(何で気づかなかったのやら)
全身が溶岩で構成され、頭と片手だけを外に露出したようがんまじんと言う魔物が居る。
(もう今更だよなぁ)
俺が、あれにモシャスすれば溶岩も渡れたんじゃないのかと思い至ったのは、ようやく追いついた輿の一団を遠目に眺めマグマの中へと沈んで行くその魔物の姿を目撃したからだった。
(そもそも今はラーの鏡もないし……)
ゲームでは戦闘終了時に解けるものの、任意で変身を解除することは不可能であり、ここの魔物に変身すると幾つかの能力までオリジナルに準じてしまい弱体化するデメリットもある。
(まぁ、ラーの鏡があっても取り出した時に破損しそうだよな、マグマの身体じゃ……さてと)
結局歩いて尾行することになった俺は、輿の一団から少し遅れて階段まで辿り着き、こちらを遠巻きにして襲ってこないようがんまじんを横目に階段を降り始めた。
(ごく普通の魔物に人間を見分けろって言うのも酷ってことか)
たぶん輿を運んでいる面々が帰ることも考慮して「今日通る人間は襲うな」のように知能の低い魔物にも大まかでわかりやすい指示が出ているのだろう。
(結果としてありがたいけど……とっ)
考察しながら階段を下りていた俺は、開け始めた視界に下ろされた輿と一団を認め、即座に立ち止まる。
(あれが、祭壇か)
石造りのいかにもこれと言った祭壇の麓には絨毯が敷かれ、その絨毯の上で随員と話す少女を見つつ、唱え始めた呪文は、ご存じ透過呪文。
「レムオルっ」
祭壇の手前には左右に脇道があったのだが、生け贄と思わしき娘さんは会話の為後ろ、つまりこっちを見ていらっしゃるのだ。
(この距離なら輿担ぎの人達とかが壁になって見えないかも知れないとは言え、あそこまで行ったら絶対気づくよなぁ)
階段を下りてすぐの場所も小さく左右に膨らんでいるので、俺に出来るのは透明になって十字路まで進み、曲がるか、ここで待機し輿の一団がこっちに戻ってきた時透明になって膨らみ部分でやり過ごすかぐらいだろう。
(だったら答えは一つ)
生け贄に近い方が護りやすい。
(帰ってゆく人達とすれ違ってから、透明のまま祭壇まで近づこう)
ゲームとは訪れる時期だって違うし、状況も違う。
「ではな、おぬしの献身忘れぬぞ」
「はい、……様も……て」
聞こえてくる別れの挨拶に撤収の時が近いことを悟った俺は、十字路の横道に逸れて、少女を除く面々が通り過ぎるのを待った。
(いよいよか)
ボストロールを倒すことは出来たのだ、ならば今回だって全力で挑めば負けはない。
「スカラ、フバーハ」
近づきながら唱えた二つの呪文はいきなりやまたのおろちが襲ってきた時の為。
(Ⅲには存在し無いけど、盾になって庇うことぐらいなら出来るはず)
火炎のブレスを吐いてきた時も庇えるか不安だが、この時点で生け贄の少女までフバーハの範囲に入れるのは厳しいし、少女が俺に気づいてしまうとその反応でやまたのおろちにも招かれざる客の存在が露呈しかねない。
「……な。お父様、お母様」
(くっ)
さぞや怖いことだろう。祭壇に近寄れば嫌が応にも散らばる人骨が目につく上、少女からすれば一人きりなのだ。
(輿まで準備されていてやけに手回しが良いと思えば、やっぱりこれが初回じゃ無かったか)
だが、励ますことも声をかけてやることもまだ出来ず、既に犠牲が出ていたことへやるせなさを感じつつ、次の呪文を唱え始める。
「ううっ、誰か……」
(っ、まだ……まだだ)
呪文の名を口にするのは、やまたのおろちの咆吼に合わせて。それなら俺の声自体はおろちの声が被さって聞き取られにくい。
「グルォオオ……」
「スカラ、バイキルトっ」
「ひっ」
どこからか響いてきた唸り声へ少女が息を呑む直前だった、攻撃と防御の両面で、戦いの準備が終わったのは。
(どこだ、どこから来る……)
洞窟という場所柄、声は反響する。身体のスペックはほぼ反則でも俺には戦闘経験が乏しい、これで敵の位置を悟れと言う要求は難易度が高すぎた。
(って、落ち着かないと。おろちからは俺の姿も見えてないはず、なら認識してるのは生け贄だけ)
まして、その生け贄を送るように指示したのがヒミコに化けたやまたのおろち当蛇である。
(普通に考えれば、罠を警戒する可能性は低いよな)
むしろ、生け贄を怯えさせ、絶望から逃げる気を無くさせるなら堂々と姿を見せた方が良い。
(もちろん奇襲は警戒するけど)
「フシュウウゥッ」
息を殺し、忍び足で気配も最小限まで抑えて待つ中、牙の合間をすり抜けるような吐息の音は、先程より近い。
(よし、どうやら堂々とやって来るようだな)
俺が密かに口の端を綻ばせ音の方を見れば、尾を引き摺りながらこっちに進んでくるやまたのおろちの姿があり。
「あ……あぁ」
(ごめんね、けど)
放心しかけた少女の声に少し申し訳なさを感じつつ、身構える。
「グ」
「おおおおぉぉっ」
雄叫びと共に地面を蹴った俺は吼えようとしたおろちの首目掛け、掲げるように高く上げたまじゅうのつめを振り下ろし。
「でやぁっ」
着地するなり、篭手を返してすくい上げた。
「ギャアアアアアッ?!」
最初の一撃で切断されかけた首が斬り飛ばされて、血の尾を引きながら絨毯の上をバウンドする。
「まず、一つ……」
バイキルトがかかっている上に連続行動で攻撃力は実質四倍、つまり1パーティー分。
「そしてっ」
切られた首に気をとられている間に懐におろちの懐に飛び込んだ俺は、一本の剣を奪い取ると地面を滑らせるようにして少女の足下に転がす。
「戦利品だ」
雑な扱いだが、まだ放心している少女を我に返らせるにはこうするのが一番良いと踏んだのだ。
(道具として使ってくれればおろちの守備力下げられるし、装備出来ない剣はただの重りだもんなぁ)
同じ効果の呪文なら使えるので、持ってるメリットも低い。
(シャルロットには良いお土産になるかもしれないけど、まずはやることをしてからだ)
首を一つ潰したとは言っても、相手は多頭の怪物である。
「あ、あなた様は……」
「スーさんとでも呼んでくれ。見ての通り少々手癖の悪い男だが……それなりに出来るとは自惚れている」
ブンッと軽く腕を振って爪に付着したおろちの血を払うと、少女に振り向くことはせず、おろちへ爪を突きつけた。
「待たせたな、続きと行こうか」
呼びかける必要など本当はない。待たせた、とは言ったが、その間に苦痛を堪えて延ばしてきた首から身をかわしていたのだから。
遂にやまたのおろちと対峙するに至った主人公。
いきなりの本気で圧倒し出すが、果たしてこのまま勝利を収めることが出来るのか?
次回、第七十一話「やまたのおろち終了しました」