「だいたいこんなところか」
最後の一人まで名を聞き終え、骨を拾う作業も一段落したところで聖水を振りまいた。
(魔物に聞かれるのは避けたいもんな)
ダンジョンでも魔物除けの効果が発揮されたかは覚えてないので、無意味かも知れないが、別に構わない。
(重要なのは少しでも成功率を高くする為の努力をすること)
上手く行く保証はない。
「スーさん様、何を?」
再びクシナタさんが疑問の声を上げるのを敢えてスルーし、俺は聖水で清めた祭壇に人骨を置く。
(出来れば検証をしてからにしたかったけど)
拾えるものは全部拾ったつもりだが、取りこぼしのある可能性もある。
(理論上はこれで行けるはず)
祭壇の前で跪くと、口には出さず詠唱しながら両手を組んで祈りを捧げ。
「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕アイナの御霊を今此処に呼び戻したまえっ、ザオリク」
「な、ひぃっ?!」
驚きの声が悲鳴に変わってクシナタさんの方からどさりと音がした。尻餅でもついたのだろう。
(っ……となると、成功か)
ちなみに俺は祈った時点で目を瞑っている。骨から人が再生されて行く光景が繰り広げられている可能性があるからだ。
(蘇生に必要なのは一定以上の遺体と蘇らせるべき者の名、そして蘇生の為の資格……神の僕、すなわち勇者の仲間であること)
それは、初めて訪れる町の教会で仲間を蘇生させて貰えることと、サイモンさんの蘇生がかなったことから導き出した、蘇生させる為の条件である。
(こじつけに近かったけど、何とか行ったってことだよな)
勇者と共に旅をした俺の仲間なら勇者の仲間であるという無茶苦茶強引な理論だけに不安もあったが、ほこらの牢獄で蘇生させた人という成功例もあるのだ。
(ともあれ、助けられてよかた)
達成感と共に俺はゆっくりと目を開け。
「いやぁぁぁっ」
「な」
目の前の光景に固まった。
「おろちが、おろちがっ」
先程まで骨のあった祭壇に居たのは、一糸纏わぬ裸体で取り乱すお姉さんの姿だったのだから。
(あー、最後の記憶がおろちに食われたところまでだったなら、こうなるのもおかしくないよなぁ)
取り乱している方については。
(とはいうものの、何というか……)
流石にこのままでは拙いので、俺は半狂乱なお姉さんに近寄ると両手で肩を掴んだ。
「しっかりしろ」
こういう時の定番パターン、揺さぶるのと頬を叩くので迷ったのだが、女性を叩くのは気が引けて選んだのは前者。
「っ」
その選択が失敗だと気づいたのは素っ裸のお姉さんの身体を揺すったらどうなるかという簡単な物理法則に思い至らなかった俺自身のミスだ。
(うわっ、あ、えっと)
すっごく揺れた、と言えばきっと説明不用だと思う。結果として俺は目のやり場に困って軽いパニックに陥り。
「えっ、あっ、あ……きゃぁぁぁっ」
我に返ったお姉さんことアイナさんは自分が裸であることに気づいて二度目の悲鳴をあげるのだった。
「うぅ……もうお嫁に行けませぬ」
「あー、その、すまない……」
着替えに鞄へ入れてあった布の服を羽織ってよよよと泣くアイナさんに俺が謝り倒したのは、きっと言うまでもないだろう。
ちなみに、ミスリルヘルムに平手打ちをして逆にダメージを受けた手へホイミをかけたりもしている。
(くそっ、おろちめ何て卑劣な罠を)
けどちょっとだけありがとう、なんて言うつもりは更々ない。
(借り物の身体じゃ責任とれないもんなぁ)
と言うか、何というか。
「スーさん様……」
クシナタさんの視線が痛い。
「説明せず始めたのは悪かった。それから考え無しでもあったな。今のは特定条件下にある死者を生き返らせる呪文だ」
もう遅い気もしたが、俺は二人に呪文の大まかな効果と呪文で生き返らせる為の条件を説明する。
「では、他の生け贄にされた娘達も?」
「ああ、生き返らせることが出来る可能性はある……そこで、手伝って惜しいのだが」
流石に同じ失敗は二度出来ない。
「承知致しました、そう言うことであれば及ばずながら協力させて頂きまする」
「頼む、俺はいいと言うまで目を閉じていよう……さて」
申し出を快諾してくれたクシナタさんに頭を下げ、鞄を開けると中から着替えを引っ張り出す。
「これで足りるか?」
そう、同じく裸で生き返るであろう生け贄の娘さん達に着せる服である。
「生け贄の女子の数からすると……恐れながら、これでは少し」
「そうか、男物の下着は流石に申し訳ないと思ったが、やむをえんな……これも使ってくれ」
葛藤もあり苦悩もあったが、男の前に裸で居ろなんて言える筈がない。首を横に振ったクシナタさんに俺はありったけの着替えを下着込みで提供し。
「あ、あの……頂いておいてこのようなことを申し上げるのは心苦しくありまするが、この衣、胸が……」
「……そうか、サイズの問題もあるのか」
とりあえずアイナさんの控えめな主張に思わず目が遠くなる。きっときついのだろう。何というか、胸の方は全然控えめでないお嬢さんだったので是非もない。
「とりあえず、きついようなら破いてしまって構わん。たかだか普段着か防具の下に着る安物だからな」
だいたい、アイナさんには先程の一件で負い目がある。もちろん布の服一枚で、精算出来る何て露ほども思っていないが。
「破る……そうでございまする。いざっ」
「な」
何を思ったかクシナタさんがいきなりくさなぎの剣で自分の服を切り裂き出したのは予想外だった。
「な、何を?」
「スー様だけに頼る訳にはいきませぬ、この衣を切り裂いて数を増やせば数も足りまする」
理屈は解る。だが、それでは一人当たりの布面積がとんでもないことになってしまうのではなかろうか。
「アイナ様だけ恥ずかしい思いをさせてはおけませぬ。そも、生き返らせていただいただけでもありがたいのにスー様に着たきりスズメを強いるなど、妻として……」
「いや、気持ちはありがた……妻?!」
俺は慌てて制止しようとし、強烈な違和感を覚える単語に思わずクシナタさんを二度見した。
(何だかとんでもなく聞き捨てならないキーワードが出てきましたよ?)
おかしい、付いてこいというのは蘇生を可能にする条件付けだときっちり説明している筈なのだ。
(そうだよな、説明してるよな? ならなんだってこんな展開にええっと、あれか、さっきのアイナさんの一件のせいか?)
「はい。ふつつか者ですが、どうぞよしなにお願い致しまする」
俺をとんでもないピンチに追い込んだクシナタさんは、俺が固まったままなのに気づかず、洞窟の地面に三つ指をついて頭を下げたのだった。
おのれ、おろちめ。なんてひどいことをするんだ。
おそらく今まで最大のピンチを迎えてしまった主人公。
シャルロットは知るよしもないだろう、遙か東の洞窟でお師匠様が横からかっさらわれそうになっていることなど。
次回、第七十五話「人生の墓場、迫る?」
うぐっ、べ、別に羨ましく何て無いんだからねっ