「そこの爺さんもだ」
などと声をかけられることさえ覚悟したというのに、兵士達の対応はあっさりとしたものだった。
(やっぱり、国王を褒めたからかなぁ)
一旦見失わない程度に兵士達から離れた俺は物陰でレムオルの呪文を使い、透明になってブレナンと護送する兵士達を尾行する。
(効果時間だけは注意しないとな)
ゲームだと使いどころが限られてた呪文だが、こうしてドラクエの世界に居ると割と応用の利く呪文だと思う。
(こんな呪文使えて良いのかって気もしてくるけど、まぁ、使い手も選ぶか)
そう、結構精神力を消費するのだ、この呪文は。体感でルーラの二倍近くだろうか。
(次のレムオルは城に入る時として……)
いつ効果が切れても良いように木の陰に隠れながら、フードを取る。ついでに上着を羽織れば、万が一呪文の効果が切れた後で兵士に見つかったとしても、あの老人とは思うまい。
「さてと」
視界の中には兵士と共に橋を渡るブレナン。手を見るとレムオルの効果はまだ消えていない。
(変なタイミングで切れたら拙い、このまま橋を渡ってしまおう)
木々に囲まれた塀の向こうに城を見ながら俺は早足で兵士達を追いかけ。
(ちぃっ)
渡りきったところで、咄嗟に木々と川の間にある堤防の上へ飛ぶ。ちらりと確認した自分の身体から透明化の効果が消え始めていたのだ。
「ん?」
「どうかしたか?」
「いや、気のせいのようだ」
木々の向こうからは兵士の声がして、俺は密かに胸をなで下ろす。
(危なかったぁ)
心臓に悪いことこの上ないが、だいたいの効果時間は再確認出来た。
(これなら潜入は大丈夫)
入り口が兵士が封鎖していたとしても連行されたブレナンは通すだろう。それに、潜入方法がなくてはボストロールの元にたどり着けない。
(ご都合主義かも知れないけど、ありがたいことこの上ないね)
時折木や塀に身を隠しつつ尾行ミッションを再開した俺は、やがて鉄格子の前で兵士達が立ち止まったところを見計らってもう一度レムオルを唱え。
「罪人を引っ立ててきた、通して貰いたい」
「うむ、ご苦労。通るが良い」
(今だ)
問答する兵士の後ろで息を殺し、門番が道を空けた隙に身体を城の中へと滑り込ませた。
(ふぅ、とりあえず第一段階は上手くいった)
思わずへたり込みたくなるが、休んでいる暇はない。
(呪文が効いてる間に安全地帯を見つけておかないと)
ブレナンについては視界に入れていればいい。
(こういう時間取りをしっかり覚えてたらなぁ)
思わず愚痴が出そうになりつつブレナン達を追い越すと、横道に逸れて鍵のかかった扉をアバカムで解錠してそっと開けてみる。
(こっちは、誰もいないか)
ベッドの置かれた小部屋は誰かの寝室だろうか。
(ともあれ、隠れ場所確保と)
後はブレナンが何処に連れて行かれるのかを見極めるだけだ。
(こっちは行き止まりな訳だし、直進しか無いと思うけどね)
「さぁ、こっちだ」
(うん、予想通り)
念のため部屋の入り口で透明なまま立ち止まっていた前方を兵に両脇を挟まれたブレナンは通り過ぎ。
(ああ、あそこか、っと)
地下へと引っ立てられて行くところまで見届けて、俺はさっき無人と確認した部屋へ入り込んだ。
「……抵抗するかと思ったが意外に大人しかったな」
「ああ、全くだ」
ブレナンを連れて行った兵が引き返してきたのだ。
(さっきのところが地下牢の入り口かぁ)
罪人を引っ立てて行くのだから処刑場の可能性もあったが、もしそうだとしても今から追いかければ間に合うはずだ。
「レムオルっ」
小声で呪文を唱え、階段を下りる。
(っと、いきなり看守か)
牢への入り口を塞ぐように立ちつくす兵士の姿は、想定外と言うほどのモノではない。
「いきなりラリホー」
「なっ、今何か聞こえ……あ」
囚人が増えてお疲れだと思われる看守に透明な姿のまま、強制的に休養を取って頂くと、忍び足で寝息を立て始めた看守をまたぐ。
(ここまでは良いんだよな。次に処刑が行われてるなら阻止して、問題はその後)
囚われてる人をどうするかだ。
(集団脱獄は「ほこらの牢獄」でやろうとしてたし、犯罪だからとか二の足踏むつもりは更々ないんだけど)
ブレナンの様に家族が居る場合、逃がしたとしても今度は家族が捕まる可能性がある。
(囚人の家族が捕まるまでの時間でラーの鏡を探して、スピード解決するってのも厳しいよな)
だいたい、シャルロット達の準備が出来ているかもわからない。
(うーん、悩んでても仕方ないか)
まずはブレナンと合流するべきだろう。ついでに先ほどするつもりだった内緒話はここでしてしまえばいい。
(よし、そうと決まれば探索だ)
ついでに使えそうなアイテムを持っている囚人が居れば、交渉して譲って貰おう。
「……何て考えていたことがワシにもありましてのぅ」
何故、かくも無情であるのか。
結局順に囚人へ話しかけていったが、交渉に応じられる精神状態でない人もそれなりにいたし、既に息を引き取っている人も居て。
やがてブレナンの入れられた牢にただりついた俺は、鉄格子開けると、ブレナンの横に据わり、遠い目をしたのだった。
「誰に言ってるんだ、じいさん?」
合流したブレナンのツッコミを受け流しつつ、俺は小さなメダルを握りしめ、この世の世知辛さを再確認する。
(と言うか、ゲームでもきっとこんなモンだったよな)
そもそも、囚人である。アイテムとか取り上げられてるという発想が何で出てこなかったのか小一時間問いつめたい、自分を。
「まぁ、時に人は若さ故の過ちを犯すものじゃて」
「爺さんの台詞じゃないよな、それ?」
「ぬうっ、現実逃避のボケにツッコんでくるとは……」
遠い目をしつつ誤魔化そうとしたところで覆い被さるツッコミに、俺は思わず呻くと頭を振ってからブレナンに向き直る。
「と、少々遊んでしまったが、ここからどうしようかとちと悩んでおるのじゃよ。脱獄は可能と見ておるが、家族が居る者も居るじゃろう?」
「って、いきなりとんでもない話になったな、脱獄は可能って」
「ちなみに、この地下の何処かには本物のサマンオサ国王も幽閉されているとワシは睨んでおる」
「なっ」
立て続けの爆弾発言に思わず愉快な顔になったブレナンを見物しつつ、待つこと暫し。
「実を言うとのぅ、偽物の国王を成敗する為の作戦が水面下に遂行中なんじゃよ」
そこで、と前置きし俺はブレナンに問うた。
「お前さん、仲間にならんかの」
と。
お店はお休みです、っていうのを書いてて思い出した。
いただきストリートのスペシャルだったかな、ドラクエキャラの出るバージョン。
ともあれ、続きます。
次回、第四十九話「どきどきだっしゅつだいさくせん?」
私に良い考えがある。
修行の犠牲、再び。