強くて逃亡者   作:闇谷 紅

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第八十四話「そは嘲笑う」

「晴れる日もあれば雨が降る日もあるのだろうが……」

 

 よりによってこのタイミングで降らなくてもいいのになと独り言ちながら、脱いだ服を戸口から外に出て軒下で絞る。

 

「通り雨、ではないか」

 

 しとしとと降り続ける雨は弱まる様子を全く見せず、俺は周囲を見回してから、スレッジとして着ていた服も同じように絞ってから布の服にくるんだ。

 

(バニーさんも上で着替えてるとして……うーむ、シャルロットの家に滞在してるとなると面倒だなぁ)

 

 側にシャルロットが居るのでは、バハラタで俺が去った後の話など出来ようはずもない。

 

(かと言ってこの雨の中、わざわざ外出する理由もないだろうし)

 

 バニーさんとの情報交換は後回しにするしかないだろう。染み込んでくる外の肌寒さに頭も冷えた。

 

(とりあえず、シャルロットの着替えが終わっているようなら、調子を聞いて)

 

 シャルロットにも謝る必要がある。

 

(それから移動と修行だな)

 

 ダブル・パーティーの片方を囮にし、お忍びの格好で旅をすると言うところまでは以前の方針のままで行くつもりだが、今の俺にはクシナタさん達という協力者もいる。

 

(大半は素人だろうし、あのお姉さん達には囮パーティーと一緒にアリアハンで暫く修行して貰うとして)

 

 本隊であるお忍び勇者一行は、ダーマを目指す。

 

(バハラタまではシャルロットか魔法使いのお姉さんのルーラで行けるから、俺がタカの目をこまめにつかって現在地を確認しながら進めば、問題ないな)

 

 ダーマの近くには倒すと沢山の経験値が得られる水色生き物のはとこ分みたいな魔物が出没する塔があるのだ。

 

(今の俺のスペックなら他の魔物も敵じゃないし、当面は塔でレベル上げだな。遊び人が転職するまでに必要な経験値の量は、確かはぐれメタルで三匹分、灰色生き物だと三十匹狩れれば、登録したてのキャラでもレベル20に行けたはずだから……)

 

 作業ゲーに近い形で、遊び人から賢者を量産したので、そこだけははっきり覚えている。

 

(お姉さん達は適正次第だけど、全員遊び人にして一気に賢者を量産するって手もあるのか……ん、全員遊び人?)

 

 たぶん、俺が最初に会ったからだと思う。呪われた状態のバニーさんが集団になったイメージが唐突に浮かんで、俺は固まった。

 

(そう言えば、呪いは解いたけど、どういう経緯で呪われたのかは聞いてなかったっけ)

 

 バニーさんに聞きたいことが増えてしまった。当人も呪われていたことには気づいてなかったフシがあるが、原因なくして結果があるとは思えない。

 

(幾ら何でも遊び人になろうとした女性がもれなく呪われるなんて展開は無いとは思うけど)

 

 放置して次の犠牲者が出たら厄介だ。

 

「何にしても、まずは中に戻らねばな」

 

 今後の方針を定めるなら、シャルロット達と話をして決めた方がいい。

 

「世話をかけた、こちらの着替えは終わったぞ」

 

 戸口をくぐるなり二階に声を投げ、先程絞ったモノを俺は鞄に戻した。

 

(これで良し)

 

 後は待つだけだ。

 

(風邪、ひいてないといいなぁ)

 

 考え無しだったが、あのセクハラ発言はシャルロットに風邪をひいて欲しくなくて口にしたのだ。

 

(シャルロット……)

 

 衝動的に飛び出したのか、勇者はあの時、雨具もつけていなかった。マントをつけ、前を閉じていればあれほど濡れることはなかったろうに。

 

「気持ち、か」

 

 慕ってくれていることは、間違いない。俺だってそれぐらいはわかる。

 

(今の俺に出来るのは、師匠として真摯にシャルロットに向き合うことぐらい)

 

 シャルロットを強くするよりも優先しなければ行けないものは、もうない。

 

(ソロで勝てるレベルとは行かないまでも、俺抜きでバラモスに勝てるようにはしておかないと)

 

 時間はあるのだ。

 

(シャルロットが降りてきたら、まず謝って――)

 

 ジパングでの出来事を話す、クシナタさん以外の生け贄だったお姉さん達の事は上手くぼかしてだ。

 

「あ、あのご主人様……」

 

「ん?」

 

 だが、時としてそは、人を嘲笑う。いつの間にか思案に耽っていた俺はバニーさんに呼ばれて顔を上げた。

 

「シャルロットなのだけれど、風邪をひいてしまったようで――」

 

 降りてきている女性の中にシャルロットが居ない時点で、そんな気はしていた。

 

「そうか」

 

 短く答え、天井を見上げ。

 

「出かけてくる」

 

 踵を返すと俺は三人へ短く告げた。

 

(こういう時、中の人が現代人ってのはネックだよなぁ)

 

 ガスコンロも無ければコンビニも病院もない。シャルロットが風邪をひいたと聞いても俺単独では役立たずなのだ。

 

(道具屋に行けば風邪に効く薬とか置いてるかな? それから……病人の食事と言えばアレだよな)

 

 ジパングでお米は手に入れたが、竈と土鍋でご飯を炊くことについてはまだ自信がない。

 

(クシナタさん達にコーチして貰うしかないな。宿屋で厨房を借りられれば、この家まではそんなに離れていないし……)

 

 家の入り口をくぐりながら、俺は買い込むモノを脳内にリストアップする。

 

「まずは道具屋か」

 

 未だ降り続く雨の中、俺は早足で歩き出したのだった。

 

 




やっぱり風邪をひいてしまったシャルロット。

定番展開の中、主人公は薬を求めて雨の中へと飛び出して行く。

次回、番外編8「娘とその師(勇者母視点)」

まさかの、勇者母視点。尚、母親の名前は多分出てきません。

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