(ひょっとして、さっきのはサイモンさんの息子さんかな。父親を捜して旅していたって言う)
先程の光景を思い出しながら俺は小さく唸る。
(勧誘しておくべきだったかもなぁ)
魔物の出没する外を旅が出来るのだ、それなりの腕があるのは間違いない。
(まぁ、TPOをわきまえるとこれでよかったかも知れないんだけど)
離ればなれになっていた親子による感動の再会に水を差すほど空気が読めない人間であるつもりもない。
(ただ……なぁ)
流れでルーラしてしまったが、サマンオサにはもう一度足を運ぶ必要はある。モシャスで魔物に変身し、川を渡ることが出来るので、ガイアの剣はなくても何とかなるのだが、これから戻る先にはサマンオサ王が居るのだ。
(これからサイモンさんは注目を集めるはず)
ならば、回復したサマンオサ王をサマンオサまで運ぶのは、こちらでやる必要がある。
(今回の協力の報酬だったバハラタまでの同行も無理だろうなぁ、当然俺がマシュ・ガイアーをやるのも拙い)
マシュ・ガイアーが同時に二人居ては、何の為に面倒くさい偽装をしたのか解らない。
(案内役は、謎の老爺「スレッジ」しか居ないか。何処かで付けひげ調達しておかないと)
バハラタまで行ければ、ダーマまでは徒歩でゆける為、レベルさえ上げればバニーさんを賢者にすることも難しくはない。
(ダーマの側にはメタルスライム出るしなぁ)
憑依先の身体がひたすら狩っていた魔物と比べると倒して得られる経験値は低いが、それでも倒せば多くの経験値を得られる水色生き物の色違いモンスター。これを狩ることは俺の中で既に確定事項だった。
(さてと、ただレベル上げは良いとして問題はやまたのおろちだよな)
ジパングという国にもボストロール同様バラモス麾下の魔物が居り、生け贄として若い娘を要求し食らっているという話がある。
(うーん、犠牲を出来うる限り減らすならダーマから陸路を行って海をモシャスで魔物になって渡るのが一番早いけど)
俺を悩ませるのは、ジパングにはサイモンの様に言い方は悪いがスケープゴートに出来る存在が居ないのだ。
(やまたのおろちに食べられてしまった女王ヒミコが生きていたってパターンは流石に無理があるからなぁ)
サイモンと違って自分の腹の中である。部下の腹の中に収まった相手が「実は生きていました」なんて報告されてバラモスが信じるだろうか。
(フバーハで軽減出来るとは言え炎吐いてくるし)
シャルロット達を連れて行った場合、確実に炎に巻かれて怪我をするか命を落とす。
(くっ、打開策が思いつかない)
無策でやまたのおろちまで倒してしまえばバラモスは絶対警戒するだろう。ボストロールの件は勇者サイモンに倒されたで説明がついても、やまたのおろちは誰に倒されたか解らないと言うことになるのだから。
(いっそのことモシャスと変化の杖を併用して、ボストロールとは逆に俺がやまたのおろちになりすますか?)
バラモスが部下にどんな連絡手段を使っているかも解らない手前化けたところですぐバレるとは思うが、流石にそうポンポンと良案は浮かばない。
(うーん……ん?)
腕を組んだまま飛翔していたが、気づけば俺の身体は高度を下げ始めていて。
「しまった、もうポルトガについたのか」
余程長いこと考え込んでいたらしい。
(っ、考えるのは後だな)
どちらにしてもまずはシャルロット達と合流しなくてはならないし、格好がマシュ・ガイアーなのも拙い。
(見つかる前に着替えよう)
俺は急いで着地に備え身構えながら呪文を詠唱し始める。
「レムオルッ」
シャルロットのことだから、外で待っているかも知れない。
(そこにマシュ・ガイアー全開で飛んで来たら、なぁ)
面倒なことになるのは説明さえ不用だろう。
(問題は透明の状態で着替えが上手くできるかという点だけど)
そこは、変な格好になったらレムオルの効果が切れてから直そう。
(考えて答えが出ないならこれ以上考え続けても無意味だよな)
だったら、決まっているところまでやることをやってしまうべきだ。
(バハラタとダーマをルーラに乗せるだけでもだいぶ違ってくる)
ついでに言うならダーマの様な世界から人の集まってくる場所ならまだ行っていない町の出身者も居るかもしれない。
(キメラの翼で相乗りさせて貰えば、ルーラで行ける場所が増え……あ)
そこまで考えて思い出した。何処かのほこらにジパング出身の男性が居たことを。
(モシャス使うまでも無いかもな……っと)
協力してもらうことが出来ればの話だが、拒絶されたとしても最初に考えていた方法で海を渡るだけである。俺は手袋にブーツと順番に脱いだそれらを脇に置き、鞄を開けて中を漁る。
(っ、手探りって意外と難しい)
着替えるにも一苦労だった。ちなみに脱ぎ終えた覆面と手袋、ブーツは穴を掘って埋める。
「世話になったな、マシュ・ガイアー」
使い回してシャルロット達に見られることを防ぐ為だ。
(これで、マシュ・ガイアーはサマンオサにただ一人)
人知れず謎の人の真相は土の中に葬られ、俺は土の被せられた穴を一瞥してからポルトガへと歩き出す。
「あっ、お帰りなさいお師匠様」
「ああ」
予想通り、シャルロットは俺を街の入り口で待っていた。
(あ)
前回の一件があったからか抱きついてくることは無かったけれど、たぶんこれで正しかったのだろう。
「激しい戦いだったらしいな」
「えっと、ボク達は殆ど何もしてなかったんですけど……」
ばつが悪そうに視線を逸らしたシャルロットは、それでも次の瞬間には視線を戻して。
「それより、凄かったんですよマシュ・ガイアーさん。バギクロスって呪文とか」
「そ、そうか」
目を輝かせ語る姿に微妙な居心地の悪さを感じつつも顔には出さず、俺は手を差し出す。
「行こう、町の入り口で立ち話するのもな」
「あ、はいっ」
そして、ぎゅっと手を握り替えしてくるシャルロットと共に中へと。
(先走りすぎていたのかもな)
まだ、方針さえ完全に定まっては居ない、だが勇者一行からすれば、強敵を倒した直後である。
「何だか腹が減ったな」
「そう言えばボクもお昼……あれ? お昼で良いのかな?」
ただ一人焦っていたことを教えられて顔には出さず苦笑しながら、シャルロットの頭に手を置く。
「なら、屋台で何か買って行くか」
「はいっ」
嬉しそうに返事をする勇者の笑顔に少しだけ口元を綻ばせ、俺はちらりと後方を振り返った。
ポルトガに帰還した主人公。
謎の人との密かな別れを済ませ、仲間の元へと帰る。
次回、第六十二話「バハラタへの道」