃で上がる悲鳴に、口の端がつり上がる。

 

「やはり実体か……そうだろうと思っていた。遠くから一方的に攻撃が出来るとしたら、それを使って勇者を襲えば一方的に勝てるというのに」

 

 原作では直接戦った。つまり、他者を殺めるような超射程の攻撃をゾーマは持っていなかった。にもかかわらず、原作ではバラモスを撃破し喜びに沸くアリアハンの城でファンファーレを響かせようとした兵士達を殺害した。

 

(直接当人が出張ってくるか、部下の魔物を差し向けるかどっちにしても兵士を殺害する何かがやって来ると読んだけど)

 

 わざわざ大魔王本人が足を運んだのは矜持か。

 

(イベントじゃ、きっちりゾーマって名乗ってたもんな。流石に部下に自分の名を語らせるはずもないか)

 

 だが、こちらからすれば、願ったり叶ったりだ。ここでこいつを討てれば、アリアハンの兵士を死なせずに済むし、シャルロット達がアレフガルドに永久居住させられることも防げるかもしれない。

 

「しかし、バラモスからさえ逃げだそうとしていた俺が……まさか、シャルロット達から逃げ出して、一人ゾーマに挑もうとするなんてなぁ」

 

 この世界に来たばかりの時は考えもしなかった。

 




主人公vs大魔王ゾーマのたたかい、はっじまっるよー?

サブタイ、「さようなら、シャルロット」にしようかとも思いましたが、ネタバレするので自重しました。

次回、第四百九十七話「逃亡者のたたかい」

ふぅ、ようやくシャルロットから逃亡出来ました。メインタイトルの逃亡者、ここまで引っ張ることになるとはなぁ。

あ、たぶんですがゾーマ戦は一話で終わるとは思えませんので、次が最終話と言うことはないです。

最終話詐欺はこの展開の為の前ふりでしたけどね?


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