「では、行ってきますわ」
「うむ、ワシの分は要らぬのでそのつもりでの」
宿の手配を頼んだ魔法使いのお姉さんを見送りつつ、俺は付けひげで隠した口元を密かにつり上げる。
(こっちは上手くいったか)
やたら協力的になったのはありがたい。
(さて、腐った僧侶さんは教会に挨拶に行ったようだし、あとはバニーさんか)
道具屋へお使いに出す、という辺りが妥当だろうか。
(遊び人と言う職業に一抹の不安を感じるけど、まぁそこは考えないことにするしかないかな)
などと考えつつ、俺は財布から少額のゴールドを出すと、残る二人を呼んだ。
「使った聖水の補充をしておきたくての、二人の必要は無いので遊び人の嬢ちゃんはちょっと道具屋まで買いに行ってきて貰えると助かるんじゃが」
「わ、解りました……」
「ただ、尻は触らんでよいのでな?」
「うぇっ?!」
頷くバニーさんに釘を刺した直後、シャルロットが奇声を上げたのは、きっと後一歩まで近寄ってきていた手に気づかなかったのだろう。
「ミリーっ」
「ご、ごめんなさい……つい」
「まぁ、ええわい。ワシが触られた訳では無いのじゃからな」
シャルロットは何か言いたげであったが、俺は敢えて触れずにバニーさんを送り出すと、残ったシャルロットの二の腕あたりをそっと突いて目配せする。
(理解出来てると良いけれど)
わざわざシャルロットを残した理由と、今の仕草について。
「そ、その……で、では、行ってきますね?」
「うむ、お金を落とさぬようにの」
もちろんそんなことはおくびも出さず、バニーさんへ対応して送り出すと。
「スレッジさん」
シャルロットは一つ頷いてからこちらの名を呼んで物陰へ歩き出した。
「さてと……ところでお前さん、ラリホーの呪文は使えるかの?」
やはりシャルロットも成長しているようだと胸中で喜びを噛み締めながら、用件を切り出したのは、物陰で立ち止まった後のこと。
「えっと、ごめんなさい。そこまではまだ……」
「ふむ、ならば仕方ない」
わざわざ確認を取ったのは、対象を眠らせるその呪文が勇者と僧侶の覚える呪文であるからだ。
(見た目魔法使いのスレッジが使うのは不自然っぽいから出来ればシャルロットにやって欲しかったんだけど)
無い袖は振れない。
「少々稀少じゃが、道具として使うと相手を眠らせる呪文と同じ効果を持つ魔法の杖があっての、今回はそちらを使う」
「そんな品があるんですか?」
「うむ」
稀少な品を持ってることがバレると後々面倒だから表向きは呪文を使っていることにすると俺は予防線を張りつつ、これからすべきことを説明し始めた。
「で、わざわざそんなモノが必要になる理由なんじゃがな、宿で言うたじゃろ?」
「あ、愉快なモノにはならないって言う――」
シャルロットの言葉に今度は無言で頷く。
「ましてや、その杖……ラリホーはお前さんのお仲間に使うのでな」
「えっ」
「じゃから、愉快なモノにはならんと言うたじゃろ?」
驚きの声を上げるシャルロットに俺は嘆息してみせると、更に言葉を続けた。
「オリビアの岬にある宿で泊まるようであれば、お前さん達全員を眠らせてからこっそりやるつもりだったのじゃが……どうしてこういう流れになってしもうたんかのぅ」
「ボクも? それはやっぱり愉快じゃないってところに関わってくるんですか?」
「うむ、その通りじゃ。ワシの予想が正しかったとしてもじゃし、間違っていたなら間違っていたで嫌じゃろ、仲間のお嬢ちゃんが眠っている間に老人とはいえ男に何かされるなどという展開は」
「そ、それは……」
事実を知っていて黙っているのは気まずいし、中途半端に知っていた場合自分も何かされたんじゃと不安になるかも知れない。
「ワシの独断専行なら、あの時までなら失敗しても『夜這いのつもりじゃった』とかで誤魔化すことも出来たじゃろうし」
エロ爺が演技だと見抜かれた今では、流石にこの言い訳も怪しい。
「ともあれ、全員揃って眠っておったなら何があったかも知らんで終わったじゃろ? 世の中、知らずに済めばその方が良いことなど掃いて捨てるほどあるものじゃからな」
「……ごめんなさい、ボク達に気を回してくれてたんですね?」
「それもあるが、いくらかは自衛の為じゃよ。魔法の杖を持っているが呪文を使っているフリをするとさっき言うたじゃろ? あれと同じ、手札を明かさずいざというときに備える為じゃ」
シャルロット達に「魔法使いだから」で説明出来ない僧侶の習得呪文を使うところを見せない為、と言うのが一番大きな理由だが、流石に当人に明かせる訳もない。
「色々考えてるんですね……ところで一つ聞いても良いですか?」
シャルロットは表向きの理由に一通り感心すると、何気なく俺に問う。
「なんじゃ?」
「『夜這い』ってなんですか?」
「ぬぉう?!」
と言うか爆弾を投げつけてきた。
(うーん、シャルロットの態度からすると、きっと知らないんだろうなぁ)
天然さを発揮したシャルロットによって俺はいつの間にか窮地に立たされ、思わず遠くを見た。
(ああ、あの空を飛べたらどんなに素敵だろう)
飛んで、この窮地から逃げ出せたら。
「スレッジさん?」
だが、シャルロットは俺の現実逃避を許してくれない。
「む、うむ……ええと、何じゃな。ほれ……」
対応に困り、混乱に陥り、言葉をぼかしつつ、気づけば胸中で密かに呪文を唱えていた。
「ら、ラリホー」
「ふぇっ、スレッジさ」
「っ、ふぅ」
とっさに、袖の中に隠した杖を突きつける動作まで出来たのは、さっきシャルロットに自分で説明したからか。崩れ落ちるシャルロットを咄嗟に両手で支え、俺は安堵の息をつく。
(危なかったぁ)
物陰で少女を眠らせてる時点で、客観的に見ると今の方が余程危ない様な気もするが、そこは考えないでおく。
(とりあえず、これで結果オーライだよな)
本来、誰にも気づかれることなく済ませるつもりだったのだ。
(えーと、シャルロットはこのまま、ここの物陰に寝かせて、と)
俺は荷物を漁るとロープと目隠し及び猿ぐつわ用の布を取り出す。
(ラリホーと言うか状態異常の眠りはいつ解けるか解らないのがネックなんだよなぁ)
マヒを解く呪文はあってもマヒさせる呪文はなく、結果として寝ている間に縛るという手間をかける必要が出てくる。
(用心するに越したことはないか)
いつでも透過呪文が使える態勢を整えつつ、手は束になったロープを解く。一応先日会得した一ターンに二回行動の練習も兼ねているのだ。
(しかし、何だろうこの光景。犯罪臭しかしない)
俺は胸中で独り言ちながらも、複雑な気持ちで作業を進めるのだった。
スレッジの手に落ちてしまったシャルロット。
と言うか、一体何をするつもりだ主人公。
漂う犯罪臭は、きっと気のせいだと思いたい。
次回、第六十五話「か、勘違いしないで。こ、これは確認作業なんだからね」
これ程白々しいサブタイトルも……うん、まぁ……
ちなみに前回予告のさようならについては六十五話まで伸びそうです、すみません。