強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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番外編6「ミリーの告白(勇者視点)」

 

「ぷはっ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 口を塞いでいた布を取り外されたボクに出来たのは、喘ぎつつ首を縦に振り、大きく空気を吸い込むことだけだった。

 

(何でこんな所に……って、ちょっ)

 

 視界を覆っていた布も取り外され、首を巡らせると横倒しになった世界が見え、同時に身体の自由が利かないことに気づく。

 

「何これっ、縛られ――」

 

 足首と手首に巻き付いた何かの感触で状況は察した。よく分からないけれど、縛られて動けないのだ。しかもすぐ側にいるのはミリーだけ。

 

「ひっ」

 

 気がつくと短い声を漏らしてボクは身を捩っていた。

 

(こんな格好で側に居るのがミリーだけなんて)

 

 抵抗のしようもなければ、逃げることだって出来はしない。それでも身体を捩って何とかミリーから離れようとした。

 

(あれ? けどボク何で縛られて……まさかミリーが?)

 

 スレッジさんに何故か杖を向けられて、眠らされたところまでは覚えている。

 

(眠らせて縛ったのがスレッジさんなら、側に居ないのも変だし)

 

 そもそもスレッジさんはどこに行ったのか。視界内には居ないけど、そんなことはどうでも良い。

 

(こ、このままじゃボク、ミリーに)

 

 お尻を触られる。いや、それで済むだろうか。手足を縛られて抵抗もままならないのだ。

 

「しゃ、シャルさん?」

 

「……けて」

 

「えっ」

 

「助けてっ、お師匠様ぁぁぁぁっ」

 

 気がついたらボクは大声で叫んでいた。

 

「何だぁ?」

 

「今、悲鳴が」

 

「あ……」

 

 失敗を悟ったのは、明らかにお師匠様以外の声が聞こえて来た後のこと。

 

「なんだありゃ」

 

「女の子が縛られてる、ひょっとして人攫いでは?」

 

「けどあっちも姉ちゃんだし、人攫いには見えねぇけどなぁ」

 

 ボクの悲鳴を聞きつけてやって来たのは、明らかに町の人だった。

 

「あぅ……」

 

 縛られたままのボクに町の人達の視線が突き刺さって。

 

「いっ」

 

 また叫びそうになった時だった。

 

「ごっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」

 

「ん゛んぅ」

 

 柔らかなモノを顔に押しつけられたかと思えば浮遊感を覚え、身体が激しく揺れた。

 

「おいっ、やっぱり人攫いだ」

 

「抱き上げて逃げたぞぉ」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 

 視界を塞がれたボクに知覚出来たのは、遠ざかる町の人の声とひたすら謝るミリーの声。

 

(ミリー?)

 

 いつもならすぐに伸びてくるはずの手もボクの身体を支えているだけで、いつものように嫌らしく蠢くことはない。

 

「す、すみません……ひ、人の居ないところですぐ解きますから」

 

(ああ、ボクって)

 

 本当に申し訳なさそうな、消えてしまいそうな声を聞いて、ボクはようやく気づいた。最低な類の勘違いをしてしまっていたことに。

 

「みーちゃん、ごめん」

 

 謝罪の言葉を口にするのに労力なんて要らなかった。

 

「えっ」

 

「いくらみーちゃんでもそんなことするはず無いのに、ボク……勘違いでみーちゃんを傷つけたよね」

 

 変なことをするどころか、傷つけた筈のボクを町の人から隠す為に人攫いの疑いをかけられてまで町の人の視線から庇ってくれたのだ。

 

「ち、違うんです……勇、シャルさんにそんな謝って貰えること何て何もないんです、私――」

 

「えっ」

 

 ボクが謝った時にミリーがしたのと同じ様に驚きの声を上げるボクへ、ミリーは語り始める。

 

「呪われていたんです」

 

「呪われてた?」

 

 最初の一言でも充分驚愕の事実だった。

 

「け、けど……その、そう言うことを他の方が知ったらどうなるか。す、スレッジ様は、そういうことを気遣って下さったのだと思います」

 

「そっか、だからボクを眠らせて」

 

「は、はい。聖水と道具を使って一時的な封印をして下さったので、後でこっそり教会に行って呪いを解いてくればいいと……け、けど黙っていたら」

 

 スレッジさんがボクを眠らせたことに説明がつかず、最悪スレッジさんに変な疑いがかかると言うことなのだろう。

 

(ああ、ミリーは恩人にそんな嫌疑がかかって欲しくなくて……)

 

 少しの間一緒にいただけだけれど、何となく解る。あそこでボクを眠らせたと言うことは、スレッジさんは自分が悪く思われることがあっても、ミリーが呪われていた事実を隠そうとしたんじゃないかってことぐらいは。

 

(最終的に「やっぱりえっちなおじいさんでした」ってことにすれば説明はつくよね)

 

 ボクを抱き上げても何もしなかったところを見るに、スレッジさんの封印はちゃんと機能しているみたいだし。

 

「けどさ、だったらみーちゃん後でスレッジさんに怒られない? 黙っていれば良かったのにって」

 

「え、あ……は、はい」

 

 ボクの言わんとしていることに気づいたのか、ミリーは少し言いづらそうにしつつも首を縦に振った。

 

「こ、今度お会いすることがあったら……謝って、怒られようと思います」

 

「……そう。じゃ、そのときは、ボクも一緒に謝って、怒られるね?」

 

「えっ」

 

 驚いたミリーの顔を見ながら、ボクは少しだけミリーとの距離を縮められたように感じて口元を綻ばせる。

 

(仲間、だもんね)

 

 これまでも、これからも。

 

「じゃ、さっさとロープを解いて誤解を解きに――」

 

「……ここにいましたのね」

 

 ただ。

 

「あ、さっちゃ」

 

「エロウサギ、勇じゃなくてシャルを縛ったあげく掠ってこんな人気のない場所に連れ込むとは、良い度胸ですわ!」

 

 騒ぎを聞いてボク達を探していたっぽいサラの誤解を解くのは、相当苦労しそうかもなんて思って、ボクは思わず空を仰いだ。

 

「うふふふふ、ふふふふふ……」

 

 もの凄く穏やかな顔の中に鬼気迫るモノを宿したサラの顔は本当に怖かったから。

 




とりあえず、シャルロットとバニーさんの友情回でした。

腐った僧侶さんは犠牲になったのだ。

出番無しという犠牲に。

次回、第六十七話「いいからジパングだ」

あそこまで言ったなら、ルーラにはのせておきたいですもんね?

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