「無責任ですね」
「っ」
一片の容赦もない。
「貴方があの子の師であることは聞いています。シャルロットは帰ってきても貴方の話ばかりでした『お師匠様のお陰で強くなれた』とか『戦い方を教えてくれた』と」
「シャルロットが……そう?」
「ええ」
気がつけば尋ねていた俺にシャルロットのお袋さんは頷いた。
「あの子がどれだけ貴方を慕っているかは解るつもりです。先程のあれについては、後で叱っておきますが」
まぁ、お袋さんからすれば当然だろう。
「……少々問題もあったとは言え、あの子はあそこまで信頼を寄せていたのですよ? 貴方が去ったらシャルロットはどうなるのです?」
「それは……」
「弟子として、シャルロットが貴方に向けていた気持ちは『失言の責任を取るから』で踏みにじれるようなものなのですか?」
「うっ」
向けられた非難の言葉は、もっともだった。愛娘にあんな行動を取らせたことではなく、娘の気持ちを蔑ろにしたことにお袋さんは怒っていて、俺には返す言葉もない。
「……本当は、旅に出て何て欲しくなかった。いつまでも側に居て欲しかった。それでもあの子はあの人の意思を継ぐことを選んで、危険な旅に出ようとしているのです。なら、せめて私はあの子の思うようにさせてやりたい……」
一歩間違えば――いや、ゲームの時は何度も全滅したことからして生きて戻ってくるとは思えない過酷な魔王討伐の旅だ。
(俺は……)
夫を失い、娘を止められなかったこの人の胸中を推し量ることなど人生経験の浅い俺には不可能。ただ、底の浅さを見せ、母親の愛の深さを見せつけられただけ。
「貴方が、負い目を感じているというなら、シャルロットの気持ちを……あの子を裏切らないで下さい。それが私からの……願い、です」
要求は正当なものだと思う、ただ。
(最初から裏切って……借り物の身体で偽ってる俺にどうしろって言うんだ……)
クシナタさん達の時のように全てを打ち明けたならば、それは今まで騙していたことを明かす事でもある。
(シャルロットなら、俺のことは責めないだろうけど)
おそらく、傷つくだろう。自分を救ってくれた英雄の中身がこんなモノだと知れたなら。
(このまま、偽り続けるか……)
だが、隠し事がずっとばれない保証はない。
(「シャルロットを立派な勇者に育て、独り立ちさせる。そこまでただ勇者の師匠をやり通す」か)
唯一思いついた打開策は、嘘を突き続ける事であり、求められたことの真逆でもある。
「女で一つで育てたからでしょうか、あの子は何処かで求めていたのかも知れません。父親のように、頼りになる男性を」
「そうか」
両親が揃って健在の俺には少々ピンと来ないが、シャルロットがやたら自分を慕ってくれた理由も父親代わりだったと言われれば、頷ける。
(そうだよなぁ、そんな気はしてたんだ。身体が高スペックでも、俺は俺だもんな)
自意識過剰野郎にならずに済んで良かったと思うべきところだろう、ここは。
「俺にどれだけのことが出来るかは解らんが」
そう前置きして、俺は一度だけ天井の方を見てから視線を戻す。
「『バラモスを倒した』と凱旋の報告を貴女にシャルロットがするまで、お嬢さんは俺が命に代えても守ろう。魔王を討伐するところまでついて行く師匠というのもどうかと思うがな」
お袋さんの願いは聞き入れられない、だから、かわりに出来うる限りのことをする。
「魔王を倒すところまでついてこられるというのは、勇者としては不本意というか過保護も過ぎるだろう。そう言う意味で裏切ったことになってしまうが……」
敢えて願いを聞く訳ではない、とも言っておく。
「酷い人ですね、シャルロットにあんな事を言わせた上、私の願いも聞いてくれないなんて……」
「すまん」
謝っては見たがお袋さんの声に非難の色はもうなかった。
「鈍いところあるのが多少心配ですが、自分から言い出したことは守ってください」
「あ、ああ」
鈍いというか大ポカをやらかしたのは、事実である。
(バラモス討伐、か)
逃げ出すつもりだったのがもう随分昔のようだ。
(まさか、こんな事になるなんてなぁ)
気がついたらルイーダの酒場にいたあの時は、思ってもみなかった。
(ただ、俺もあの時とは違うし、状況だって違う)
やまたのおろちはこちらの突きつけた条件をのみ、ボストロールは既に倒している。
(まぁ、予定は変更しないと行けなくなったし、ただでさえやることは多いけど)
一つ一つこなして行くだけだ。さしあたっては、濡れた服を着替えること、バニーさんとスレッジの格好で話をすることぐらいか。
「ところで、俺も着替えたいんだが……」
シャルロットのお袋さんとはいえ異性の前で服を脱ぐ訳にも行かないと、俺は着替える場所を求めた。
(スレッジの服がポロリしたら事だしなぁ)
実現したとしても、誰も得しないポロリである。
「上階に行っていて貰えないか?」
この身体がそう簡単に風邪をひくとは思えないが、濡れた服は不快で出来れば早く着替えたい。
「わかりました」
押しかけておいて厚かましい申し出であったが、シャルロットのお袋さんは頷くと階段を上り始め。
「……ふぅ」
俺もようやく濡れた服を脱ぐことが出来たのだった。
予定調和か、それとも作者さえ予期しなかった展開か。
主人公はバラモス討伐へついて行くことを誓い。
シャルロットはただ、二階で着替える。
次回、第八十四話「そは嘲笑う」
まさか、こんな結末になろうとは?