「もう何人の者が殺されたことか。あの国王はどうかしている」
「っ」
明確な国王批判の言葉に、俺は思わず息を呑む。
(ちょ、流石に拙いんじゃ……)
圧政下にある国でするようなことではない、この手の状況で権力者や制度に反抗的な人間は迫害されたり粛正されるモノである。
「よ、よいのか?」
そもそも、ブレナンと名乗った戦士が見ていた墓の幾つかだって圧政の犠牲者の筈なのだ。こんな街中で堂々と口にしたらどうなるかぐらい、俺にだってわかる、だが。
「ああ。ずっと思ってたんだ。今聞かれたから口に出したが、そうでなかったとしても何処かで漏らしていたさ」
そう言ってブレナンは力なく、自嘲するように笑った。
(そっか……)
俺の言わんとしていることは理解していたのだろう。
「王が変わらなければ、この国の未来は暗い。誰かがどうにかしなくてはならないとしてもな。勇者サイモンはどこぞの牢獄に幽閉されてしまった」
かといって国王や国をどうにかするほどの力は自分にないとなれば、出来るのはただその行く末を憂うことだけだったと言うことか。
(けど、だからってあのボストロールがこの人を放っておくかって言うと話は別だよなぁ)
既に何人もの人間が死刑にされているのだ。同じことがおきても不思議ではなく、切欠になったのはどう考えても話を振った俺である。
「ほっほっほ、何を言うかと思えば。実によい王様ではないか。剛毅というか……」
だから、ことさら陽気になるべく大きな声で、俺はサマンオサ王を賞賛し始めた。
「なっ」
驚きの声を上げたブレナンの身体を引き寄せ、賞賛の合間に耳元で囁くのも忘れない。
「お前さん無茶をしすぎじゃ、そんなことを言えばどうなるかはわかっておるじゃろうに。まぁ、これで誤魔化せるかはわからんがのぅ」
「っ」
俺の狙いを正しく理解したのか、目を見張りつつも沈黙したブレナンへ更に俺は話しかける。
「ささ、お前さんも一緒に来るといい。王様の偉大さがわかる場所を教えて貰うてのぅ」
表向きは嫌なことは娯楽に逃避して忘れようという様な口ぶりで、ブレナンの手を引き。
「おっとっと」
バランスを崩したふりをしてブレナンの身体に寄りかかると小声で言う。内密に話たいことがあるのじゃ、と。
「さ、こっちじゃぞ」
行き先がモンスター闘技場一択なのは、町人との会話の流れ上、是非もない。
(早まったかなぁ)
それよりも、気になるのは、先程の言動の影響だ。国王を褒め称えたのは、情報収集面では大きなマイナスだろう。だがこの戦士を見捨ててもおけなかった。
(ま、最悪この格好も諦めて適当な人にモシャスで変身して聞くって方法もあるしな)
時間に制限があり、精神力を消費するのがネックだが、この呪文があればピチピチギャルになることとて夢ではない。
(つまり、色仕掛けだって出来るのだよ。MP以外の精神的なモノがガリガリ削れる自爆技だけどね)
使う機会が来ることなど皆無だろう。無いと信じたい、有ってたまるか。
(だいたい、ゲームじゃそんなことしなくたって情報が手に入ったはずだし、ゲームより遙かに短時間で来てるんだからなぁ)
情報を持っている人間だってゲームの時より沢山居るだろう。ラーの鏡は、ボストロールにとって正体を暴かれる危険な品。
(俺がボストロールなら、何らかの罪をでっち上げる形で優先してラーの鏡に関係する情報の持ち主を消すけど)
考え得る中で最短のルートは見せしめに反対する者を処刑し、そこから圧政を強いて行くパターンだが、都合の悪い人間を処刑する土台を用意しても、問題の相手が見つからないと話にならない。
(その上、こっちの狙いが知れたら拙いんだよなぁ)
ラーの鏡の情報を躍起になって消そうとすれば、その鏡に何かあると自分から言っているようなものである。
(で、興味を持った者が鏡の効果を知れば……)
どうなるかは言うまでもない。
(となると、公言してるような人の方が下手すれば身は安全かな)
ただ、ラーの鏡についての知識があると周囲に知られてる人物の元を訪れるというのは、自分もラーの鏡に興味がありますと行っているようなものでもある。
(まぁ、ここまで来たら毒を食らわば皿までかもしれないけど)
何にしてもラーの鏡を入手しないことには偽物の国王の正体を暴けないのだから。
(とりあえず、目をつけられた所で逃げる方法はいくらだってあるし)
移動呪文のルーラの他、荷物の中にはキメラの翼、姿を消す呪文のレムオル。使い方次第では他の呪文だって逃亡の助けになるだろう。
(問題があるとすれば、この人をどうするかだよな)
放り出すつもりなら、あんな芝居は打ったりしない。とはいうものの内密の話をするに屋外は向かなくて。
「意外に遠いのぅ、何処かに休憩するところでもあればよいのじゃが」
「だったら爺さん、家に来るか? すぐそこだしさ」
「おぉ、催促したみたいで悪いのぅ」
漏らした独言の意図を察したブレナンの誘いに乗り、俺は後に続いた。
「あそこだ……大した物は出せな」
「ぬっ」
通りの角に立つ民家をブレナンは示し、釣られるように民家を見て察したのは、ブレナンの言葉が途中で途切れた理由。
「戦士ブレナンだな」
「城まで来て貰おうか」
どうやら誤魔化せなかったらしい。腰から剣をぶら下げ手に槍を持った兵士が二名、民家の前に待ちかまえていたのだ。
(対応、早すぎるだろ)
俺も選択を迫られた。逃げることは容易い、撃退だって可能だろう。
(……どっちもアウトかな。鏡の情報を全く手に入れてない現状、騒ぎを起こすのは拙い)
今後がやりづらくなるし。
「悪い、爺さん。闘技場行けなくなっちまったみたいだ」
第一、ブレナン自身に抵抗するつもりが無かったのだから。
「仕方ないのぅ」
理由の方も民家の窓から不安そうにこちらを見ている女性を見つけたことで、だいたい理解した。
(恋人……って年ではないか。ともあれ家族が居るから逃げられない、そういうことね)
キメラの翼で強引に逃がすことも出来るが、その場合、おそらくブレナンの家族が捕まってしまう。
(敵は国家権力、か)
真っ正面からぶち当たるのが拙いのはわかる。
「しかたないのぅ。ではワシはこれで。お勤めご苦労様ですじゃ」
だからぺこりと頭を下げて俺はその場を立ち去ろうとした。もちろんブレナンを見捨てるつもりはない。
(さて、どう出るかな)
兵士達の出方を探る為だ。俺まで一緒に連行しようと言うならそれも良し。アバカムとレムオルを使えば脱獄は容易いし、牢に捕らわれている人々の中に鏡のことを知る人間が居る可能性だってある。
(牢の中なら密談にもうってつけだろうしなぁ)
もちろん、看守にラリホーの呪文で眠って貰ってからだが。そして、連行されず放置なら、後をつけて城に忍び込むつもりだ。
(さぁ、どう出る?)
沈黙したまま背を向けて、俺は兵士達の反応を待った。
兵に囚われてしまった戦士ブレナン。
元凶の住む城の地下牢で、老爺スレッジはとある人物と会う。
次回、第四十八話「In地下牢」
そこで主人公の取る行動とは。