強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第七十五話「人生の墓場、迫る?」

 

「……と、とにかく今は残りの娘達の蘇生をさせてしまうぞ」

 

 クシナタさんの態度は明らかに何かを誤解していたが、場所も状況もゆっくり話をするには不適当だった。

 

(棚上げとか先送りするのも良くないとは思うんだけどなぁ)

 

 もう一つ、誤解を解くとしてどういう説明をすべきかで迷いが生じているのだ。

 

(憑依してることまで明かせば、流石に責任とれないことは解って貰えると思うけど)

 

 ついでに事情を理解した協力者も作れる可能性がある。

 

(デメリットは多数に話すことで情報の漏れる可能性だな)

 

 人の口に戸は立てられぬ、なんて諺か何かがあったと思う。

 

(未来のことまで知ってる人間なんて、魔王からすれば勇者より脅威だし)

 

 憑依してることだけ話すと言う選択肢もあるが、そうなると本体はどこにと言う話になってくるだろう。

 

(そもそも、憑依してると明かして信じて貰えるかという問題点がその前にあるんだよな)

 

 はっきり言って問題山積みである。だったら、とりあえず生け贄にされた人達の蘇生に逃避しても仕方ないと思うのだ。

 

(おろちが約束を違えて逃げてればこの生け贄にされた人達をジパングに置いて行くという選択肢もあるけど)

 

 自分の都合に合わせて世界が動いてくれると期待するなど虫が良すぎる。

 

(物事は常に最悪の状況を考えて動けばいざというとき狼狽えないんだっけ?)

 

 俺にとってはおろちが約束を破って状況が悪化することだと思っていたが、どうやら最悪は一つでなく複数存在するものらしい。

 

「俺はまた目を瞑っているから、服の方は頼む」

 

「は、はい」

 

 考え事をしている間も、蘇生準備は進んでいた。アイナさんが祭壇に骨を置いてくれ、もう呪文を唱えるだけの状況が作りだされて居たのだ。

 

(精神力、もつよなぁ?)

 

 最悪の場合、クシナタさん達や口笛で呼びだしたモンスターから精神力を吸い取る呪文で補填することも考えているが、人間の精神力には呪文で減るモノと根気とか苦難に耐えうる力の二種類があるんじゃないかと最近考えるようになった。

 

(地獄のような楽園か、楽園のような地獄か)

 

 蘇生が成功するたびに目のやり場に困るような少女やお姉さんが増えて行く訳である。もちろん、俺の服やクシナタさんが服を切り裂いて作った即席の服を着て貰うことにはなっているが。

 

(もっと着替え詰め込んでおくべきだったな、鞄に)

 

 例えば、アイナさんの現状にしても胸の部分を斬り裂いたことで下の部分だけボタンを留めた、所謂裸ワイシャツに近い格好になってしまっているとでも言えば理解して貰えるだろうか。

 

(ま、目を瞑れば世界は闇なんだけど)

 

 責任をとれない俺は出来うる限り肌色から目を逸らすしかなかった。そう言う意味で言うと瞼の裏の闇は絶好の避難場所で。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる――」

 

 闇の中、呪文を唱えておろちに食われた少女を生き返らせる。

 

「っきゃぁぁぁ、ほ、骨がっ、うっ」

 

 若干のけだるさを覚え、アイナさんの悲鳴が洞窟に響いたと言うことは今回も成功なのだろう。人骨の状態から肉体が構成されて行くのだから、目を開いたならきっと別の意味で目のやり場に困るようなグロい光景が目に飛び込んできたと思う。

 

(うん、目を閉じてて良かった)

 

 何度か魔物を斬り裂いたりはしたが、内臓丸見えとかの光景は慣れない。その点はきっとアイナさんも同じだったのだろう。

 

「うぷっ、う……」

 

「ひいいっ、誰か、誰か助けてぇぇぇぇっ」

 

「クシナタ、頼む」

 

 地熱で液体はけっこう早く蒸発する。どことなく酸っぱい臭いのことは敢えて意識しない様にしつつ俺はクシナタさんに声をかけた。

 

「はい、しっかりなさいませ」

 

「あうっ」

 

 パシッと乾いた音がしたので、きっとクシナタさんは顔を叩く派なのだろう。

 

(はぁ、無事に救えたのは良かったけど、しばらくはこの展開のループだろうなぁ)

 

 おそらく、その後はクシナタさん達を連れて何処かの町か城へ寄る必要がある。もちろん、服を買う為だ。

 

(とうに死んだことになってるはずだからジパングへ様子を見に行く訳にも行かないし、他の街に連れて行くとしてもなぁ)

 

 服を分け与えはしているが、人前に出られるような格好かというとNOと言わざるを得ない。

 

(やっぱり、サマンオサまで行くしかないか)

 

 レムオルで透明になって自分を含む同行者達の姿を変えることが出来るという『変化の杖』を回収しに行き、杖の効果で見た目を誤魔化して服を買う。おそらくこれが一番問題の少ないパターンだと思う。

 

(ついでにサイモンさんの様子を見て来るというのも一つの手だし)

 

 シャルロットへのお土産へ魔物が吐く火炎や吹雪への耐性があるドラゴンシールドを買って行くことだって出来る。

 

(うん、複数の女の人を連れてシャルロットにあう勇気は無いけどね)

 

 凶悪なバラモスの手下を倒すと出かけて行き、戻ってきたのはハーレムひっさげた女の敵でした何てことになったら師匠の威厳もあったモノじゃない、と言うか社会的に殺される。

 

(成る程、結婚は人生の墓場とはよく言ったモノだなぁ)

 

 絶対、誤解は解かなくては。

 

(と言うか、本体の時は「彼女居ない歴=年齢」なのにこの世界ではやたら女性と縁が有るんだけど、これはあれですか? この身体のスペックですか? 顔ですか、男は顔だって言うんですか!)

 

 人生には三度モテ期があると言う都市伝説を聞いた気がする。

 

(憑依中ってノーカウントだよね?)

 

 人の身体でモテたってあんまり嬉しくないのだ。

 

「はぁ」

 

「スー様? しっかりしてくださいませ」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 思わずため息をつくと、周囲で声が上がる。たぶん、呪文の行使による精神的な疲労と勘違いされたのでは無いだろうか。

 

「いや、心配には及ばん。それより、これで何人だ?」

 

 今後のことを考えつつも機械的に蘇生を繰り返していた俺は、敢えて目を開けずに問う。

 

「私を除いて六人にございまする」

 

「そうか……」

 

 オルテガ、シャルロットさんの親父さんが旅に出た時シャルロットはまだ幼く、それから幾年か後にジパングでやまたのおろちと戦っている。

 

(そのときから生け贄やってたら相当な数になったよな)

 

 生け贄を捧げるようになったのは、おろちがヒミコに成り代わった後のこと、でなければ俺が蘇生出来る人数では済まなかったと思う。

 

(いや、一度で無理だったとしても生き返らせるつもりだったけど)

 

 蘇生でMP尽きるほどの人数の女性をどうしただろうか。ぶっちゃけ、クシナタさんから名前を教えられた女の人の数でも充分いっぱいいっぱいである。

 

(とりあえずリレミトのMPは残さないとな)

 

 後で買い揃えることも考えれば服は良いのだが、実は足りないモノがある。

 

(でないと、うん)

 

 今俺達が居るのは煮えたぎる溶岩の見える灼熱の洞窟だ。祭壇周辺はまだ良いが、当然地面はフライパンとは行かないまでも裸足で歩けるレベルではない。

 

(予備の靴を使っても絶対足りないもんな)

 

 となると、抱いたり背負ったりする必要が出てくる。そう、目のやり場に困る少女やお姉さんをだ。

 

(戦えないってのは聖水で魔物除けをすれば良いけど目を瞑って進む訳にはいかないし)

 

 そんな展開にでもなろうものなら責任とってくれと言われても文句のつけようがない。

 

(折らなきゃ、フラグだけは)

 

 暑さ以外の理由で汗をかきつつ、俺は再び呪文を唱え始めた。

 

 




悩みつつも主人公は人を救う。

だが、それは自分をどんどん窮地に追い込むことでもあった。

次回、第七十六話「決断」

つけなければいけないモノ、それはケジメ

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