強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第六十二話「バハラタへの道」

「すまん、遅くなった」

 

 途中で調達した食べ物をお腹に入れ、宿にたどり着いたのは一時間ほど後のこと。

 

「「あ」」

 

 ドアを開けて中に入った瞬間、全員が声を上げた理由は何というか、取り込み中であったのだ。

 

「こっ、これは……そう、このエロウサギがまた粗相をやらかしたからですわっ!」

 

「あうっ」

 

 狼狽えた魔法使いのお姉さんに踏みつけられて声を漏らしたのは、ロープで縛られたバニーさん。

 

「あは、あはは……」

 

 苦笑するシャルロットも何があったのかを察したのだろう。

 

(あー、バニーさんがまたお尻でも触ったんだろうなぁ)

 

 もう別に同性を追いかけ回す必要もなくなったことだし、バニーさんのセクハラについても何とかしなければ行けないのかもしれない。

 

「だいたいの事情は察した。それで流石に同席するのも問題と言うことであの男が居ないのか」

 

「あ、うん。それもあるけど、アランさんはサマンオサの王様の具合を見に、今お城に行ってるから」

 

「成る程」

 

 回復魔法の使い手であることをを踏まえれば、僧侶のオッサンが国王のところに出かけているというのも納得の行く状況である。

 

「本来は全員が揃ってからの方が良いのかもしれんが、これからのことをそろそろ話しておこうと思う。まず、次に向かう場所だが、東の関所から旅の扉を通れば様々な場所へゆけることは話したな?」

 

「えっと、さっき戻ってきたサマンオサやバハラタって町に他の旅の扉を経由すれば行けるってお話でしたよね?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 俺はシャルロットの言葉に頷くと、先を続ける。

 

「本来ならマシュ・ガイアーがバハラタに連れて行ってくれるという話だったが、サマンオサがあの状態では一時的に国を抜けるなど難しかろう。今では救国の英雄だからな」

 

 おまけに国王はこのポルトガで療養中である。

 

「た、確かにあの状況で約束だから連れて行けとは言い出しづらいですわね」

 

「そこでだ。マシュ・ガイアーの知人にスレッジという老人が居る」

 

「あ、その人なら――」

 

「ああ、シャルロットは会っているな。その老人はさまざまな呪文を会得しているらしく、解錠呪文のアバカムを覚えているらしい」

 

 はっと顔を上げたシャルロットに頷いて、俺はその老人が連れて行ってくれることになったという旨を三人に説明する。

 

「もっとも、交換条件付きだがな」

 

「「えっ」」

 

 シャルロットと一緒にバニーさんや魔法使いのお姉さんまで「また条件付き」という顔をしたが、これは仕方ない。

 

(俺が同行しない理由を作っておかないと不自然だもんなぁ)

 

 胸中で嘆息し、城にいる僧侶のオッサンへ心の中で詫びつつ、俺が明かした条件は至極単純なもの。

 

「同行者は若い女性のみ、だそうだ。何でも『サマンオサでは子持ちのオッサンのお守りしかしとらんのじゃぞ? ワシだってたまにはピチピチのギャルに囲まれた旅がしてみたいと思うても罰はあたらんじゃろ?』と言っているらしい」

 

 とんでもないエロ爺の言い分だが、あまりスレッジに親しくなられるのは正体に気づかれそうで宜しくないのだ。となると、スレッジ爺さんに扮した俺はシャルロット達からあまり好かれないポジションを取る必要もある。

 

「あ、あの、ご主人様……そ、それは」

 

「ああ。俺とアランは留守番になるな。かわりにアリアハンにいる二人のどちらかを連れて行くぐらいは出来るかも知れないが」

 

 恐る恐る尋ねてきたバニーさんへ無慈悲な肯定を返すと、俺は演技で遠い目をしてみせる。

 

「ああぁぁあ……エロウサギだけでも大変ですのに」

 

 魔法使いのお姉さんの胸中は察するが、流石にセクハラをするつもりはない。人の身体に憑依している俺には責任の取りようがないし。

 

(そもそも俺はシャ――って、そうじゃない。だいたい、浮かれてる場合じゃないもんな)

 

 こうしている間もジパングでは人命が失われているかも知れないのだから。シャルロット達にも自分にも休養は必要だろうが、だからといって時間を無駄にするつもりはない。

 

「思うところはあるだろうが、スレッジとやらが同行するのはバハラタまでだ。そこまでは耐えて欲しい」

 

「そこまで? お師匠様、その後はどうするんです?」

 

「バハラタはここポルトガ同様、一度訪れればルーラで移動が可能だ。お前達は帰ってきても良いし、バハラタで買い物をしても良い」

 

 自由行動だ、としておきつつ、釘は刺す。

 

「ただ、不用意に外には出るな。バハラタ周辺に出没する魔物はサマンオサほどではないがお前達にはまだ荷が重い」

 

 一度水色生き物に囲まれて窮地に陥ったシャルロットなら無謀なことはしないと思うが、念のためである。

 

「スレッジとやらはお前達が同行することを鑑みるに自分で聖水を撒いて魔物除けをしつつ進むだろうし、行きで魔物と出くわすことはないだろうがな」

 

「……つまり、そのご老人は周辺の魔物より明らかに腕が立つと言うことですのね?」

 

「ああ、スレッジにはその後別件で俺と協力して貰うことにもなっている」

 

 魔法使いのお姉さんに頷きつつ俺の口にした別件については、考えてある。と言うか、丸く収める解決方法が未だ見つからない「やまたのおろち討伐」のことだ。

 

「別件?」

 

 疑問の声を上げたのは、シャルロット。

 

「ああ……聞くと後悔するかもしれんが、それでも聞くか?」

 

 ぶっちゃけ、今回は安全策が思いつかない為、話をしたとしても同行は認めづらい。だからこそ、わざと脅すように言ったのだが、勇者は迷うことなど無かった。

 

「はい、聞きたいでつ」

 

 ただ、噛んだ。

 

「……サマンオサのボストロールは倒した。だが、ほぼ同格の魔物がとある国で女王に化け、若い娘を生け贄として要求しているという話をな、噂で聞いた」

 

「ど、同格の魔物?!」

 

「ああ、しかも複数の頭を持つドラゴンで、炎も吐く。ボストロールとは違い複数の敵を相手取るのも得意なタイプだな」

 

 言外にボストロールの時の様にはいかないことを語りながら、俺は肩を竦める。

 

「当然、バラモス麾下の魔物で幹部クラスだ。倒してしまえばバラモスは警戒するだろうし、マシュ・ガイアーは頼れん。その国までどうやっていくかも未定だ」

 

 問題だらけだから、まだこの時点では言うつもりもなかった。

 

「スレッジとは目的地まで辿り着く方法をまずは探すつもりで居る、上手くいけば過程でダーマにも辿り着けるかもしれん」

 

「お師匠様、その旅ボクも同行させて貰」

 

「それはできん」

 

 最後まで言わせず拒絶したが、シャルロットがそう言い出すのは明らかだったから。

 

「サマンオサの時は直接町に飛ぶだけだったが、今回はアテのない旅になる。もしかの国の人々を救いたいと思うなら同行ではなく修行を積んでやまたのおろちとの決戦に同行出来るだけの強さを手に入れておけ」

 

 心を鬼にして、俺は言う。

 

(そもそもついてこられたらスレッジと俺が同一人物だってばれるしなぁ)

 

 同行は無理な相談なのだ、いろんな意味で。

 

「お師匠様っ」

 

「恥を言うが、まだ作戦さえ定まっていない段階だ。何とかしたいと思うのは俺も同じだ、実際、ここに戻ってきた時、お前達に軽く挨拶だけしてそこへ行く方法を探しに行こうかとさえ思った」

 

 だが、焦って先走れば、どうなるか。

 

「そう言えば、あの時町の外の方を振り返って……」

 

「そう言うことだ。そもそもお前達とてボストロールとの戦いで疲れているだろう? 問題の国はダーマよりさらに東らしい、どのみちバハラタまでは行かねばならん」

 

 つい先程のことを思い出したシャルロットを宥め、その日は旅立ちの準備をすると宿で休息し。

 

「俺は一足先に出発する。不足している情報も集めねばならんからな」

 

 もっともらしい言い訳を口にしつつポルトガを旅立つと外でスレッジに変装し、引き返す。

 

「おおっ、やはりいいものじゃのぅ……ありがたやありがたや」

 

 シャルロット達と再会するなりとりあえず拝んでみたのも当然ながらエロ爺を印象づける為の演技である。

 

「あ、あの」

 

「うむうむ、解って居るとも。お前さん達をバハラタまで連れて行けば良いんじゃろ?」

 

 早くも若干退き気味のシャルロットへ、旅立ちの準備の合間に買った付けひげで顔の下半分を隠したまま俺は好相を崩すと、しきりに頷いてみせる。

 

「ワシに任せておきなされ。お前さんのお師匠さんに先を越されなんだらラーの鏡だって取ってくるぐらいの実力は持ち合わせて居るのでの。大船に乗った気でいることじゃ」

 

 カラカラと笑いつつ、これぐらいはノーカンかとシャルロットの肩に手を置こうとした瞬間。

 

「っきゃぁぁぁぁ」

 

「な、なんじゃ? ワシはまだ何もしとらんぞい?」

 

 近くで上がった悲鳴に俺は慌てて周囲を見回し。

 

「何しますのこのエロウサギっ!」

 

「ひうっ、ご、ごめんなさいっ」

 

「……何じゃ、あっちか」

 

 いつもの光景を見つけて胸をなで下ろすが、ひとつ忘れていた。自分がうっかり口走ったことを。

 

「何も?」

 

「あ」

 好意の籠もった視線を向けられることが多いので、シャルロットのジト目はある意味新鮮でもあった。

 

「サラ、ロープ余ってない?」

 

「ちょっ、待つのじゃ、お前さん何をする気じゃ?!」

 

 だが、こういうピンチになるとは思っても居なかった。

 

(あれ、バハラタまでの道ってひょっとしてずっとこんな感じ?)

 

 自分で決めたこと、ではある。だが、いきなりピンチになるのは想定外だった。

 

(って言うか、縛られたら体つきとかで正体ばれるし)

 

 いきなりの大ピンチである。かといってもシャルロットに何かする訳にも行かず。

 

「さ、さぁ出発しようかの?」

 

「っ、待てーっ」

 

 俺に出来たのは誤魔化しながら逃げ出すことだけだった。

 




焦る気持ちはあっても、解決策が思いつかない。悩みながら進むことを決めた主人公は老爺を演じつつ勇者に追い回される。

次回、第六十三話「バハラタ到着」

旅の扉を経由して、聖水で敵のでなくなったフィールドを歩くだけのお手軽旅行です

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