強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第六十話「マシュ・ガイアーの正体」

「待てと言われて待つ奴は居ないッ」

 

 叫びながら戸を開けてバルコニーに飛び出したのは、同士討ちを避けるという意味であり、攻撃を準備せよという合図でもあった。

 

「減らず口をっ」

 

 振り返れば、追いかけてくるボストロールの姿が見え、私は足を止めるなり反転し片手を上げた。

 

「今だッ」

 

「な」

 

 わざわざ単独で戦えていた相手が仲間を呼ぶなど、想定していなかっただろう。

 

「はいっ」

 

「待ってましたわ」

 

 驚きに足の止まった黄緑の魔物を見据えるのは、正体を隠した四人の男女。

 

「撃ち方始めッ」

 

「メラ」

 

「は、はいっ」

 

 私の合図でボストロールに向けられていた大砲二門の臀部に呪文とたいまつで火がつき。

 

「げぇっ」

 

 引きつった顔の魔物目掛けて轟音と共に砲弾が撃ち込まれる。

 

(いやぁ、まさか大砲がこの世界にあるとはなぁ)

 

 ポルトガで外洋船の甲板に備え付けられているモノを見るまで私もこの凶悪な兵器が存在することを知らなかった。だが、有ると知ったからには利用を考えずには居られなかったのだ。

 

(出てくる場所は寝室の扉で固定だし、ボストロールは身体が大きい分外しにくい)

 

 ちなみにこのサマンオサ周辺の魔物には空を飛ぶものが存在する為、ひょっとしたらあるのではないかと思ったのだが、サマンオサ王に確認して正解だった。

 

(最初期の大砲だって未熟な戦士が銅の剣で斬りかかるよりはダメージがでかい筈)

 

 命中するかという問題も、相手の方を特定の場所に誘き出すという方法でカバーした。

 

「がっ」

 

 流石に強靱な魔物の身体は貫くにはいたらず、砲弾を跳ね飛ばしたが、身体にめり込んでからという注釈がつく。

 

「ぎゃぁぁぁ」

 

「どうだッ、これが正義の力だッ」

 

 砲弾を撃ち込まれた場所をおさえてのたうち回る黄緑の魔物を前にして俺は無意味にポーズを決めると、呪文の詠唱を開始する。

 

(このまま決着をつけるッ)

 

 詠唱中なので心の中で呟きながら、私は両手を突き出した。

 

「バギクロスッ」

 

「ぎぎっ、がっ、あ」

 

 ダメージで足に力が入らないのか、呪文によって生み出された竜巻に黄緑の巨躯は状態が泳ぎ。

 

「今の内に再装填ッ」

 

 素人に二発目を込めている時間があるかは疑問だが、そう指示して走り出す。

 

(武器は使えなくても今なら)

 

 狙うのは、足。

 

「てやあッ」

 

 竜巻がかき消えると同時に懐に飛び込んだ私はバランスを崩したボストロールの足を引っかける。

 

「うぐっ、ぬあああっ」

 

「はッ」

 

 倒れ込みつつもこちらに振り下ろしてくる棍棒を視界の端に入れながら再び飛び込み前転し。

 

「バギクロスッ」

 

「うぎゃぁぁぁっ」

 

 跳ね起きるなり再び攻撃呪文を見舞う。

 

(思った通りだ、呪文二つはまだ厳しいけど、攻撃と呪文の併用ならこの調子で訓練していけば)

 

 使えるようになるかもしれない。

 

「うぐっ、何だ貴様は……貴様のような奴がいるなど、聞いて居らぬ」

 

 呻きつつ身を起こそうと悶えながら黄緑の魔物は私を睨み付けるが、それもそうだろう。私とてこの世界に人の身体で降り立つことになるとは思ってさえ居なかったのだから。

 

「ならば改めて説明しておこう、今の私の名は『マシュ・ガイアー』ッ。貴様の悪をくじく為、彼の地より舞い戻りし漢だッ」

 

 ただし、馬鹿正直に説明する義理も理由もない。中身がサイモンであっても問題なく受け取れるよう改めて名乗ると、謎のポーズを決めたまま、呪文を詠唱する。

 

「空を行き渡る風の精霊達よッ、今この手に集いッ、罪深きし者を裁く竜巻となって悪を斬り裂かんッ」

 

 一つは、声に。

 

(空を行き渡る風の精霊達よッ、今この手に集いッ、罪深きし者を裁く竜巻となって悪を斬り裂かんッ)

 

 もう一つは心の中で、二重に唱えて起こすは、巨大な竜巻。

 

「バギクロスッ」

 

 わざわざ詠唱をしたのは、一か八かの呪文連続発動を試そうとしたからに他ならない。

 

「がっ、ぐがぁぁぁぁ、ぎっ、ぐおっ」

 

「バギクロスッ」

 

 竜巻の中で悶える黄緑の巨体向けて手を突き出したまま、もう一度呪文を唱える。

 

(くッ)

 

 一度目の呪文を行使した時同様に精神力が消費されて行く感触を覚えながらも顔を険しくする。

 

「ぎゃぁぁぁ」

 

 ワンテンポ遅れて発生した竜巻が、ボスとロールを切り刻むが、明らかにタイミングが遅い。

 

(失敗だな。連続で放ててるように見えて、その実ボストロールが弱って反撃もままならなくなってるだけだ)

 

 流石にホイホイ習得出来るようなものでは無いと言うことだろう。

 

(まぁ、いいや……今は)

 

 そんなことよりも、戦いを終わらせなくてはいけない。

 

「ぐううっ、おおおおおっ」

 

「これで終わりだッ、マシュ・ガイアーキィィィックッ」

 

 血だまりの中咆吼しながら身を起こそうとする巨躯目掛けて私は石床を強く踏み切るとボストロールへと蹴りかかった。

 

「あ」

 

 声を漏らしたのは、今だ大砲への装填作業を続けてた誰かだろうか。

 

「がふっ」

 

 短い悲鳴をあげて黄緑色の魔物は倒れ込み。

 

「ぐげげげ……お、おのれ……うぐアーッ!!」

 

 再び起きあがろうとして、失敗し断末魔を残し、果てる。

 

「えっ? ひっ」

 

 バニーさんは、事切れたボストロールの顔を見てしまったのか大砲の影に引っ込み。

 

「ふむ、次弾装填は遅すぎたようですな」

 

 僧侶のオッサンは全身タイツに仮面という変態仕様で平静に呟き。

 

「間違ってますわ、世の中おかしすぎますわ」

 

 何故かまほうつかいの格好をした魔法使いのお姉さんは膝を抱えて座り込んでいたが。

 

「ええと、お、お疲れさまでちた。勝ったんですよね?」

 

「うむッ、君達の協力あってこそだッ」

 

 足下の死体に恐る恐ると言った様子で近寄ってきた覆面シャルロットに、私は頷きを返してポーズを取る。

 

(うん、少々白々しい気もするけどね)

 

 ともあれ、これでシャルロット達にも経験値が入ったことだろう。

 

「ありがとうッ、名も知らぬ市民達よッ、君達のことは忘れないッ」

 

 一応シャルロット達が、元は言われない罪でこの城の地下に囚われていた市民という設定を物音に駆けつけてきた城の兵士達へ聞かせながらバルコニーを走り。

 

「とうッ」

 

 私は下へと飛び降りた。

 

「っ、レムオルッ」

 

 そして走りながら唱えていた呪文を使い透明になって「マシュ・ガイアー」と入れ替わる。

 

「頼むぞ」

 

「ああ。後は任せよ、そしてすまん……貴殿には本当に世話になった」

 

 姿の見えぬ俺に頭を下げて、覆面マント姿のサイモンは町に向けて歩き出しながら、覆面を脱ぎ捨て。

 

「なっ」

 

「馬鹿な、あれは……勇者サイモン?!」

 

「ありえん、サイモンは幽閉されて朽ち果てた筈」

 

 ざわざわと兵士達が騒ぎ出す中、城の方を振り返ってもう一度頭を下げる。

 

「名も知らぬ市民よ、この勇者サイモンに助力してくれたこと心から感謝する」

 

「市民?」

 

「おい、バルコニーに誰か居るぞ」

 

 サイモンの言葉に兵士達が騒ぎ出すが、これも俺達にとっては予定通りだった。

 

「いくよ、みんな?」

 

「「ええ」」

 

「はっ、はい」

 

 シャルロットが確認の声を上げれば、各々がキメラの翼を取り出し空高く放り投げる。

 

(さてと、レムオルの効果が切れないうちに俺も退散するか)

 

 落ち合う先はポルトガ。変化の杖は回収していないが、ぶっちゃけ杖が必要なのは、なげきの牢獄でサイモンの骸からガイアの剣を手に入れる為に必要になるからであり、サイモンを蘇生させてしまった時点であまり意味はないのだ。

 

「ルーラ」

 

 ぼそりと呟いて空に浮かび上がった俺が下を見ると、立ち止まって空を見上げるサイモンとそんなサイモンへ駆け寄る一人の若者の姿が見えた。

 




サマンオサ編・完?

次回、第六十一話「そして次の冒険へ」

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