「あっちだ」
「くそっ、また飛び移ったか」
足下や後ろで兵士達が叫ぶ。
(せめてもう少し素早いと振り切れるんだけどなぁ)
装備は布の服である分、ちゃんとした防具をつけた兵より身軽にもかかわらず追跡を振り切れない状況に俺は胸中で嘆息した。
(さてと、何処まで時間を稼げるか)
ただし、悲壮感はない。何も勝算無しにこんな真似をするほど勇敢ではないのだ、保険は用意してある。
「しっかし、良い天気だ。重い装備をつけて鬼ごっこするにはちょっと良い天気過ぎるかもしれねぇけどな」
青い空を見上げて呟いた言葉は皮肉以外の何物のつもりもない。
(あっちがアリアハンでこっちだと……)
俺は脳裏に世界地図を浮かべつつ、袖の中に持った「それ」を弄ぶ。
(何度もモシャスしておいてよかった。だいたいの時間がわかってないと囮にだってなれなかったし)
頭上には、遮るモノもなく空が広がっている。
(天井に頭をぶつける恐れはナシっと)
最悪、飛びついて阻止しようとする兵士が出てくるかも知れない。だから俺は「それ」を袖から出すことなく走り続けた。
「くっ……あっちだな」
建物が切れ、屋根から地面に降りるハメになっても、周囲を見回して兵の居ない方を選んで更に走る。
(いくら圧制下だからって兵も無能じゃないよな)
わざと手薄な場所をつくってそっちに向かわせるぐらいの誘導をしてくることぐらい充分考えられた。
(だったら敢えてノってやるてのもヒーローっぽいか)
兵士に追われているあたり、どちらかというとダークヒーローとかの部類っぽいが。
(けど、わざわざ危険を冒す必要もないんだよね)
俺は走りながら袖からキメラの翼を取り出すと、天高く放り投げた。
「ポルトガへっ」
「「なっ」」
追っていた兵士達が驚愕するが、もう遅い。
(方角的にアリアハンじゃ西に飛んじゃうもんな。街の入り口が北西だからポルトガなら直線距離では東北東のルートの方が近いし)
空に浮かび上がり、小さくなって行く兵士を見下ろして俺は口の端をつり上げる。
(後は元の姿に戻ってからあそこに戻ってきて問題の洞窟に行けばラーの鏡は手に入る筈)
マシュ・ガイアーもといサイモンやシャルロット達がうまく捕まっていた人々を助け出せてるかも気になるが、二度空の旅をするタイムロスを惜しんでサマンオサの入り口に飛び、兵士を連れて行くぐらいならこの方がまだマシである。
(わざわざ飛ぶ先を口にしてるし、仮にルーラかキメラの翼で追いかけてきたなら――)
ポルトガでサマンオサの法がまかり通るはずもない。モシャスは解けているだろうし、ラリホーで眠らせるなりスペックの差で取り押さえるなり、対処法には事欠かない。
(シャルロット達も助けた人達を連れてくるから、ひょっとしたらポルトガで鉢合わせるかな)
もっとも、シャルロットが出会うのは、初対面の老爺、魔法使いのスレッジなのだが。
(盗賊の格好で戻ったらブレナンが置いてきた老爺のことを心配して戻るとか言い出しかねないし)
ともあれ、飛んでしまった以上もう戻ることは不可能。俺に出来るのは着地の準備をすることと、ポルトガに着いてからどうするかを考えることだけだった。
(まず無事に避難出来ている場合は、問題ないな)
それならダンジョンに行くだけであり。
(拙いのは誰かが捕まるパターンだけど)
一度逃げていることもある、下手をすればそのまま処刑も充分に考えられる。
(スレッジの格好で、まず状況を聞いて捕まった者が居るならそのままルーラかな)
出来ればマシュ・ガイアーへ扮したサイモンに貸し出している装備を回収しておきたいが、その時間があるかどうか。
(後者なら大丈夫なんだけど)
考えている内にも眼下の景色は流れ、やがて大地が見え始める。そして、建物つまりポルトガの城がはっきり確認出来るようになり。
(さてと、そろそろ……ん?)
着地の姿勢を取った俺は、覆面マント姿の誰かが立ち、こちらを見上げていることに気づく。
(あれは)
マシュ・ガイアーではない。サイモンも万全の状態だった訳ではないが、あれほど華奢な身体のつくりをしては居なかった。
「ほっ、ワシを待っておってくれたのかのぅ?」
「スレッジさんですね? ボク……私は今は名を名乗れませんが、マシュ・ガイアーさんから伝言を預かった者です」
離れていた時間はそれ程長くも無かったはずなのに、シャルロットの声は何処か懐かしく。
「ほぅ、では伝言を聞かせて貰ってもよいかの?」
胸中の気持ちを隠し、俺は問うた。これから語られる内容次第ではまた少しの間離ればなれでもある。
(まったく、師匠らしいこと全然出来ていやしないよな)
心の中で嘆息し、ただ沈黙してサイモンの伝言を聞く。
「サマンオサ王及び、捕まっていた民衆は無事保護。無実の民衆に紛れる形で罪を犯した者が混じっていた為、これを隔離する。以上でつ」
「うむ、そうか……犯罪者が混じっていたのは失念して居ったのぅ、手間をかけてすまぬと伝えて貰えるかの?」
例によってシャルロットが噛んだことは追求せず、俺はただ伝えるべきことを伝え踵を返そうとした。
「それが」
だが、シャルロットは言葉を濁し。
「ぬ?」
「待てよ、爺さん」
振り返った所に声をかけた者が居たのだ。そう、戦士ブレナンが。
「なんじゃ、お前さんか」
「一人で洞窟に潜る気かよ? 言ってたろ、護衛って」
確かに言いはした。
「じゃが、今のお前さんは指名手配中の筈じゃ、一方でワシはこのフードのお陰で顔も割れておらん。ルーラでサマンオサに戻って入り口に兵が居た場合、お前さんを連れて行ってはそれだけでサマンオサ出入り禁止になってしまうわ」
故に連れて行けないと、俺は説明する。
(だいたい、このまま爺さんのフリ続けるのも疲れるしなぁ)
ブレナンの実力はモシャスで変化したから解る。洞窟攻略に連れて行くのに足手まといではないが、助けにもならないという微妙な実力であり、それも普通に攻略する場合ならと言う前提が着く。
(忍び足で極力戦闘避けて行くなら、話は別だし)
ブレナンの前では敢えて盗賊の呪文やら何やらは使っていない。勇者の師匠と同一人物であると悟られるのを避ける為にだ。つまり、ブレナンを連れて行くと縛りプレイをすることになって、かえって時間がかかってしまうのだ。
(流石に話せる内容じゃないけどね)
事実を知ればきっと落ち込みもするであろうし。
「そう言う訳じゃ、悪く思わんようにな」
「くそっ、世話になりっぱなしで俺は何も出来ないってのかよ」
「何を言う、随分世話になって居ったのじゃぞ? お前さんが気づかぬだけじゃ」
そもそも、俺の言葉に悲痛な声を上げると言うことは、気づいてないらしい。
「は、何がだ?」
「お前さんの顔を借りた後、少々兵隊さん方と遊びすぎてのぅ。ちょっと失敗じゃった」
「なっ」
そう、たぶん俺が翻弄したサマンオサ兵達の敵意はおそらくブレナンに向かう。もちろん計算して行ったことでもなくただの成り行きなのだが、それはそれ。
「まぁ、この国で暮らす分には何の問題もない話じゃがな。ではさらばじゃ、ルーラ」
ブレナンを煙に巻くことに成功した俺は強引に呪文で再び空へ舞い上がるのだった。
予想より長引いて、タイトルが変更になってしまったことをお詫びいたします。
再びサマンオサに戻った主人公。手にした情報を元に向かう先に鏡は眠る。
第五十四話「ダンジョン攻略・ソロ」
今度こそラーの鏡を