強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第六十九話「さくりふぁいす」

「説明は必要ない。ここの風習に詳しいつもりはないがどういうことかはだいたい予想出来る」

 

 結婚式的なモノで無い限り、あれは生け贄の行列だろう。

 

(これは準備してる時間ゼロだな)

 

 出来ればシャルロットだけでも同行させて父親のリベンジをさせてやりたかったが、今ルーラで戻ったらあの輿に乗せられた少女はおろちの腹の中だ。

 

(確かやまたのおろちは一度で仕留めきれなかったはず、後の方でなら……ん、待てよ?)

 

 うろ覚えだが、今の俺には原作の知識がある。故におおよその展開は知っている訳で。

 

(そっか、ゲームとは違う顛末にすることだって難しくないよな)

 

 少しだけ光明が見えてきた。

 

「まったく、おちおち準備も出来んとはな」

 

「はぁ、はぁ……スーさん殿、まさか」

 

 走ってきたからか、息を切らせつつも顔を上げたジパングの人に俺は肩をすくめることで答えると、道の脇に寄って追いついてきた輿の一団をやり過ごす。

 

(ここで「やまたのおろちを倒しに行く」何て明言してこの行列に聞かれようモノなら騒動になりかねないもんなぁ)

 

 それが、口に出して答えなかった理由。

 

(さてと、それじゃ生け贄の娘さんには一足先に行って貰いますか。やまたのおろちも自分の要求したモノを部下の魔物に襲わせるなんてしないだろうし)

 

 先行して貰えば、魔物と戦うことなくやまたのおろちと対面することも出来るかもしれない。

 

(問題は、娘さんが戦闘で足手まといになる可能性だよなぁ)

 

 守備力上昇呪文を複数に効果のあるスクルトに切り替えれば些少のフォローにはなるが、娘さんのスペックが低いとブレスに巻き込まれて即死なんてことにもなりかねない。

 

(かといって追い越して先回りしようにも、道を覚えていないんだよなぁ)

 

 マグマの煮えたぎる溶岩洞窟だったことは覚えているが、そんな場所をこの格好で彷徨うのはご免被りたい。

 

「一つ、聞いていいか? 先程の娘の名は?」

 

「は? た、確かクシナタと……」

 

 ダメもとで蘇生呪文を使うことも考慮に入れて俺は尋ねると、返ってきた答に短く唸る。

 

「ふむ、偶然か何者かの意図でも働いたか……まあいい。丁度良い道案内が出来た」

 

「では?」

 

「ああ、俺は行く。モタモタしてはあれを見失いかねないからな」

 

 複雑そうな顔で御武運をと頭を下げたジパングの人に見送られ、踵を返せば輿はまだ目視出来る位置にあり。

 

「さてと」

 

 鞄を漁って取り出した聖水の瓶を苦笑しつつ鞄に戻した。

 

(魔物除けで逆にこっちの接近に気づかれたら元も子もないしなぁ)

 

 近づきすぎると一団に見つかってしまうだろうし、離れすぎると魔物が襲ってくる。

 

(サマンオサと言い今回と言い、何でこうも尾行ミッションっぽいことしてるのやら)

 

 盗賊という職業を考えるとあながちやってることは間違いでない気もするのだが、胸中は複雑だった。

 

「山道なのがせめてもの救いか」

 

 隠れるものが多く、相手は輿の為に移動速度は遅い。

 

(うん、今は尾行しやすくて良いけど……)

 

 洞窟に入ってからもモタモタ進まれるのは、尾行している俺にとって溶岩洞窟の暑さを長時間お楽しみくださいと言われているようなモノである。

 

(氷の矢を砕いて水筒に入れてみようかな、けどあまり精神力を無駄遣いするのもなぁ)

 

 本来は攻撃用であるヒャドの呪文を転用することでの暑さ対策を考えてみるも、下手に水分を取ったりするとかえって汗をかきそうな気もする。

 

(まぁ、前の人達が、ダンジョンに辿り着いた時点でついて行くしかない訳だけどね)

 

 声には出せないので、胸中で誰に聞かせるつもりなのかも解らない独り言を呟きながら、尾行を続けた俺が洞窟の入り口に辿り着いたのは、体感時間で数時間後のこと。

 

(とりあえず、すれ違える場所があればそこで、無ければレムオルかな)

 

 輿を担いでる人々が戻ってくることも考えて前方には特に注意しながら、階段を下りる。

 

「っ」

 

 思わず声が漏れた。

 

(ちょっ、暑っ)

 

 洞窟の入り口辺りでもそれなりに暑かったのだが、洞窟の中は輪をかけて強烈だった。

 

(うわぁ)

 

 左手を見れば、赤熱どころか白に近い輝きを放つ溶岩に先の沈んだ通路があり、輿の一行が進む正面の通路は突き当たりで左に折れ曲がっている。

 

(トラマナの呪文で溶岩も渡れたらいいのに)

 

 バリヤー床や毒沼地などの有害な地形から身を守り安全に渡れる呪文は、こういう時こそ効果を発揮すべきだと思うのだ。

 

(って、有害な地形から身を守る?)

 

 それは、唐突な思いつき。

 

(そうだよな、ゲームでは渡れなかったけれど、こっちでどう働くかを確認した訳じゃないんだ)

 

 靴のスペアは鞄にある。そもそも、ゲームだった頃から徒歩の移動が多かったのだから、履き潰すことも考えてスペアを持ち歩くのは普通である。

 

(流石にあの人達と別方向に行くのは論外でも、試せそうな場所だって一カ所ぐらいは……)

 

 あるだろうと希望的客観をしつつ、生け贄ご一行を更に尾行した俺はやがて大部屋に辿り着いた。

 

(よしっ、ここなら)

 

 流れ込んだ溶岩によって三つに分断された部屋の中央には下に降りる階段らしきモノも見て取れる。これが渡れればショートカットで一団を追い抜かすことだって可能だろう。

 

「トラマナっ」

 

 満を持して呪文を唱え、溶岩の上に足を一歩踏み出す。

 

(うん、大丈夫そうだ)

 

 毒沼も渡れるだけあって、靴は少しマグマに沈み込んだところで止まり、体重を乗せても変化無し。

 

(じゃあ、このまま階段を目指すか)

 

 そう思って、踏み出したもう一方の足は、溶岩に沈むなり横滑りする。

 

「なっ」

 

 いや、横滑りと言うより流されるが正しいか。部屋の溶岩は流動していたのだ。

 

「くっ」

 

 バランスを保とうと慌てて俺は足を引き抜き。

 

「うおっ」

 

 足の抜けた勢いで尻餅をつく。シャルロットやあのジパング人にはとても見せられない光景だった。

 

「あ」

 

 足だけ抜けて靴の片方をマグマに持って行かれたところも含めて。

 

(そっか、流れてるモノの上も渡れるなら川だってトラマナで渡れるってことになるよな……って、やば)

 

 毒沼は流れのない沼だから渡れるのだろう。靴の片方と少しの精神力を犠牲に失敗の教訓を得た俺は、靴を履き替えると慌てて輿の一団の後を追いかけた。

 




さようなら主人公の靴。

実験には失敗がつきものなのです。

次回、第七十話「草薙の剣は盗むと落とさない」

二本手に入っても良いじゃないかと思ったのは私だけではないと思いたい。

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