強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第八十一話「ベタと言えばベタ」

 

「言わん事ではない」

 

 ため息をついた俺はシャルロットの頭にポンと手を置くと空を仰いだ。

 

「この分だとまだ降るな。着替えることも考えるなら宿屋だが……」

 

 シャルロットの家がすぐ側にあるのに、わざわざ遠い宿屋に行く選択肢など無い。

 

「お師匠様、でしたらボクの家に」

 

 おまけに、シャルロット自身もそう言いだした。

 

(まぁ、何となくこうなるんじゃないかとは思ったけどね)

 

 ちょっとだけこの事態は拙いのだが、ここで首を横に振るのは不自然すぎる。

 

「そうか、すまんな」

 

 俺は、軽く頭を下げつつも、心の中で唸った。

 

(推理モノで証拠品の処分に困った犯人の気分というか……うん)

 

 バニーさんとの打ち合わせを考えると処分する訳にもいかなかったスレッジの服が濡れたまま、鞄に入っているのだ。

 

(ちゃんと絞ってから入れたはずではあるけど)

 

 他が濡れないように、着替え用の服を一枚犠牲にして付けひげと一緒に包んであるので、ぱっと見では解らないと思うが、現在進行形で雨が降っているので、俺も着替える必要がある。

 

(「着替えを取り出そうとしてポロリ」とかベタ過ぎるものの、ないって言いきれないもんな)

 

 おまけにスレッジの服がくるまれた元着替えがあるのは鞄の一番上。

 

(着替えると言えば、男の着替えを覗く趣味でもない限り女性陣からは見られることも無いと思うけど)

 

 こういう時に油断は禁物。

 

「お師匠様、濡れちゃった物洗っちゃおうと思うんですけど、お師匠様は洗濯物ないですか?」

 

 なんて、シャルロットが親切心を発揮して来るかも知れない。

 

(気遣いの出来る娘だからなぁ)

 

 それが空回りして騒ぎになった「大王イカと命の木の実事件」は記憶に新しい。

 

(とにかく、服のことはバレないようにしないと)

 

 スレッジを悪者にする為の演技とはいえ、濡れて透けた服のお姉さん達に囲まれてご満悦だったりしたのだ、あれが俺であるとシャルロットに気づかれでもしたら――。

 

(って、悪い方に考えるのは、今は止そう)

 

 まだバレると決まった訳ではなく、俺自身もシャルロットと一緒にシャルロットの家へ向かっているだけに過ぎない。

 

「ただいま。お母さ、くしゅっ」

 

「まぁ、シャルロットこんなに濡れて……」

 

 そして、辿り着いてもシャルロットのくしゃみは変わらずだった。

 

「本当に風邪をひきかけているのかもしれんな。俺のことはいいから、さっさと着替えてこい」

 

 それなりに濡れているという点では俺も同じ筈だが、何ともないのは、身体能力の差だろうか。

 

「え? ですけど……」

 

 客人をほっぽっておいて自分だけ着替える事に抵抗でも覚えたのかもしれない。

 

(とは言え、このままじゃあなぁ)

 

 流石にこのまま風邪をひかせる訳にはいかず、まごつくシャルロットに向かって、俺は思っても居ないことを口にする。

 

「何だ、それとも着替えさせて欲しいのか?」

 

 こういえば、俺の好感度は下がるだろうが、シャルロットは自分の部屋に引っ込むと思ったのだ。

 

「えっ?」

 

「む?」

 

「えっと、そう言うのはちょっと早いというか……その、あぅ」

 

 だが、シャルロットは驚きの声を上げて何故かモジモジし出す。

 

(何、これ? そうていがいのはんのうですよ?)

 

 顔を赤くしてドタドタ階段を上がって行くとばっかり思っていたのに、想定外でござる。

 

(ん、待てよ……そうか。師匠の言うことだからセクハラ発言なのに、文句も言えないと)

 

 面を食らったのは、短い時間。シャルロットの態度の理由に気づくと、俺は自己嫌悪に陥った。

 

(何やってるんだか……)

 

 最低なことをしてしまった。パワハラとセクハラのダブルコンボである、しかも。

 

「ご主人様……」

 

「ん?」

 

 横手から聞こえた声で振り返ると、何故かそこにバニーさんがいらっしゃるではないか。

 

「えっ、え゛」

 

 驚きにあげた声は勇者の師匠ではなく、素のものになってしまったが、それどころではない。

 

「そ、その……ご主人様が見たいとおっしゃるのでしたら、私……」

 

 シャルロットより早く戻ってきた様ではあったが、雨に濡れたからだろう。

 

「ちょ、ちょっと待て」

 

「ミリー?!」

 

 バスタオルを巻いただけで服を着ておらず、全然バニーさんでは無かったが、バニーさんは呪いが解けてもやっぱりバニーさんで、俺は思わず後退り、さっきまでまごついていたシャルロットもこれには目をむいた。

 

(なんでこうなるの? と言うか、どうしてバニーさんがシャルロットん家にいるの?)

 

 勇者パーティーの一員だからだろうか。

 

(そう言えば、勇者の家ってパーティーで来ると一緒に泊まれて宿代わりにって……そんなこと思い出してる場合じゃねぇぇぇぇぇっ!)

 

 ピンチだ、大ピンチだった。

 

(だいたい、シャルロットのお袋さんの前でしょうに、と言うか完全に黙っちゃって空気じゃないか、お袋さん)

 

 テンパって思考が纏まらないが、ともかく、この場は何とかしないと社会的に俺が殺されかねん。

 

「その……だな、酷い誤解があ」

 

「お師匠様、そのっ、ボクっ」

 

 止めようとしたのだ、なのに。

 

(何故、俺の言葉を遮ってシャルロットぉ?!)

 

 バニーさんの行動は伝染する病気か何かですか。

 

「いや、ちょっと待て……落ち着け、ふた」

 

「何の騒ぎですの?」

 

 そして、今なら唐突に踊り出すことさえ出来そうなほど追いつめられていた俺は、階段の上から声と共に降りてくる新たな登場人物を知覚した。

 

 




作者も想定外のカオス展開?

果たして、事態は無事収拾出来るのか?

サラさんがログインしたところで、次回、第八十二話「勇者の家、混沌」に続きます。

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