「はっ」
迎撃するように延ばしてきた首をかいくぐり、一閃させた爪の後を追うように血が噴き出す。
「せいっ! っ」
腕を引き戻して今度は爪をつけたまま殴るように右腕を突き込み、爪の先端をおろちの胴に突き刺すと、剔るように捻りを加え、別の角度から襲ってきたアギトから逃れるように俺は飛びすさった。
「ふっ、残念だったな」
際どいタイミングだった。首を落とした時の隙を見て大ダメージを与えれば動きが止まるかと期待したのだが、あれは不意をつかれた驚きも加算しての硬直だったのだろう。
(けど、残りHPはあとどれくらいなのかなぁ)
ボストロールの時と違い、同じ間隔で二回攻撃出来るようになったことで強くなったのは間違いない。
(とはいうものの、どれくらいタフだったかなんて覚えてないし)
夥しい出血こそあるものの、こちらを狙う首の動きに遜色は見えず。
(いや、首が一個ない分密度は下がってるけどね)
脳内で訂正しながら、ちらりと頭を失い垂れ下がる首へ目をやる。
(うん、自分でやったこととは言えグロい……)
だが、結果的に戦いやすくなったのも事実なのだ。
(もう一つ二つ減らせば攻撃回数も減るかな?)
ゲームでは不可能であったが、謎のリアリティが追加されているこの世界なら可能性はある。
(まぁ、最初のは油断をついたからだしなぁ)
だが、狙ってやれるかというと、別問題だった。
「グルオァァァァッ」
「くっ」
出血を強いられた怒りか焦りか、おろちはこちらを牽制するかのように火炎を吹きかけ。
(熱っ)
咄嗟に盾で顔を庇うが、耐性のないこの盾では大した意味もない。
「ぐっ……舐めるなぁっ」
再び回復呪文で生じた火傷を癒したくなったが、肌のひりつきを堪えて俺はおろちに飛びかかった。
「はああっ」
「グギャァァァッ」
振り下ろした爪の一撃に生じた血煙をすり抜け。
「っ、でやあっ」
焼けた肌に血を浴びて顔をしかめつつまだ熱いみかがみのたてでおろちを殴りつけ、反動で俺は後ろへ跳んだ。
(っう染みる……あの血、毒じゃないよな?)
早く回復したいところだが、火炎の息を吐きつければこちらが回復に手を取られると学習されると拙い。
(さっさと決着を――)
焦れた俺は追撃をかけようと身構え。
「グウォォォォ」
「っ」
唸りながら後方に血の色をした渦を作り出すのを見て確信する。
(想定通りっ)
やまたのおろちが深手を負った時旅の扉もどきを作り出して逃げ出すことは覚えていた、だから。
「ここで逃がさなければ俺の勝ちだ、バギマっ!」
出現した旅の扉もどきを見た瞬間唱え始めた攻撃呪文を旅の扉もどき向けて放つと同時に荷物から取り出したロープ付きの鉤をおろち目掛けて投擲する。
「グガァッ?!」
「ふっ」
まさかおろちも自分が旅の扉もどきで逃げるところを予測されているとは思わなかったのだろう、バギマの呪文で出現した竜巻状の風に尾を斬り裂かれ、怯んだところで身体に引っかかった鉤つきロープを引かれ、バランスを崩してひっくり返る。
「知らなかったのか? 逃げようとしても、確実に逃げられるとは限らない」
生憎と敵対者を絶対に逃がさない能力はないので微妙に格好は付かないが、ゲームとして遊んでいた頃は敵に回り込まれて何度か全滅させられたものだ。
「ベホイミ……さてと、お前が人語を解することも人の心に語りかけることも俺は知っている」
俺はロープを力任せに引きながら回復呪文で火傷を治すと、言葉の爆弾を投げつける。
(これで、どう出るかな?)
逃亡を阻止した今、このままトドメを刺すのは容易い。だが、ここで倒してしまうとやまたのおろちが倒されてしまったという事実が残ってしまう。
(顔を隠してても、誰が倒したんだってことにはなるもんなぁ)
だからこそ、俺が思いついたのは、こちらの力を見せ追いつめてからの恫喝だった。
「グルゥゥッ」
「信じられないか? ならそれで良い、人を喰らうただの魔物としてここで討ち果たすだけだが」
どのみちおろちを圧倒した事実はもう出来てしまっている、ここでこの魔物を見逃す理由は無いのだ。
『ま、待て』
「ふむ、待っても良いがその見返りは?」
そっけなく応じながらも、おろちが語りかけてきた時、俺は胸中で笑んだ。
(第一段階クリア、かな)
と。
『は、話を聞いてやろう。わざわざあのようなことを口にしたのも話があってのことじゃろう?』
「そうか、話が早くて助かるな……では」
ゲームではこの洞窟で退けられたやまたのおろちの方が正体の口止めを要求してくる展開だったと思う。
(黙っていれば殺さない、ねぇ)
こちらからの条件はなしの一方的な要求を押しつけられる訳だが、これに「はい」と答えれば戦闘にはならなかった。
(考えようによっては、保身を計ろうとしたようにもとれたもんな)
ならば逆にこちらから要求を突きつけたらどうなるか。
「俺の要求は二つ。一つめは以後人に害を及ぼさぬこと、生け贄などもってのほかだ。二つめは俺の存在を他言せぬこと」
『な、わらわに飢えろと申すかえ?』
「別に人しか食えんという訳でもあるまい? 野山の獣を狩って食えばよかろう」
抗議するおろちに代案を突きつけ、俺は嘆息する。
『ぬぬぬ……』
「これでも妥協しているのだがな、祭壇を見る限り既に何人も食っているのだろう? 俺がここに来たのは、人に害を為す魔物を討つ為に他ならない。この条件をのむというなら、俺はお前に直接手は出さん」
そう、直接は。リベンジを果たすのはシャルロットの方が相応しいだろうし、これなら俺がバラモスに警戒されることも以後被害が出ることもない。
『ならば、わらわが人間に襲われた時はそのまま討たれろと言うかえ?』
「もちろん、お前を討ちに来る相手に関しては人であろうと戦っても構わん。自衛に関しては例外だ」
『むぅ……』
「ただし、約束を違えた時は覚悟して貰おう。お前を討つのは俺一人で充分の様だが、後悔させるのには不足かもしれんからな。そのときは仲間も連れてくるとしよう」
『な……うぐっ、やむを得まい……』
シャルロット達のレベルを考えると、今のところハッタリでしかないが、おろちが強さを認識しているのは俺のみなのだ、葛藤はあったらしいが最終的におろちはこちらの言い分を飲み。
「ならばもう戻るがいい、長いこと留守にしては怪しまれよう?」
『おまえ、何処まで知って……』
追い打ちとばかりに投げた言葉に動きを止めたおろちを見たまま、呪文を唱え俺は道を空ける。
「これはおまけだ、ベホイミ」
流石に全回復させてやる気はない。
身体を引きづりながら赤い旅の扉もどきに沈んで行くおろちの姿が消え去ったのは、切り落とされた首を回収した後のこと。
「まったく、些少なりとて傷を癒してやったんだから礼の一つあってもよさそうなものだが」
ぼそりと零した俺は肩をすくめると踵を返そうとし。
「あ、あの……」
「ん? ……あ」
声に振り返って固まった。
(しまったぁ、生け贄の人忘れてたぁ)
作戦成功に酔いすぎたか、盛大な大ポカであった。
生け贄の人に見られているのをいつの間にか忘れていた主人公。
こいつは(ダジャレが書いてあったが自主規制)
次回、第七十三話「見られちゃった(てへぺろ)」
近年まれに見る酷い失敗、どう穴埋めするのやら