「手はず通り始めるぞッ、ラナルータッ!」
降り立つなり視線でシャルロット達に確認をとり、そのまま唱えた呪文で昼夜が逆転、闇の帳が周囲を覆い出す。
(唱えておいてあれだけど、どういう仕組みなんだろうな、これ)
自分達以外の人々が全て反転後の生活パターンを送っているところから察するに、だいたい半日後に使用者と仲間達以外がタイムスリップする呪文なのではと当たりをつけてみるが、確認している時間はない。
「流石に覆面姿では勝手口を通る訳にも行くまいッ、私は独自のルートで忍び込むッ、城門前で待てッ」
バルコニーに到達したら上からロープを垂らしてシャルロット達の侵入経路を造るという流れである。
(謎の人は呪文が使える設定と言っても手の内をあまりさらけ出すのも問題だからなぁ)
後で勇者サイモンがその呪文を使ってくれと無茶ぶりされる事態にも陥りかねない。
(アバカムの件もシャルロット達には口止めしておかないと)
これをしておかないと、地下牢に現れた解錠呪文の使えないマシュ・ガイアーとで矛盾が出てしまうのだ。
(って、後のこと考えるよりも前に今は目先の戦いに向けて集中しないとな……っと)
私は覆面集団に先行する形で夜のサマンオサの町を駆けながら、苦笑すると立ち止まって物陰に身を潜める。
「いたか?」
「いや。拙いな……このままブレナンが見つからなくては我々も処刑されかねん」
会話の内容からすると、ブレナンの姿を借りて翻弄した兵士達なのだろう。
(まさかあれからずっと探しっぱなしとはなッ)
見つかっていないので素通りしても良いのだが、私はやり過ごせてもシャルロット達が見つかってしまう可能性がある。
(となると、ここはこのマシュ・ガイアーが何とかするしかないッ)
物陰で謎のポーズを決めた俺は、近くの民家に登ると屋根の上で身体を伏せた。
「そこの兵士諸君ッ」
「だっ、「誰だ!」」
いきなり声をかけられたことで兵士達は誰何の声をあげたが是非もない。
(「怪しい者ではないッ」と姿を見せて話をしようかとも思ったがッ、「お前のどこが怪しくないのだ」とか絶叫されてしまいそうだからなッ)
結果として声だけの助言者という形で、私は言葉を続けた。
「なにッ、困っている者を見捨てておけぬ者だッ。どうやら誰かを捜している様子ッ、聞くところに寄るとこの町の墓地には隠し階段があり、そこから通路が延びていると聞くッ。隠れている者を探しているというなら、当たってみると良いだろうッ」
「か、隠し階段だと?」
「うむッ、このマシュ・ガイアーの言葉を信じるかどうかは君達の自由だッ、強制はしないッ」
これで、上手く墓地の方に行ってくれるならよし、無理なら簀巻きの看守と同じことをしても良いし、他にも手はある。
「どうする?」
「……行ってみよう、殆どの場所は探しているが、墓地に隠し階段があるという報告は上がっていなかったはずだ。未調査の場所ならひょっとするやもしれん」
「だ、だが」
「報告にあったように異国まで飛んでいったのが事実なら行ったことのない我らではどうにもならんのだぞ? そこで手がかりの一つでも見つかる方にかけるしかあるまい」
一人は迷っているようだが、相当行き詰まっていたのだろう、もう一人は私の言葉にこのまま無為に過ごすよりはマシと判断したらしい。
「情報提供感謝しよう、では我らはこれで失礼する」
(うむッ、これで少しは通り抜けやすくなったッ)
頭を下げて墓地の方に去って行く兵士達を見届けて一人頷くと、私は再びサマンオサの町を駆け――。
(遂に決戦の地にやって来たのだったッ)
声に出したいところだが、生憎隠密行動中、ポーズのみなのが残念なところだッ。
(しかしッ、兵に助言していたせいだろうなッ)
城を囲む塀の陰には既にシャルロット達の姿があって、いつの間にか追い抜かれていたことを知る。
(さてッ)
そして覆面集団から離れた木の陰に人間サイズな猫のぬいぐるみを見た私は、先にそちらへ声をかけたッ。
「待たせたなッ、今夜で終わるッ」
一応潜めた声に勇者ニャイモンは無言で首を縦に振り、私は布の服で作ったマシュ・ガイアーなりきりセットを差し出すと、更に言葉を続けた。
「城門の脇にスタンバイしていてくれッ、ことが終わったらバルコニーから飛び降りるッ、そこで入れ替わろうッ」
と。
(では改めてッ、いざッ……レムオルッ)
そこから先の潜入に関しては順調というか、ほぼ拍子抜けするぐらいだった。透明になって勝手口を抜けブレナン達の捜索で人員でも減っているのか人気の少ない城内を時計回りにぐるっと回り、私は行き止まりにあった階段から二階へ昇る。
(そう言えばこんなだったなッ)
寝室までの道筋を教えてくれたのは、この城の本来の主だ。
(いよいよかッ)
更に階段を登って小さな塔の屋上に出た私は謎のポーズを決めながら星空を仰いだ。
(大丈夫だッ、今の私ならやれるッ、何故なら私は――マシュ・ガイアーだからだッ)
己に言い聞かせると、心の中で特撮モノのヒーローよろしく「とうッ」と叫びつつ、屋上から飛び降りる。王様の話に寄れば、この着地点から少し進めば、バルコニーに至るはずだ。
(後はロープを垂らして、シャルロット達が登ってきたのを確認したら突入だなッ。見せてやるッ、正義の力をッ)
城門の真上に辿り着き、城壁にロープを結わえてる姿は、正義どころか曲者以外の何でもなかったが、そこはご容赦頂きたいッ。
「では行ってくるッ」
覆面集団が全員バルコニーに上がったことを確認し小声で告げれば、四対の瞳が俺を見返して揺れ、私は仲間達の視線を受けながら踵を返すと、偽国王が眠る寝室のドアに手をかけた。
(情報通りッ、不用心この上ないなッ)
例え最後の鍵でしか開かない鉄格子だろうがこのマシュ・ガイアーの前では無力ではあるが、これはいかがなモノかと思う。
(それだけ腕には自信ありかッ)
バラモス麾下の幹部という実力からくる傲慢さがこの不用心さを産んでいるのかもしれない。
(ならば好都合ッ)
私は荷物からラーの鏡を取り出すと、守備力を上昇させるスカラの呪文を詠唱しながら国王の寝台へ忍び寄るッ。
(……ぬッ)
覗き込んだラーの鏡に映るは、黄緑色をした魔物の寝顔。
「っ」
一瞬、なんでこんなモノを自分は見てるんだろうかというやるせない気持ちにさせた、それは次の瞬間跳ね起きて、正体を露わにする。
「見~た~なあ?」
「応ともッ」
私は聞かれたので全力で答えたッ。
「……うぐっ」
「スカラッ」
黄緑の魔物が気圧された隙に呪文を唱えると、私は魔物、そうボストロールに指を突きつけて名乗りを上げる。
「私の名はマシュ・ガイアー、悪を許さぬ謎の人ッ! サマンオサ王の名をかたる偽物よ、覚悟しろッ」
「けけけけけっ、威勢の良いことを! 正体を見られた以上、生きて返すわけにはいかぬぞえ」
己を奮い立たせる様にポーズを取れば、凶暴な笑みを作った偽国王は魔物という本性のまま棍棒を振り上げた。
「喰らえぇ」
「遅いッ」
未熟な戦士ならその一振りで肉塊に変えられたであろう一撃も覆面と共に纏ったやみのころもの力によって豪奢な絨毯を叩き付けるに留まった。
「どうしたッ、この程度かッ」
「おのれ」
そのマントへ包んだ私の身は闇にとけ込むようにぼやけ、身体が持ち合わせたスペックとあわせて、ボストロールを翻弄する。
「ルカナンっ」
「なッ」
ただ、私も失念していたことがある。ボストロールが二回行動であることを。幸いかけられた防御力を下げる呪文は効果を及ぼさなかったが、私に衝撃を与えるには充分だった。
「くけけ、さっきまでの威勢はどうした?」
黄緑の魔物はにたりと笑うが、私は反論出来なかった。
(っ、まさか……)
本当に予想外だったのだ。
(まさか、こんな所で見つけられるなんて)
そう、密かに探していた相手に出会えるとは。
「くくくくくッ……はははははははッ」
「なっ」
ボストロールが目を剥いたが、私の笑いは止まらない。
「気でも狂」
「ふはははッ、マホトーンッ」
「うぐっ」
笑いに紛れた呪文で偽国王の呪文を封じると、再びポーズを取る。
「お前に絶望というモノを教えてやろうッ、今まで処刑されていった無辜の人々の分までなッ」
むろん、格好はつけても油断はしない。歓びの前に恐怖はかき消えていたが、痛恨の一撃への警戒はきっちり残っていたのだ。
失念していたはずが、何故か歓喜する主人公。
主人公の狙いとは。
次回、第五十九話「真夜中の決戦(後編)」。
君達は英雄の誕生を目にすることになるのかも知れない。