強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編5「残された者達(商人視点)」

「わからん。あの勇者ハンのお師匠様……どないなお人なんやろ」

 

 わいは地面にへたり込んだまま、擦り傷に薬草を練り込み空を仰いだ。

 

(靴の効果を考えたらこの修行は間違うてへん、むしろこんなロクでもない修行にしてんのも他者が興味を抱かへんようにっちゅう深謀あってのことやろうし)

 

 その結果として若い僧侶のお嬢ちゃんに尻を狙われてるというのは正直言うと堪忍して欲しいんやけど。

 

(ともあれ、この靴はあの「しあわせのくつ」に間違いないわ)

 

 実物を見るのは初めてだが、間違いない。店で売るとはした金になってしまうのは、この靴の希少性と恐るべき効果から人の目を背ける為とも聞いとるけれど、そもそもこんな稀少品をはした金でしか引き取れないと聞いても売るアホ自体普通は居らん。

 

(第一、マジマジ見るのは失礼やと盗み見ただけやったけど)

 

 流石勇者の師匠と言うべきなのか、実物など初めて目にする――言わば資料に少し記載があるといった情報しか残っていない強力な防具で身を固めていて、初対面の際は目を疑ったものだった。

 

(ま、沈黙は金なり言うしなぁ。下手なおしゃべりは信用を落とすさかい)

 

 稀少品を所持し、強力な装備品を身に纏っていると言うことはただ者ではないと言うことでもある。

 

(下手なこと言うて、心証損ねたら……)

 

 一体どんなことになるか、身の程はわきまえているつもりでもある。

 

(あの出会いは幸運だったと見るか、不幸の始まりだったと見るか)

 

 凄い人物と出会え、しあわせのくつと言う稀少品の恩恵に与っていることは幸運なんやろう。

 

「さて、疲れはとれたかい?」

 

「うふふ、今度はもっとじっくり触らせて下さいねぇ?」

 

 鬼教官めいた勇者ルックの女戦士ハンと僧侶の逆セクハラお嬢ちゃんが戻ってきたことの意味は理解しとる。

 

(つーか、勇者ハン……ようこんな修行しとったなぁ)

 

 効果があることはわかっていても、捕まった時のことを思い出すと尊敬の念を抱くと同時に敵意を覚えた。

 

(せや、効果があるのはわかっとるけど、何も男にまで同じ修行が出来る人材を用意することなかったやおまへんか)

 

 靴の効果は商人の端くれとして理解しとる。だから、靴を渡されて修行の説明をされた時点で意図の方は理解したのだ。他の面々は靴の効果と凄さを理解してない者がいたので、ネタばらしするのは避けたが。

 

(アランハンも戻ってきたらきっとこれをやらされるんやろな)

 

 思い起こせば、二人の僧侶は元々の知り合いだったと言うてた気もする。

 

(ずっと前からあのお嬢ちゃんといっしょだったとか、ホンマご苦労さんやわ)

 

 わいやったら何日もつことか。

 

(はぁ、もう思い出しただけなのに尻をまさぐられとるような気がしてきたわ)

 

 これは重症やな、とちからなく笑ったわいはちらりと横を見て。

 

「うふふ、インスピレーションが湧いてきますぅ」

 

「て、何しとんねんごるぁぁぁぁっ!」

 

 無遠慮に尻をなで回す嬢ちゃん見つけて絶叫し。

 

「ぶげっ」

 

 頭蓋に衝撃と痛みを感じて突っ伏した。

 

「そりゃこっちの台詞だよ。休憩時間は終わりだって言ったのに上の空だったのはアンタじゃないか」

 

「ですぅ。そうそう、お話を書く時は視覚や聴覚以外の表現を使うとリアリティが増すんですよ。ですからぁ、サハリさんの体温とかお肉の付き具合を知るのは重要なファクターなのですぅ」

 

 鬼教官はともかく嬢ちゃんには聞いてへん。主に、動機とか動機とか。

 

「最終的には余すとこ無く知り尽くして完璧な作品を仕上げてみせますからぁ、ご期待くださいねぇ?」

 

「せえへん、絶対期待せぇへん?」

 

「あぁ、遊び人さんが良くやるぅ『押すなと言ってるけど実は押して欲しい』みたいなのですかぁ」

 

「わかってて言ってるやろ、ワレ」

 

 あかん、一瞬血管が切れかけた。面倒な客なんて商売しとったら何処ででも出くわす可能性がある言うのに、わいもまだまだ修行が足らへんらしい。

 

「ったく、仲が良いのも結構だけどね。一応修行ってことになってるんだ。さっさと再開するよ」

 

「えーっ、せっかくインスピレーションがわいてきたところだったのにぃ」

 

 何というか、腐ったお嬢ちゃんは何処までもブレへんかった。

 

「……この人選、失敗だったんとちゃうやろか?」

 

 思わず、ワイはそう零す。商人の端くれとして人の欲望というモノを否定する気など無い。無いのだが、これは。

 

「仕方ありません、でしたらさっきの感触を補完する為にぃもう一度捕まえるのですよぉ」

 

「あーええっと、ま、やる気があるのは良いことさ。頑張んな」

 

「はぁい」

 

 変な形でたきつけられた変態お嬢ちゃんがワイに笑顔でにじり寄る。

 

「っ、やられてたまるかぁぁぁっ!」

 

 こうして勇者ハンの留守、ワイらの修行は続くんやった。

 

(つーか、勇者ハン、はよ帰って来てぇな)

 

 心の中で、あの人らの帰還を真剣に待ち望みながら。

 




僧侶の少女視点でない理由は、R-18になってしまうからです。

まぁ、商人のオッサンの話なんて需要ないでしょうけど、ここで書いておかないと出番当分なさそうですからね。

ともあれ、商人の鑑定能力によって主人公がぶっ飛んでることを一番理解してるのはおそらくこの人だと思われます。
(自重せずに生き返らせたサイモン達蘇生組を除く)

次回、第五十話「牢獄の奥からやって来た変態」

と言う訳で舞台は再び地下牢に戻ります。

マシュ・ガイアーがあんな場所に現れた訳とは?

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