強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第五十六話「師の帰還」

「ポルトガへ」

 

 ダンジョンから出るなり、俺はキメラの翼を空に放り投げた。

 

(さてと、これで後は偽国王の正体を暴いて討つだけか)

 

 身体が空へと引っ張られる感覚の中、視線を下に向けて遠ざかって行くサマンオサの城を目にすると、ぐっと拳を握りしめる。

 

(ついに、ここまで……)

 

 ボストロールに向けて「待っていろ」とでも言えば格好が付いたのだろうが、戦うのは俺なのだ。一度は割り切ったつもりだったが、恐怖もある、迷いもある。

 

(って、何を今更)

 

 この時点でボストロールと戦えるのは自分だけである以上、退くことなど出来ない。

 

(そう……だよな)

 

 原作のルートを無視してあそこにいたのは、圧政に苦しむ人を、処刑される人を見捨てられなくてだった。

 

(シャルロットは魔物に囲まれ命を落としかけたのに、その恐怖に打ち勝って、今も勇者たらんとしてるんだ)

 

 師匠の自分が、ここで二の足を踏んでどうする。

 

(あの洞窟でだって、やれたんだ)

 

 怖じ気づく心を叱咤し、ガメゴンとの戦いを思い出して、俺は顔を上げた。

 

「シャルロット、俺は……」

 

 空を行くのは自分一人、漏らした呟きを耳にする者は誰もいない。

 

(そろそろ到着だな)

 

 長いのか短いのか、同じ距離を徒歩で行くのと比べるなら間違いなく短い時間でポルトガ上空に至っていた俺はいつものように着地の姿勢を作り。

 

「――う様ぁーー」

 

「っ」

 

 いつものように街の入り口で待っている弟子の姿に思わず口元を綻ばせた。

 

(変わらないな、そこは)

 

 こちらに気づいて、大きく手を振っているという意味では成長したのかも知れないけれど。

 

「今帰った」

 

「お帰りなさい、お師匠様」

 

 覆面をしていようと、声と行動で誰なのかなど聞くまでもない。警戒感無く俺に抱きついてくる異性など限られているのだから。

 

「……ただな、些少の慎みは持った方が良いと思うぞ?」

 

「えっ、あ……」

 

 布の服の守備力の前では、抱きつくと共に押しつけてきた柔らかな膨らみの感触が顕著で、対応に困ったのも事実。

 

「あうぅ」

 

 真っ赤になって俯いてしまったシャルロットを見て俺は嘆息すると、そのまま耳元に口を寄せて囁いた。

 

「鏡は手に入れてきた」

 

 と。

 

「ほ、本当ですか?!」

 

「ああ、ただな……『くさったしたい』と言う文字通り動く腐乱死体の魔物と少々やり合ったからな、俺としても臭いが気になると言うかだな……」

 

「え? うっ……」

 

 何だかんだ言ってもきっと俺を心配していてくれたのだろう、こちらから言うまで臭いに気づかぬほどに。

 

「魔物と戦うなら、こういうこともある。だから、いきなり抱きつかれると、その……な?」

 

 覆面の鼻辺りを手で押さえたシャルロットへ気まずそうな顔で続けつつ、背中に回された手を優しく引きはがす。

 

「とにかく、蹴り飛ばしたブーツを履き替え、ついでに宿で入浴してくる。お前はこの『ラーの鏡』を持って一度皆の所へ行って貰えるか?」

 

「……ふぁい」

 

 何か葛藤でもあったのか短い沈黙を挟んで鼻を押さえたままシャルロットは頷くと、俺の差し出した鏡を手に街の中へ戻っていった。

 

「さてと……しかし、あの洞窟にあったと言うことはこの『ぬいぐるみ』もいったん洗濯した方が良いかもな」

 

 宝箱の中だからセーフと思いたいが、洞窟の中にいた俺はおそらく臭気で鼻が麻痺している。

 

(だいたい、この形状からするとなぁ)

 

 まして、あの洞窟で手に入れた防具は、ぬいぐるみとは名ばかりの夏場は絶対蒸れそうな着ぐるみなのだ。

 

(店で買ったモノじゃないし、中古の可能性だってあるし)

 

 汗とか染み付いて、ある種拷問具みたいな状態になっている可能性も否定できない。

 

(追加でゴールド払えば洗濯ぐらいして貰えるよね?)

 

 ゲームでは触れられなかった部分だけにメンテナンスは宿屋ではなく防具屋の領分かなとも思いつつ、町を歩き。

 

「旅人の宿屋にようこそ」

 

「済まないが魔物との戦いで少々汚れていてな、すぐに入浴出来るか? あとこれの洗濯を頼みたい」

 

 宿に辿り着くと、俺はぬいぐるみとゴールドをカウンターに乗せて言った。

 

「あ、はい。洗濯を含めて一晩13ゴールドになりますがご利用になられますか?」

 

「ああ、頼む。前金で良いな?」

 

「ありがとうございます。浴場はあちらに」

 

「すまん」

 

 断る理由など何処にもない。むしろさっさと臭いを落としたくて、頷くが早いかゴールドを押しやり、浴場に向かったのだった。

 

(さてと)

 

 あまり長い時間をかけてシャルロット達を待たせる訳にはいかない。一気に服を脱ぐと、俺は浴槽から湯を汲んで身体にかけた。

 

(布の服は処分してしまうとして、問題は武器の手入れだな)

 

 この身体に憑依して日が浅い今はまだ影響も少ないとは思う。

 

(ゲーム同様にメンテナンスなしでも切れ味が落ちないとしても、刃物である以上、放っておけば血の臭いが染み付いてしまうだろうし)

 

 そうなると臭いに敏感な魔物を惹きつけてしまうかも知れない。

 

(何処までゲームに準ずるのかわからないけど、手入れしておいて損は無いもんな)

 

 問題は武器の手入れ方法を誰にどうやって聞くかだが、これについては既に考えついている。モシャスで新米冒険者に化けて先輩に教えを請うのだ。

 

(モシャスがばれたら新人を上手く指導出来るかを確かめていた、とか理由付けすればいいし)

 

 問題も呪文を使う手前またスレッジを演じないといけないという点ぐらいであるし、デメリットらしいデメリットも無いと思う。

 

(いっそのこと転職して冒険者の心得を一から教えて貰うって手もあるけど、こっちはデメリット大きすぎるからなぁ)

 

 そもそも、何に転職するかという問題もある。

 

(ともあれ、今はそんなことを考えている余裕はないし)

 

 考え事をしながら、身体を洗い終えると、再び身体に湯をかけてから湯船へ。

 

(ふぅ……何だかこう、疲れがとれるって言うかHPとMPが回復したっていうか)

 

 宿に泊まっただけで生命力や精神力が回復する謎の答えとでも言うかのような心地よさは、ひょっとしたらお湯の中に薬草か何かを入れているのかも知れない。

 

(寝る訳にもいかないし、完璧とは言えないけど)

 

 一息つくことは出来た。

 

(じゃあ、さっさと上がろう。ここに誰かがやってきて鉢合わせなんてベタ過ぎる展開は無いにしても、人を待たせてる訳だし)

 

 最終的な打ち合わせはさっさと済ませてしまいたい。

 

(決行はゲームの通り夜にするなら、出発は明日の朝だもんな)

 

 ルーラで飛ぶと何故か到着は太陽が出ている時間帯になると言うゲーム上の仕様が働く可能性がある。だったら、朝に出発して現地で昼夜を逆転させる呪文、ラナルータを使った方がよっぽど堅実である。

 

「良い湯加減だった、出かけてくる」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

 とりあえず湯浴みを済ませた俺は服を着替えると、店主に告げてから宿を後にした。

 

(まずは、防具を受け取らないとな――)

 

 最初に落ち合うのはマシュ・ガイアーこと勇者サイモンだ。

 

「うむッ、待っていたぞッ」

 

 城に向かって歩いていると、彼は向こうから現れた。

 




よく考えると、宿屋って本当に不思議施設ですよね。

このお話で宿屋の回復は「入浴と食事」の回復効果を「睡眠」によって増幅させると言うマイルールで設定しています。

何とか整合性のある設定にしたかったのですが、闇谷にはこれが限界でした。

次回第五十七話「出撃、マシュ・ガイアー」

 ようやく盗賊主人公の出番が戻ってきたと思ったらこのタイトルである。

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