強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第五十二話「その前に」

 

「何だか外の空気を吸うのも久しぶりな気がするのぅ」

 

 前触れもない集団脱獄は流石に城の兵士達も気づけなかったらしく、今のところ墓地に居るのは、殆どが元囚人か覆面の人のみ。

 

「つーか、何で俺まで覆面させられてるんだ? 女房や子供に凄く説明し辛かったんだが」

 

「仕方なかろう、一度捕まった以上、お前さんは顔が割れておる。キメラの翼で戻ってこられるのが街の入り口である以上、町中を動ける格好は必要なのじゃよ。そのままだと怪しいことこの上ないが、既にあのマシュ・ガイアーというお人が歩いた後じゃからな」

 

 ブレナンに答えながらも俺は微妙に頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 

(目立つのを避けて単独で動いて貰っていたはずが何時の間にやら大人数とか。こうなってくると「地下牢に潜入したマシュ・ガイアーが囚人達の協力を得た」ってシナリオに修正するしかないよな)

 

 戦力を現地調達したとすれば、バラモスが警戒する対象もまだマシュ・ガイアー一人で押さえ込めるだろう。今のところ俺が魔法を使ったのを見てるのは元囚人の方々と簀巻きにした兵士を除けば、謎の人のみなのだから。

 

「にしても、まだかのぅ」

 

 ラーの鏡の情報を得て、殿である俺以外の者は地下道を辿り先に墓地に出た。そして、マシュ・ガイアーへルーラでブレナンを含む元囚人数名とポルトガに戻って貰い、同時にシャルロット達への伝言と協力要請を託し、今に至る訳だ。

 

(ま、事情を鑑みれば仕方なくもあるかぁ)

 

 ブレナンだけはキメラの翼で戻ってきて自宅から家族を連れ出し、この墓地に戻ってきているが、マシュ・ガイアーは本物の国王という重要人物を同行もしている。手間取るのも仕方ない。

 

(はぁ、こんなことなら覆面二つ用意しておくんだったか)

 

 闇の衣は流石に無理だが、下着と覆面だけなら用意するのは簡単だ。

 

(見た目だけ似たマントなら近い色の布を買って作れば良いだけだし)

 

 この老人の扮装で人目につく大立ち回りは避けたい。

 

「このまま待って居っても時間がかかるばかりじゃな」

 

「まぁ、確かにな」

 

 割とこらえ性がないのか、それとも不安を感じているからか。ついつい独り言が漏れ、それにブレナンが応じる型はこの後数回続いた。

 

(うーむ、少しでも人を向こうに送るべきか……ただ、ブレナン一人に人員のピストン輸送を頼むとなぁ)

 

 覆面の不審な人物が頻繁に墓地へ向かうと言う奇っ怪な状況を町の人に目撃されることになる。

 

(ラリホーも100%効く訳じゃないし)

 

 一人では運べる人数もそう多くないことを鑑みると、下手に動いて注意を引いてしまう危険に見合うかだが。

 

「冒険させるには厳しい」

 

 と言うのが俺の判断だった。もちろん、だからといってただ待ってるのはもどかしく。

 

「むぅ」

 

 袖の中で落ち着きなく指を踊らせながら、時折空を仰ぐ。

 

「待つというのは意外と辛いものじゃな」

 

 何気なくそう漏らすまでに、幾度天を見上げたことか。

 

「気持ちはわかるけどよ、来ないモノは仕方ねぇだろ?」

 

「まぁ、そうなんじゃがな。そう言う訳で退屈しのぎに一つ余興を見せてやろうと思ったのじゃよ」

 

 言いつつ俺が胸中で詠唱した呪文はもうなじみのあるモノ。

 

「は、余興?」

 

「何、ちょっとした変身呪文じゃよ、モシャスッ!」

 

「なっ」

 

 たちどころに自分そっくりの姿になった老爺にブレナンが目を見張る中、俺は小声で言った。

 

「待ち望んでいたモノとお呼びでないモノが同時に来るとは、皮肉なモンじゃて」

 

 それは、何気なく見上げた空に大きくなってくる複数の黒点を見た後のこと。視界の端、建物の向こうからこっちに向かってくる兵の一団を俺は捉えていたのだ。

 

「つー、訳で暫く名と格好を借りるぜ、ブレナン」

 

 俺は本物にヒラヒラ手を振ると、兵がこちらにまだ気づいていないのを確認しつつ歩き出す。

 

「俺はこのままあいつらとちょっと遊んだら話にあった洞窟に向かう。お前らは俺があいつらを惹きつけてる内に街の入り口に行け。その人数ならたぶん何とかなるはずだ」

 

「って、ちょっと待て。鏡を手に入れるのに護衛が居るンじゃなかったのか?」

 

「あン? 優秀な戦士ならここにいるだろ?」

 

 呼び止められての短いやりとりは、最後に立てた親指で自分を指して終わらせて。

 

(さーて、格好つけてみたものの、モシャスで逆にスペック下がってるし、本気で逃げ回らないとやばそうだ)

 

 ノリで割と窮地に陥っちゃった自分自身に半ば呆れつつ、俺は近くの民家の壁に手をかけた。

 

(持ってる武器は、枝で作った杖とアサシンダガーにまじゅうのつめかぁ)

 

 サイモンが俺の武器を装備出来なかったので、自分の服の中に忍ばせておいたのだ。

 

(最初のは普通に考えれば論外、アサシンダガーは当たり所が悪いと拙い)

 

 簡単な三択問題だった。

 

「誰か探してるのか?」

 

 民家の屋根によじ登った俺は先手を取って兵士達に声をかけると、口の端をつり上げてにぃと笑う。

 

「むっ、貴様はブレナン!」

 

「やれやれ、有名人は辛いモンだぜ」

 

 記憶の中のブレナンの口調を思い出しつつ、俺は肩を竦めると隣の民家の屋根に飛び移る。

 

「っと、牢で待つのも案外退屈なんだよな。まったく本でも差し入れてくれりゃ良いのに、サマンオサ王って本当にケチくさいよな」

 

「貴様ぁッ」

 

「まぁ、悪く言われたぐらいで牢にぶち込むとか程度が知れるし」

 

 屋根に登ったのは、すぐ飛びかかられない為と他に理由がもう一つ。ことさらに王を馬鹿にし、兵達を挑発するのは俺が囮である為。

 

「どうせ死刑にされるってんならさんざん引っかき回してやるぜ。せいぜい気張って追いかけてこい、兵も王も無能ですって語り継がれる様な醜態さらさせてやるぜ」

 

「おのれっ、言わせておけば……」

 

「回り込め、ここで確保するぞ! 大口を叩いたことを後悔させてやる」

 

「おおっ」

 

 挑発だけなら大成功だろう。いきり立った兵士達のうちある者は壁に手をかけて民家を登り始め、別の者は他の者と一緒に民家の裏手へ、つまり俺の両脇の下を通り抜け、裏手に回る。

 

(さてと、何処までやれるかな)

 

 制限時間はモシャスの呪文が終了する数秒前。こうして俺の逃亡劇は始まったのだった。

 

 




久しぶりにタイトルっぽく逃亡者出来た気がする主人公。

だが、ブレナンに変身したことで呪文は使えず、スペックもダウンしてしまう。

本当にこのまま逃げ切れるのか。

強気の理由とは一体?

次回、第五十三話「ダンジョン攻略・ソロ」

その洞窟に鏡は眠る。

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