「煎じて飲ませれば良いのだな?」
「はい」
道具屋に薬が置いてあったのは、幸いだった。
(現実で言う漢方薬とか生薬みたいなモノかなぁ)
おそらく、現実で病院の帰りに処方箋を持ち込み、薬局で貰ってくる薬ほどは効かないと思うが、薬学と無縁な俺には、これに縋るより他ない。
「とりあえず、薬はこれでいいな。……よくよく考えたら、シャルロットの家に常備薬がある可能性を失念していたが」
家の薬を使うなら、今買ったばかりの薬は減った常備薬の穴埋めにすればいい。
「世話になった」
「毎度あり」
買い物を済ませた俺は道具屋の主人の声を背に宿屋ヘ向かう。
(そう言えば、クシナタさん達とも今後のことやさっきのことについて話しておかないとな)
とりあえず、このアリアハンで何らかの職について貰うところまでは既定路線で変更はない。
(問題はその後だよな)
シャルロットの元を離れられないとなると、クシナタさん達のパワーレベリングはシャルロット達と合同でやるしかないと言うことになる。
(ついでにスレッジになるのも無理になるなぁ)
シャルロットを守るといった手前、師匠は側を離れられないからだ。
(ひょっとしなくても先走ったか、これって)
一応シャルロットが風邪をひいている今なら側を離れても約束を破ったとは言えないと思うが。
(うーん)
薬を買いに来たのも、これから宿屋を訪ねるのも、シャルロットの看病をする為なのだ。
(流石にこのままシャルロットを放置……はないな)
となると、看病とレベル上げを両立させるという離れ業が必要になってくる。
(想定外のハードスケジュールか)
自分のまいた種なら、是非もない。自分で刈り取るまでだ。
「……と言うことになってしまってな」
「スー様らしいと思いまする」
「いや、すまん」
宿に着いた俺は、クシナタさん達へさっそく恥をさらし、フォローの言葉に頭を下げつつ、米をとぎ始めた。
「短期間で素人を一人前まで育て上げる方法も心当たりはあるからな」
ジパングでおろちと戦ったあの洞窟には、経験値を沢山落とす灰色生き物ことメタルスライムが群れで行動しているのだ。
「ドラゴラムと言う一時的に竜へ身を変じる呪文がある」
攻撃呪文は全く効かず、高い防御力で物理攻撃も殆ど効かない難敵だが、ドラゴラムで竜に変身して吐く炎だけは灰色生き物も何故かまともにダメージを受ける。
「動きも素早く臆病ですぐ逃げ出す魔物というのも倒しづらい理由なのだが炎を吐きかけることが出来れば一撃だ」
ゲームでは、変身している間に逃げられることも多いものの、今の俺は複数行動を会得している。
(ドラゴラムで竜になっても連続行動出来るかが鍵だな)
ゲームでは変身するとただ炎を吐くことしか出来なくなった。そのことから、知性や理性が減退している可能性もある。
(それと、おろちに食われたお姉さん達のトラウマを剔るかもしれないんだよな、竜変身)
かといって、他の方法は著しく効率が悪くなる。
(とりあえず、問題がないか、事前に試してみる必要があるな)
順番から言えばシャルロットの看病が先だが。
「ふむ、かえっておかゆで良かったと思うべきかもな」
とぎ終えた米を投入し土鍋を火にかけはしたが、上手く炊ける保証はない。その点、炊けたご飯を煮込んでおかゆにすれば火の通りの甘くても何とかなると思うのだ。
(こんな事なら、料理とかも勉強しておくんだった)
何の変哲もない卵がゆを作るだけだというのに、異国の料理だからか作るのは苦労の連続だった。まず出汁を取る海藻が宿の厨房にない。
(一応、許容レベルの味付けにはなると思うけど)
人様に出すモノなのだから、味見は必須だ。
「では、スー様」
「あとは、こちらの方々に」
「あ、ああ」
予定繰り上げに従って、雨具をつけた元生け贄のお姉さんの一部がこちらに挨拶をして宿を出て行く。ルイーダの酒場に、正確には職業訓練所へ行くのだ。
(料理の指導に全員は要らないもんな)
料理の合間に説明はしたし、出来るだけ魔法使いや僧侶のように呪文の使える職業を選んで貰うようにも言ってある。状況によっては精神力を奪い取るマホトラの呪文で味方から精神力を補充することも考えているからだ。
(場合によっては、お姉さん達自身に呪文を使って貰うことになるかもしれないし)
次期賢者要員の遊び人やアイテム強奪役の盗賊辺りまでで大半を構成し、念のために一人くらいは商人という構成でどうかと今は考えている。
(問題は、シャルロットの風邪が治る前に訓練所での教習が終わるかかな)
ゲームだと登録所で登録するだけというお手軽さで連れ出すキャラを作成出来たが、生身の人間となるとそうもいかない。
(まぁ、レベル1で僧侶や魔法使いだって呪文も一個覚えてるだけだもんな)
逆に気の遠くなるような時間がかかるとも思えないが、行き当たりばったり感も否めない。
「さてと、これで後は最後に味付けだったな?」
「そうでございまする」
お姉さんの一人に確認を取ると、俺は壺から塩をつまみ取る。
「ふむ」
味付けは塩のみとシンプルだ。本当にシンプルだが、久しぶりに食べたお米は自分で炊いた失敗作だというのに涙が出るほど美味しく感じた。
(シャルロットの口に合うといいな)
食文化が違うので、若干の不安は残るが、全力は尽くしたと思う。
「では、ゆくか」
ルイーダの酒場に寄り道して、先程のお姉さん達はどうしたかを聞きたいところだが、流石に土鍋をもって訓練所を直撃するつもりはない。
「お前達にも世話をかけたな」
「そんなこと有りませぬ」
「スー様は、良い生徒でございました」
最後までおかゆの調理に協力してくれたお姉さんはシャルロットの家の前まで一緒だ。言葉を交わしつつ厨房を出ると、俺は、宿の主人に言う。
「助かった、感謝する」
主人の協力なくして、おかゆは作れなかった。
「いえいえ。さ、シャルちゃんのところに」
「すまん」
お盆代わりにした水鏡の盾を土鍋ごとカウンターに乗せると、俺は財布から十ゴールドほど取り出して主人の方へ押しやる。
「これぐらいしか俺には出来んが納めてくれ、厨房の使用料だ」
口ぶりからすると、宿の主人はシャルロットと知己のようだが、暢気に会話していてはおかゆが冷めてしまう。
「ありがとうございました」
礼の言葉を背に受けながら、宿を出ると降りしきる雨の中、俺は早足で歩き出すのだった。
料理って意外と難しいですよね?
次回、第八十六話「時間との戦い」
さぁ、戦いの始まりだ。