「はぁ……」
またため息が出てしまった。
(お師匠様は今頃どうしてるのかな)
あのスレッジさんと一緒だし、心配はしていない。
「そう言えば、スレッジさんも不思議なお爺さんだったよね」
マシュ・ガイアーさん、つまり救国の英雄勇者サイモンさんのお知り合いで、いろんな呪文を知ってるお爺さん。
(ミリーの為に、自分が悪者になろうともしてくれてた――)
いい人だとボクは思う、それにとっても強い人だ。ひょっとしたらマシュ、サイモンさんが勇者として旅をしていた時の仲間だったりするのかもしれない。
(うん、サイモンさん凄く強かった)
サマンオサで王様に化けていた黄緑色の魔物を圧倒していた姿はこの目に焼き付いている。
(ボクもいっぱい修行したら、あんな風に強くなれるかな?)
あの戦い、ボク達ははっきり言っておまけだった。たぶん、居なくてもサイモンさんはあっさり勝っていたんじゃないかと思う。
(強くなりたい……強くなれば、今だってお師匠様と一緒に行けたかも知れないのに)
あの黄緑色の魔物とほぼ同格の魔物が待ち受けているとすれば、今のボクが足手まといにしかならないのは解っている。
「修行、した方がいいかな? けど、出かけてる時にお師匠様が帰ってきたら……」
何故か随分久しぶりな気のする我が家、窓からちらりと見たアリアハンの入り口にはお師匠様の姿もなく、降り出した雨が叩くようにして洗っていた。
(お師匠様……)
雨だけなら修行を休む理由にはならない。のに、今日にでも帰ってくるんじゃないかって思うと町の外に行けなくなる。
「シャルロットや、外は雨よ?」
「うん、解ってる。けど、今日は帰ってきそうな気がするから――」
そして、気がつくとお母さんにそう返しながら、玄関に向かって居るんだ。
「勇者様、お出かけですの?」
「あ、サラ。ホラ、今日はお師匠様が帰ってきそうな気がするんだよ」
うちに泊まることになったサラとやりとりを交わして。
「あっ、し、シャルさん」
「ミリー、そんなことしなくてもいいのに」
ボロ布で拭き掃除をしていたミリーに苦笑する。
「す、すみません。け、けど私の手が皆さんにご迷惑をかけてしまいましたし……せめてこれぐらいは」
「もう気にしてないって。呪いも完全に解いて貰ったんでしょ?」
「っ、それは間違いありませんけど……」
真面目すぎるというか、呪いの解けたミリーは引っ込み思案でかなり律儀な子だった。
(出会った時にこうだったら、印象変わってたかも)
もしそうだったら、何度もお尻を触られた修行だって別のモノになっていたと思う。
(うん。だけど、今のボクがあるのはあの修行のお陰でもあるんだよね)
たまたま修行中に魔物と出会って、咄嗟に呪文を放てなかったらまだまともに戦えないままだったかも知れない。
「しゃ、シャルさん?」
「あ……んと、ちょっと昔の事を思い出しちゃって」
声をかけられてちょっと慌てたけど、とりあえずここまでに嘘はない。
「みんなと出会ってからまだそんなに経ってないのに、随分あちこち行ったし、凄い戦いも見たよ
ね?」
「そ、そう言われると、確かにそうですね」
「だよね?」
何とか、誤魔化せただろうか。
(あの修行のこと思い出してた、なんて)
ミリーには言えない。ただでさえ、気にしているのだから。
「で話を戻すけど、お師匠様とかスレッジさんそろそろ帰ってこないかなぁ、って」
「ご、ご主人様とスレッジ様ですか?」
「うん。心配はないと思うけど、窓の外見てたら気になっちゃってね。外に出たら濡れるのは解ってるよ」
雨なのは、窓から見た。なのに、じっとしていられないのだ。
「だからさ、ちょっと出かけてくるね?」
別行動だと、ついつい入り口で帰ってくるのを待ってしまう。
(止むか、せめて小降りになってくれるといいのに)
せわしなく屋根をノックする雨音の中、ボクは天を仰ぐ。どんよりとした灰色の雲に占拠され薄暗い空は見えない。
(ルーラしてくるなら何か見えるかと思ったけど)
世の中は甘くないのか、お師匠様の姿は空にない。
(やっぱり駄目かぁ……あれ?)
変化があったのは、落胆しつつもボクが視線を巡らせるさなかだった。
「あれは……お師匠様っ」
東の空に見えた小さな黒点。濡れるのも構わず、ボクは軒下から飛び出した。
(見つかったのかな、移動方法?)
お師匠様達なら、女王に化けた多頭の竜を倒しての凱旋だったとしても驚かない。
「あっ」
走行する間に黒点は人影にかわり、それが一人でないことへボクは気づく。
(お師匠様とスレッジさん? それにしては人数が……)
一人や二人ではない、もっと大人数。ただ、だからといって外れかというとそうでもなく。
「っ」
大きくなった人影はボクの記憶にあった人のものと一致する。
「スレッジさ――」
お師匠様ではない、だが同行者。話を聞こうと落下地点目掛け駆けつけたボクは。
「うひょひょひょひょ、雨の日は最高じゃのぅ」
「スレ様、嫌でございまする」
「は、恥ずかしい……」
雨に濡れて服の透けた女の人に囲まれ鼻の下を伸ばしているスレッジさんを見て、固まったのだった。
そう、スレッジ爺さんは、シャルロットとバニーさんのやりとりを知らなかったのです。
次回、第八十話「アリアハンの再会」
こんな酷い再会があってたまるかぁぁぁぁっ