「首が一つ欠けてはもう『やまたのおろち』ではないな」
そもそも最初から首が五つしか無かったような気もするが、きっとそこは触れちゃいけないのだろう。
(ひょっとしたらオルテガとの戦いで三つ首を切り落とされてこうなってるのかも知れないし)
「グゥゥゥオォ」
やまたのおろちは終了し、よつまたのおろちとなった目の前の魔物は人語を発すことなく怒りの籠もった唸り声で俺の挑発に反応した。
(発声器官とかの都合で人語が喋れないのか、それとも後ろに生け贄の娘さんが居るからか)
どちらにしても舌戦をする気はないらしい。
「ガァァァッ」
「おっと」
こちらに噛み付かんと開いた一つめのあぎとを盾で受け止め。
「フシャァァァッ」
「っ、いいだろう……喰えるものならっ」
二つめの首はミスリルヘルムの頑強さを信じ、敢えて頭に噛み付かせる。
「ガアアッ?!」
スカラの呪文で守備力が増強されたミスリルヘルムは牙を通さず、噛む力に押し出される形で頭はおろちの口を脱した。
「やはり、その程度か」
嘲るように言ってみるが、一応現状の過度な挑発はおろちの注意をこっちに惹きつける為にある。
(けど、ちょっと失敗したかも)
何というか、守備力が高くなりすぎた。
「ゆくぞっ」
再びおろちに飛びかかりつつ、俺は密かに呪文を唱える。
「キシャァァァァッ」
「フバーハ」
発動タイミングはむろん、おろちの咆吼に合わせ、出来る限り悟られぬように。
「こ、これは……」
(いや、ちょっ)
後ろで驚きの声が上がるが、突然自分の身体を光の衣が包めば、無理もない。
(驚くのは解るけど、今声を出されるとこっそりかけた意味が)
ついでに挑発することでこっちに向けようとしているおろちの注意も逸れてしまうかも知れないのだ。
「フシュオオォォ」
「くそっ、やっぱりか」
大きく口を開け息を吸い始めた時点で、次の行動は察せた。牙が通らないならおろちの攻撃手段は燃えさかる火炎を吐きつけることのみ。
「炎を吐きかけてくる、出来る限り下がって身を守れっ」
叫びながらサイドステップでおろちから離れ、俺は側面に周り込む。
(フバーハの効果と、あれにかけるしかないか)
少女に駆け寄って庇うことも考えはしたが、そうなれば火炎の息は確実に少女の方へと向かう。ならば、出来うる限り離れることでこちらに火炎を向けさせる。
(……上手くいってくれよ)
少女を祭壇に残してわざわざこっちから打って出たのも、ブレスに巻き込む可能性を少しでも避ける為。多頭と言うことで360度全方位に炎を吐ける可能性もあるが、それならそれで威力が分散する筈だ。
「こっちだ、ウスノロっ」
「フシュオオオオオッ」
故に俺はおろちの背後に回り込み、罵声が届いたのかおろちも振り返る。
(よしっ、賭けはおれの勝ちだな)
残された全ての首で。流石に奇襲とはいえ一ターンで自分の首を一つ斬り飛ばした相手を放置は出来なかったのだろう。密かに胸中で笑いながらも、吐きつけられる火炎に備えて身構える。
(水鏡って名前、炎耐性有りそうな響きなんだけどなぁ)
残念ながら、今手に持っているソレは防御力こそあるものの、耐性はまったくない。
「キシャァァァッ」
「くっ」
「スーさん様っ」
覚悟を決めたところで吹き付けてきた火炎の熱さに顔をしかめた俺の耳に届く悲鳴は、生け贄の少女のもの。
「っ、騒ぐな……これぐらい大したことは、ベホイミ」
ただし、痛いモノは痛いし、熱いものは熱い。
(何だかんだ言っても即回復してしまう辺りは俺の弱さだよなぁ)
我慢して斬りかかって、次かその次辺りで上位の回復呪文を使った方が効率的なのだ。と言うか、ゲームだったらまずそうしたと思う。
「火炎の礼だっ、喰らえっ」
「ギャウッ」
「ふっ」
振り向き切れていないおろちの身体をまじゅうのつめで斬り裂き、悲鳴をあげるおろちの身体を蹴って俺は距離を取る。
(出来るだけ引き離さないと)
後ろに回り込んだのは良いが、おろちが振り向けばブレスは生け贄の少女に届いてしまうかもしれないし、この状況はおろちと少女の間に誰もいないと言うことでもあるのだ。
(気づかれたら拙いことになるもんな)
とりあえず、少女には目線で黙れと言っておく。通じるかどうかも微妙だし、あんまりな言い分かも知れないが、今おろちに気づかれる訳にはいかない。
「さて、続けるぞ」
身体越しに少女へ向けた視線を引き戻し、俺は再び地面を蹴った。
次回、第七十二話「想定の範囲内」