「シャルロット、入りますよ」
はぁい、と言う返事を確認してから私はドアを開けた。
「お、お母さん……お師匠様は?」
「出かけてくるって言って、さっき出ていったわ」
戻って来るなりの第一声が、それだったことに少しだけ苦笑しながら答えると、水をたたえた桶をベッドのすぐ脇に置く。
「……そぅ」
「気になるの、あの人のことが?」
「ふぇっ、え、あ……」
目に見えて落胆したように見えたから聞いてみると、娘は面白いように挙動不審な動きを見せた。
(あなた、勇敢な男の子として育てたつもりでしたけど……シャルロットはやっぱり女の子でした)
娘時代の自分は夫にあそこまで積極的だったろうか、と思わず考えてしまう。
「悪い人ではなさそうですね……」
「それはもちろんっ! あのね、お師匠様は――」
水を向けてやると、我がことを褒められたかのように得意げにはしゃいでこの子は語る。風邪をひいているというのに。
(たぶん、いい人ではあるのでしょう。何処か抜けたところもある人のようでしたけれど)
娘の命の恩人であり、自分の失言を反省もしていた。シャルロットのことも大切に思っているようだ、ただし師匠としてのようではあるが。
(酷いことも言ってしまいましたね)
だが、これは仕方ない。かの人は、可愛い一人娘を奪って行くのだから。
(いいえ、奪うのはあの子の方かもしれませんね)
我が娘ながら、真っ直ぐと言えばいいのか、何というか。きっとシャルロットはあのお師匠様と呼んでいる人を逃がさない。親だから、わかるのだ。
(昔から、一度これと決めたことは譲りませんでしたし)
あのお師匠様も自分の言い出したことは必ず守るだろう。
(私の態度に気分を害したようには見えなかったようですが)
その意味にも気づいては居ないだろう。腕が立ち、思いやりもあって、シャルロット自身も好意を寄せている。
シャルロットがお師匠様と人生を共に歩きたいと言ってきても、反対する気は私にはもう無い。
「そんなにはしゃぐと、悪化しますよ? もうおやすみない」
「えぇ、聞いてきたのお母さんなのに……」
窘めれば、不満げな声を上げたシャルロットに私は思い出す。
「そう? でしたら、さっき殿方の前で服を脱ぎ出そ」
「ご、ごめんなさいっ。おやすみなさいっ」
「もう、この子は……」
言葉を遮って毛布をかぶった娘に、結局怒りそびれてしまった。
「まったく、これは責任を取って頂かないといけませんね」
「っ」
大きな独り言にベッドの毛布が震える。
(好きな人と一緒にいられない辛さは母さんが一番よく知っているもの)
人となりは、先程のやりとりでだいたい察した。気分を害するようならその時点で平謝りするつもりもあったが、こちらの非難に甘んじ、かつ自分自身を責める姿に、この人なら娘を託せると私は思ったのだ。
(お友達の一人の態度が少々気になるけれど)
そこはしっかり、念を押しておいた。あの子を裏切るなと。
「わたしの可愛いシャルロットは、一度こうと決めたらそれを曲げない子でした。おそらく今もそうでしょう?」
ベッドの中から答えはなかったが、構わない。
「いつか、役目を果たして帰ってきたら、そのときは――」
どんな報告が聞けるだろうか。
「シャルロット、あなたはもう寝ていなさい。風邪を治す為にもゆっくり休むのですよ」
ベッドへそう声をかけると、私はシャルロットの部屋を後にした。
短いですが、これが勇者の母側から見た主人公でした。
完全にシャルロット応援モード入ってます。
責任とれない主人公は果たして勇者から逃げられるのか。
次回、第八十五話「お師匠様の奔走」
その頃、主人公は――。