強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第八十二話「勇者の家、混沌」

「とりあえず、状況を説明して頂けますわね?」

 

「あっ、ああ」

 

 刺すような視線の前に、レベルの差など関係ない。

 

「俺で説明出来るところならな」

 

 何というか、魔法使いのお姉さんが降りてきた時、一階は本当にカオスだった。

 

(なんでこうなったのやら……って、俺のせいか)

 

 バニーさんは身体に巻いていたバスタオルを外そうとしかけていたし、シャルロットは濡れた服をこの場で脱ごうとでも言うかのようにたくし上げようとしていて、俺は混乱しつつも二人を止めようとしたが、よくよく考えれば発端は俺の要らない一言なのだ。

 

「おお! 何てことでしょう! 私のかわいいシャルロット!」

 

「……と、まぁ俺がろくでもないことを言った結果がこれだ」

 

 復活したシャルロットのお袋さんが崩れ落ちて床に膝をつく中、懺悔に近い形で魔法使いのお姉さんに事のあらましを説明した。

 

「お師匠様……」

 

「すまんな、シャルロット」

 

 風邪をひいてはいけないからという動機も、勝手にシャルロットのリアクションを想定して事を起こしたことも説明に含んだ。

 

「変な小細工はせず、師匠の命令で押し切るべきだったな」

 

 一刻も早く着替えて欲しいというのは、風邪を引かないか心配だっただけでなく目のやり場に困るという一面も有るのだが、流石にこっちは言及しない。ただ、自嘲気味に嘆息すると、俺は顔を上げる。

 

「シャル……ロット?」

 

 そのまま、こういう訳だからさっさと着替えてくるようにと言うつもりだった。

 

「あぅ……うぅ」

 

 そう、顔を赤くしたシャルロットが俯いていなければ。

 

(怒っている? いや……)

 

 モタモタしていたから風邪をひいてしまったのかもしれない。

 

「いかんな。悪いがシャルロットとそこの遊び人を上階へ連れて行って貰えるか?」

 

「し、仕方ありませんわね」

 

 こんな時、魔法使いのお姉さんが居てくれて本当に良かったと思う。

 

「勇者様が風邪をお召しになっては行けませんもの。ほら、貴方もですわよエロウサギ」

 

「は、はいっ」

 

 呪いは解けた筈なのだが、魔法使いのお姉さんがバニーさんを呼ぶ呼称はすっかり定着してしまったようだ。

 

(とりあえず、これでシャルロット達も着替えてくれるよな)

 

 手遅れで既に風邪をひいてしまってる可能性もあるが、そちらはどうしようもない。

 

(効果があるなら、世界樹の葉を取りに行くのも手だけど、あれが効いたのは病気じゃなくて呪いだし)

 

 そもそも、シャルロットの遠い子孫のお話で、ナンバリングタイトルまで違う。

 

(まぁ、それはそれとして)

 

 結果的にシャルロット達は二階へ上がって行き、カオスは立ち去ったように思えた。

 

「説明して、頂けますか?」

 

 ただ一つ、目の据わってしまったシャルロットのお袋さんという厄介なお土産品を残して。

 

(ひぃ、ピンチ継続中っ)

 

 何をどう説明すればよいのだろうか。

 

「いや、何か誤解されていると思うのだが……」

 

 気がついたら、俺は床の上に正座していた。無意識のうちに気持ちで既に押されていたと言っても過言ではない。

 

(そうか、ラスボスはここに居たんだ。って、そうじゃないっ)

 

 思わず現実逃避がてらボケをかまして本当に逃げ出してしまいたくなる空気の中。

 

「貴方はあの子について、どうお思いなのです?」

 

「お、俺には過ぎた弟子だと思っている……」

 

 投げられる問いと向けられる視線に言葉を選びつつ答える今の俺は、師匠の威厳など欠片も無かった。

 

(いや、威厳がどうこう言うよりも、まずはこの窮地をくぐり抜けること何だけどね)

 

 魔法使いのお姉さんへした事情説明は、目の前にいるシャルロットのお袋さんも聞いていたはずである。

 

(もちろん、言い訳と取られる可能性だってある訳だけど)

 

 パワハラでセクハラをしてしまったのは、動かし様のない事実でなのだ。

 

(しかも、この人の前で言っちゃってるしなぁ)

 

 早くシャルロットに着替えて欲しかったとは言え、とんでもない大ポカだった。

 

(うん、お袋さんの前じゃなきゃ言っていいかっていうとそれも違うけど)

 

 シャルロットには改めて謝っておく必要があるだろう。

 

(で、バニーさんは……あー、謝るって言うか、スレッジ……の格好で会わないとな)

 

 名前が脳裏に出てきた時点でスレッジに押しつけてしまえとろくでもない悪魔の囁き囁きが聞こえたが、完全に無視する。

 

(ここまでスレッジにはさんざん泥をかぶって貰ってるもんなぁ)

 

 だいたい、自分の過ちなのだからスレッジではなく、勇者の師匠として罰を受けるべきでもあった。

 

(とは言っても、責任のとれない身だし)

 

 要求によっては応じられない事もある。

 

「すまない」

 

 だから俺は、謝罪の言葉に、こう続けた。

 

「もうお嬢さんを任せておけないというのであれば……俺は去ろう」

 

 犠牲者が出づける差し迫った脅威は取り払った。物を盗み人を掠うカンダタ一味や、人々が眠ったままの村などがあるが、これらの件は順当に力をつけて行けばシャルロット達でも解決可能である。

 

(直接会わなくても、クシナタさん達をパーティーに送ってサポートさせたり、手が回らない事件はこっちで解決するのだって不可能じゃないもんな)

 

 俺というイレギュラーが外れても、本来のゲーム通りな流れになるだけだ。ちょっと武器防具や道具が充実していて、快進撃するかもしれないが。

 

「その場合、お嬢さんに二度と近づかないとも約束する」

 

 こんな所で投げ出すつもりはなかったし、間接的なサポートを止めるつもりはないが、けじめはけじめだ。

 

「この申し出自体、無責任だとそしりを受けるかも知れないが、俺は……」

 

 ただ、言葉を待った。

 




失言からまさかの展開。

けど、冷静になって考えるとここから原作沿いに進むなら、主人公割と要らないんですよね。

強力な装備やアイテム持っててシャルロットサイドはさくさく進めるはずですし。

果たして、勇者の母は何と答えるのか。

次回、第八十三話「答え」

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