Driver's Seat
「ねえフブキ、ひょっとして緊張してる?」
「......うん」
ウチはフブキの顔を覗き込む。フブキがこうも緊張を顔を出すのは珍しい。
思わず見つめているとフブキは困ったような笑みを浮かべて、制服じゃないと落ち着かないね、と言った。
ウチたちは私服姿で中央警察署の前に立っていた。今日からは刑事として、私服で勤務するのだ。
「フブキ、そろそろ」
「ん、行こうか」
署の玄関をくぐり、警務主任のデスクに出頭する。
「オオカミじゅ......刑事とシラカミ刑事です」
「フライシャー警部補。よろしくおふたりさん。じゃあ、こっちへ」
フライシャー警部補はがっしりした体格だけど若干お腹が出っ張っている感じで、おそらくその原因になっている食べかけのドーナッツをデスクの上に置くと、警察コーヒー入りのマグカップを持ったままウチたちを2階へ案内した。
廊下でも階段でも、行き会う人たちがこちらに目をやる。そのほとんどは胡乱気な視線だ。
「婦人刑事ってのは初めてだからな」
先を歩く警部補がウチたちの思考を読んだように言った。
「獣人の刑事や婦人巡査はまあまあいるけど婦人刑事は初めてだから、みんな物珍しいのさ」
明らかに"物珍しい"どころではない視線も多かったけど、警部補は気にしないことだ、と言ってずんずん先に進んだ。
"刑事"とステンシルで書かれたドアを通って中に入る。そこはヒラの刑事たちの大部屋で、いくつものデスクが同じ方向に向かって並んでいる。
学校の教室みたいだ、とウチは思った。黒板と教壇はないけど。
「そこが君のデスクだ」
ウチのほうを見ながら警部補が言った。指しているのは後ろ側のドアからすぐのところにある、端っこのデスクだった。
「君はその二つ前」
と、こんどはフブキに向かって言い、
「君たちは交通課だ。
「噂は聞いてるぞ、お二人さん」
ビコウスキー刑事が椅子ごと体をまわして言った。
「よろしくな。もっとも、君たちはとっとと表彰状を稼いですぐにおさらばかもしないけど」
「そんなことはありませんよ。ウチたちは刑事としてはまだまだですから」
「へえ、熱心な連中だな、メル」
「誰が熱心なんだって?」
ビコウスキー刑事が立ち上がりながらフライシャー警部補に言うと、同時に大部屋に入ってきた男が声をかけてきた。
いかにも高価そうな、オシャレな背広に身を包んでいる。200ドルはする、とウチは見積もった。ウチたちの月俸より高い。
「ここにいるピカピカの新入り達だよ。ミオ・オオカミ刑事とフブキ・シラカミ刑事」
「そうかい。やあお二人さん、昇進おめでとう。これで売女や薬中どももおとなしくなるだろうよ」
明らかに皮肉とわかる声と笑顔を残して、オシャレな背広は別のデスクの方へと去って行った。
「あれは誰ですか、警部補」
「ロイ・アール。
フブキの質問に警部補が答える。
「風紀課の人たちってみんなあんな、スター俳優みたいな格好なんですか?」
これはウチだ。
「ロイ"が"スターなんだよ。で、ロス中のいかがわしい連中が彼のファンだ」
「それってどういう......」
「今にわかるさ」
ビコウスキー刑事が会話を打ち切って、ついてくるよう手ぶりする。
警部補はマグをちょっと持ち上げて挨拶すると、階段の方へ去って行った。
ビコウスキー刑事はウチたちを大部屋の隣の会議室に案内した。
大部屋よりもこっちのほうが教室に近いな、とウチは思った。並んだテーブルと椅子が同じ方向に向いていて、しかもその先には黒板と演壇があるから余計にそれっぽい。
その喩えで言うと、先生のところに立っているのがウチたちの上司、ゴールトン・レアリー警部だ。交通課長で、中央署の署長を兼任している。
「それじゃあちょっと事務連絡だ。中央署はオオカミ刑事とシラカミ刑事を温かく迎え入れよう」
警部が言うとまばらな拍手が起きた。
後ろのほうの席に向かう途中、フロイド・ローズ刑事がいるのを見つけた。交通課に降格になったという噂は本当だったらしい。
ウチは隣に座ったフブキの方を窺うけど、当人は涼しい顔でローズに気付いたかどうかすらわからない。
あの後シュローダーは殺人罪で告訴されたけど、大陪審が不起訴評決を下して釈放された。
贈収賄の話はおおやけになっていない。
噂によれば、ローズは監察官聴取待ちらしいけど......
「お二人さんの指導役にはみんなの人気者、ステファン・ビコウスキーを付ける」
考え事をしている間にも警部の話は続いていた。
冷やかしの声が上がって、うちの一人がこっちを振り返って言う。
「ビコウスキーに足を引っ張られないように気をつけなよ、お二人さん」
「だから"お目付け役"が必要なんだろ」
ビコウスキー刑事が軽口で返した。
「はいはい、そこまでだ野郎ども」
警部がさらに続きそうになった軽口の応酬を止める。
「今回はビコウスキーが付いて回る。いい刑事だ。交通課のウラもオモテも知り尽くしてる。この一件をうまく片づけたら、次は数件同時にやってもらおう。ダメだったら
こちらを一睨みしてから、
「じゃあ、
「ついてきな、お二人さん」
ビコウスキー刑事が先に立って会議室を出た。
「ね、ミオ」
廊下を行く途中、フブキがビコウスキー刑事に聞こえないよう小声で話しかけてきた。
「白上、なんだかわくわくしてきちゃった」
どうやら緊張よりも生来の好奇心の方が勝ったらしい。とはいえそれはウチもおんなじで、
「ウチもおんなじだよ、フブキ」
ワザとビコウスキー刑事から少し距離を取って、フブキに微笑みかける。
フブキもにっこりと笑顔で返してくれた。
「おーい、置いてくぞお二人さん」
「すぐ行きます!」
駐車場の通用口の前でビコウスキー刑事が呼んでいた。
こうしてウチたち刑事の初日が幕を開けた。