強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第七十三話「見られちゃった(てへぺろ)」

 

「……怪我はないか」

 

 些少の時間を要し復活した俺は、生け贄だった少女にそう声をかける。

 

「は、はい。ありがとうございました」

 

「そ、そうか」

 

 即座に答えが返ってきて生じたのは、何とも言えない空気。

 

(あー、誤魔化しようがないというか、そもそも「どうごまかせって言うんだよ」と抗議するレベルだからなぁ)

 

 発声器官に違いがあるのか深手を負っていたからか、おろちは俺の心に語りかけていたが、俺はごく普通にしゃべっていた。

 

(となると、こっちの話していたことが聞かれたのは間違いないとして)

 

 ここからどうするかだ。

 

(ジパングに戻ったおろちがどうしてるかにもよるんだよな)

 

 考えられるおろち側の行動としては、俺の要求をのみ大人しくしているパターン、俺に恐れをなしてジパングから逃げ出しているパターン、策を巡らせ俺に一矢報いようとするパターンが考えられる。

 

(きちんと約束を守っているなら、ここでこの娘がジパングに戻るのは、拙い)

 

 ヒミコの正体こそわざとぼかしているので、少女は知らないだろうが、戻ったジパングでヒミコが大怪我していたらいくら俺がぼかしていようがアホでも無い限りヒミコの正体に気づくだろう。

 

(とは言えあそこで傷を完全に治すと、おろちの方がろくでもないことしでかしそうだったもんなぁ)

 

 俺の負わせた傷を少ししか直さなかった理由はそこにもある。

 

(万全の態勢どころか重傷を負っているし、俺がおろちだったら素直に従ったふりをして傷を癒すけど……)

 

 仲間の存在を臭わせつつも、一人でこの洞窟にやってきている理由に気づけば、小細工をしようとする気も失せると思うのだが。

 

(確か、ジパングには宣教師っぽい神父のオッサンが居たはず)

 

 仲間の一人と思わせるには厳しい気もするが、そもそもおろちへの対応は、ほぼノープランで洞窟に突入して成り行き任せに動きながら即興で作り上げたものなのだ。

 

(出来るだけ疑心暗鬼に陥って動けずに居てくれると助かるなぁ)

 

 もちろん、これはこちらの希望であってその通り動いてくれる保証はない。

 

(となると、こっちはおろちがどう出ても対応出来るようにしておく必要があると言うことかぁ)

 

「わ、私はクシナタと申しまする。此度は、命を救って頂き、何とお礼を申してよいやら……」

 

 まずは目の前で自己紹介に続き二度目の礼を口にした少女ことクシナタさんに話をしておくべきだろう。

 

「俺の名乗りは不要だな? 気にするなと言いたいところだが、感謝しているなら幾つか頼みを聞いて欲しい」

 

「た、頼みと申しますと?」

 

 聞き返されて、俺は少しだけ迷った。

 

(んー、どうしよう)

 

 何処まで話すべきかというのもあるが、ジパングに降り立った時、こちら事情を知りシャルロットの面識がない協力者が欲しいとも思っていたからだ。

 

(さっきの戦闘、補助呪文がかかってたってことは同じパーティーメンバーとして認識されてたってことだろうから、おろち戦の経験値は入ってるはず)

 

 クシナタさんが何レベルが解らないが、もし一レベルだったとしてもいくらかレベルは上がっている筈である。

 

(場合によってはパワーレベリングすれば、いいかな?)

 

 幸か不幸か、この洞窟にはメタルスライムという倒せば沢山の経験値を落とす魔物が群れで出現したりもするのだ。

 

(場合によっては、一時的に幸せの靴を返して貰うってのもありだし)

 

 やろうと思えば、たぶん何とかなるだろう。

 

「俺と一緒に、俺に付いてきて欲しい。暫くはジパングに帰ってくることも出来ないことになるが……」

 

「え」

 

 目撃者である以上、どのみちクシナタさんをジパングには帰せない。だから、これは最低条件だ。

 

「命を救ったからと恩を着せるような申し出ですまないが」

 

 こちらの都合で故郷を離れろと言うのは心苦しいが、少なくともおろちが約束を守るつもりが有るか確認する必要がある。

 

(協力して貰うかはその後、って言いたいところだけど……)

 

 俺はちらりと転がっていた人骨を見た。あちこちで溶岩の煮える洞窟だけあってか、虫の類は湧いていないが、このままにしておくのも忍びなく。

 

(そうだな、身勝手と罵られようが外道と呼ばれようが……俺はその為に来たんだから)

 

 決意を固めると、まだ答えのないクシナタさん達へもう一度言う。

 

「俺と一緒に来て欲しい」

 

「……かりました」

 

 かすれた、消え入りそうな声が聞こえたのは、その直後。

 

「そうか、すまない」

 

 俺は骨に目を落としたまま呟くと、荷物から布を広げてしゃがみこむ。

 

「スーさん様?」

 

 訝しげな声は俺が何をするつもりかを疑問に思ってのものだろう。

 

「俺は生け贄にされた皆に言ったつもりだ。だからこいつらも連れて行く」

 

 独り言のように呟くと、顔を上げず俺は続けた。

 

「だが生憎、俺はまだ他の者の名を知らん。だから、教えて欲しい……こいつらの名前をな」

 

「スーさん様……」

 

 おそらく、クシナタさんは俺とは別の解釈をしたことだろう、だがはっきりこう言った。

 

「わかり申した、私達はこれより貴方様について行きまする」

 

 と。

 

「すまんな、そんなことを言わせてしまって」

 

「いえ……では、一人目から順に」

 

 犠牲になった少女の名を聞きながら、黙ったまま俺は骨を拾う。それがクシナタさんの一人前の少女になるまで。

 




そう言えば、Ⅲってルイーダの酒場で仲間を募るからあの「**が仲間になった」の音楽と無縁ですよね?

ともあれ、ようやく一人旅が終了しそうな主人公。決意の先に待ち受けるものとは?

次回、第七十四話「おろちの罠(閲覧注意)」

まさか、あんなことになるとは思いませんでした。

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