「とりあえずは、あの宿屋に行ってみる他ないのだろうな」
俺の身体は高スペックだが、疲れと無縁な訳でもなければ睡眠が不用な訳でもない。
(休める時に休んどかないと)
勝てる戦いの勝利だっておぼつかなくなるかも知れない。
「それはそれとして、だ」
俺は荷物を漁ると、徐にずっと身につけていなかった兜、ミスリルヘルムを取り出す。
(防御面では優秀な筈なんだよなぁ、これ)
目と鼻そして口だけが露出するデザインの兜は頭をすっぽり覆うフルフェイスタイプのもの。
(顔のパーツがほぼ丸出しじゃなきゃ仮面代わりにもなったんだけど、それは望みすぎかぁ)
例によって適当な布で目元を隠すか、追加で仮面パーツをつければいい。
「とりあえずは、布だな。仮面の方は後で適当な武器屋に寄って相談するしかなかろう」
無策状態とはいえ、馬鹿正直に名前と顔をさらしてジパングへ行く気なんて俺にはない。
「そうだな、名前は『スーザン・ノルンオウル』とでもしておくか」
思いついた偽名は、最悪ソロでやまたのおろち退治まですることを前提に。
(うーん、流石に布の覆面の時と勝手が違うなぁ)
おそらく、砂漠とか暑い地方では蒸れて地獄だろう。防御面と呪文やブレス耐性、特殊能力以外の理由で防具を選ぶなんてゲームでは考えられなかったが、現実となると最低限の過ごしやすさを求めてしまう自分が居た。
「慣れなければ、ならんのだろうがな」
今はまだ何とかなっているが、この先も頭防具無しの縛りプレイが通用するなどと慢心してはいない。
(せめて、寝る時ぐらいは脱ぎたいけど)
それが叶うのは、きっとジパングから戻ってきてからだろう。もちろん、人気のない場所でこっそり脱ぐぐらいは出来ると思うし、モシャスで他人に化けて兜を脱ぐという手もある。
(何にしても、今日はあの宿で休もう)
ひょっとしたら、ジパング人があそこ居るかもしれない。何処かのほこらに居たといううろ覚えの記憶しかないが、タカのめで見た時、ジパングが端に確認出来る位置にあるのだ。
(居なかったとしても、情報ぐらいは手にはいるかも知れないし)
確か、ほこらのジパング人はやまたのおろちの脅威から逃げてきたと言っていたような気もする。
(宿にいるとするなら、被害が深刻化してるって見て良いよな)
その場合、最悪覚悟を決めないといけない。
(サマンオサに売ってたドラゴンシールドがあれば炎のブレスのダメージは減らせるけど)
あの盾を装備出来るのは、シャルロットと女戦士ぐらいだ。
(賢者の石を常時使って、俺がフバーハとスクルトを同時掛けした上、石を使わない時は防御に徹して貰わないと厳しいか)
経験値を無駄にしないプランを構想してみるが、僧侶と魔法使い双方の呪文を使うのが前提のプランなど通せる訳もない。
(駄目だな、こりゃ)
一応、ゲームでは生け贄にされてしまう女性の婚約者とかが居た様な気がするが、名前さえ出てこないモブキャラだった気がする。
(戦闘力には期待出来ないし下手に連れて行って死なれたら気まずいもんなぁ)
勇者一行が足手まといにならないレベルまで成長してくれる様な何かが有れば、ミスリルヘルムを使ってまた新しいキャラを演じるとか、スレッジ爺さん再びなんて方法で同行させることの方は出来るのだが。
「世の中、ままならんな」
嘆息し、肩を落とした俺は泊まるつもりで宿を訪ね。
(あ)
こう、真っ先に聖徳太子を思い浮かべた髪型の宿泊客を目に留めて、戸口に立ちつくす。
(もう、逃げ出す者が出るまで深刻なのか……いや)
確認した訳ではない、ただの旅行や行商の可能性だってあるのだ。
「見慣れぬ出で立ちだな、異国の者か?」
動揺を押し隠して、とりあえず声をかけてみる。
「ああ、旅の方かお気をつけなされ。われは日いづる国より来た者。国ではやまたのおろちなる怪物がおりもうして、皆困っておりまする」
「っ」
だが、断言するには早いと思ってした確認は、皮肉なことにやまたのおろちの存在とジパングに被害が出ていることを裏付けてしまった。
(と言うか、逃げ出した訳じゃないのか、この人)
口ぶりからすると、助けを求めてここまで来たと言う方が正しい。ましてや、ただの旅人という認識の俺に忠告までしてくれている。
(酷い違いだな、ここに来たばっかりの頃の俺とは)
勝手に逃げ出したと決めつけていたことにしても失礼極まりない、だから。
「気をつけると言ってもな、俺はそのやまたのおろちを退治する為にわざわざ来たのだ」
贖罪の気持ちもあって、気づいた時にそう口にしていた。
「なんと?」
「そして、これは『キメラの翼』行った事のある国や町の光景を思い浮かべ、空高く放り投げれば使用者達をその場所へ誘う道具」
良かったらジパングへ連れて行って欲しいと頼んだ俺へ、我に返ったジパング人は真剣な顔を作って問う。
「やまたのおろちは国の勇士どころか、外国の勇者なる者でさえ倒すことならなかった怪物、それでも挑むおつもりでありましょうや?」
「外国の勇者?」
「確か『おるてが』と言う名であったと思いまする」
「っ」
いきなり出てきた意外な名前に一瞬息を呑むが、そう言えばオルテガがやまたのおろちと戦うシーンを何処かで見たような気もする。
(って、待てよ? だったらオルテガを名乗ってリベンジ……は拙いな、こっちの隠れ蓑にはなってもアレフガルドに行ったシャルロットの親父さんにゾーマの注意が行っちゃうか)
その辺りは、差し引いたとしても、シャルロットからすれば貴重な情報の筈だ。
(しかし、こうなってくると父親のリベンジに出来ればシャルロットは連れて行ってやりたいよなぁ……何か安全を確保出来るような方法は……う~ん)
まぁ、考えたからと行ってそう簡単に思いついたら苦労はしない。普通に考えれば味方全体を鋼鉄に変えて全ての攻撃を無効にする勇者専用呪文のアストロンだが、あれはこちらも動けなくなる。
(とにかく、ドラゴンシールドの確保だけはしておこう)
ジパングがルーラで行けるようになりさえすれば、そこからサマンオサにルーラで飛んでドラゴンシールドは買いに行ける。
「なるほどな、話は分かった。だが、それは俺では勝てない理由にならん」
だいたい、ここで引き返しては何の為にダーマを通り過ぎてしまったのかさえわからない。
「そもそも単身で挑むつもりと言った覚えも、この足ですぐに倒しに行くと言った覚えもない。キメラの翼の説明はした筈だ、まず向かう手段を用意し、準備を整えてから討ち果たす」
「わ、わかりもうした」
もちろん、場合によっては単身での撃破も考えて居るが、わざわざ言う必要もない。
「……頼む」
「では、参りまする。ジパングへ」
翌日の朝、俺は放り投げられたキメラの翼に導かれ、ジパングへと飛び立っていた。
そして、ジパング到達へ。
次回、六十八話「スーさんとでも呼んでくれ」
下準備って重要だよね?