H.L. Noire   作:Marshal. K

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The White Shoe Slaying #8

 

 

「どうも、ジェソップさん。大神刑事と白上刑事です」

 

 ミオは私の先に立って、さっきまで床にへたり込んでたとは思えないほどしっかりとした足取りで、取調室に入りながら言った。

 

「出頭してくれた理由はわかってますから。正直に話してくれるなら、面倒なことにはなりませんよ」

「だから来たんです、僕も面倒事は厭なんで」

 

 濃紺の水兵服に身を包んだジェソップはそう答えて、椅子に座るミオを実直そうな目で見つめながら続けた。

 

「ラジオで彼女が殺されたって聞いたんです。それで、僕の艦長に頼んで、すぐここに来れるよう上陸許可をもらったんです」

「で、殺したの?」

 

 私は閉めた取調室のドアに寄り掛かると、試しに直截に訊いてみることにした。

 

「誰も殺してない! 信じてよ!」

「まあ、最初から訊きましょうか」

 

 ミオは全然気にしない様子で、手帳を開いて尋問を始めた。

 

「昨晩バロンズ・バーに行きましたね? 何時ごろでした?」

「半舷上陸で、24時間の上陸許可が出たんだ。着いたのは七時ごろだったと思う」

「そこで、テレサ・タラルドセンに会ったんですね?」

「うん。何杯か一緒に呑んだよ」

「で? 君はその、べろんべろんのご婦人にお近づきになろうとしたの?」

 

 何か下心があったんでしょ? っていうミオの無言の問いかけを感じ取ったらしく、ジェソップは自分の胸を叩きながら答えた。

 

「ねえ、確かにそう見えるかもしれないけど、僕は彼女を傷つけてなんかないよ」

「ダンス・ホールに連れて行ったんだよね?」

「そうだよ。クリスタル・ボウルルームまで、タクシーで」

「そのタクシーだけど、」

 

 私はミオのテンポを窺いつつ、横から割り込むようにして訊いた。質問者を不意に変えるのは尋問のテクニックの一つでもあるんだ。

 

「運転手さんによれば、君とテレサはずいぶん親密そうだったらしいけど?」

「違うよ。彼にはそう見えたのかもしれないけどさ」

「そう?」

 

 再びミオが口を開いた。身を乗り出して、琥珀色の瞳でジェソップを射るように見つめる。

 

「つまり、彼女とは思った程仲良くなれなかったってこと? だったら、君はひどく腹を立てたんじゃないの?」

「そうだよ、そのとおりだよ」

 

 ミオの凝視に耐えかねたのか、ジェソップは机の上で組んだ自分の手を見つめながらしゃべった。

 

「彼女は男が何をしたがるのか、よおっく知ってた。大抵の女はそう、でしょ?」

 

 同意を求めるような語尾には、私もミオも沈黙を返した。私は乱暴なやり方はあんまり好きじゃないんだけど、もっと言い方があけすけだったら張っ倒してたかもしれない。

 

「僕にとって、ダンスは二の次だったんだよ。なのに彼女は......」

「で? ダンス・ホールでなにがあったの?」

 

 さっきより心持ち温度の下がった声音で、ミオが質問を続けた。

 

「なんにも。ちょっと手を触れることすらなかったよ。もう何杯か呑んだら、つまんない女になっちゃった。そこのバーテンにくだを巻いてさ。旦那のことを愚痴って、子供のことを愚痴って......ずいぶん老けて見えたんだ」

「......じゃ、次ね」

 

 ミオは、その時の苛々を思い返したようにブツブツ喋るジェソップを長々と見つめていたけど、ちょっと息を吐いて切り替えるように言った。

 

酒場(バー)の前で、タラルドセン夫人を巡ってリチャード・ベイツと殴り合いをしたでしょ」

「あいつに会ったの? あれは変態だよ」

 

 どの口が言ってるの? とは、流石に私もミオも口には出さなかった。

 

「あいつを捕まえるべきだよ。僕はそう思う」

「彼は、君がやったんだって言ってるけど?」

「いい? 僕は一晩したら(ふね)に戻んなきゃいけなかったんだよ、彼はいつだって女遊びができる身なのに。だからぶん殴ったし、同じことがあったらまた殴るよ」

 

 ジェソップが息を吐く間、取調室にはちょっと沈黙が下りた。

 

「彼は道端にぶっ倒れて、彼女は僕を選んだ。それだけだよ」

「そうだね。それに、軍服を着てればいかにも騎士サマって感じがするしね?」

 

 私からの皮肉っぽい借問には、ジェソップは黙秘権を行使した。

 

「じゃあ、ダンス・ホールを出て、その後はどうしたの」

「僕は......風向きが変わった気がしたんだ、彼女とは別の方に。僕はそれに従うことにして、サン・ペドロ行きのバスに乗ったよ。彼女は......タクシーを捕まえてた」

「嘘はだめ、上等水兵」

 

 ミオの鋭い声音に、ジェソップは一瞬、私たちが昔よく見ていた表情を浮かべた。きっと彼のところにもこわーい下士官様――上等兵曹(チーフ)だか兵曹長(マスター・チーフ)だか――がいて、束の間その彼とミオを重ねたんだろう。

 上等水兵は"恐怖のオオカミ軍曹"の視線から逃れるようにもぞもぞ身体を動かしてから、俯いて話し始めた。

 

「......結局閉店まで一緒にいたんだ。一時半とか、それくらい。一緒にバスに乗って、彼女は僕の肩に寄り掛かって眠ってた」

「どのバス?」

「オール・アメリカン。2......249号車。彼女は乗り過ごしちゃったらしくて、途中で飛び降りた。僕はそのまま、ダウンタウンまで乗って行ったんだ。で、サン・ペドロ行きの便に乗り換えた」

「じゃ、それがテレサを見た最後なんだね?」

 

 私がミオの背後から確認するようにそう訊くと、ジェソップは神妙に頷いて答えた。

 

「うん、そうだよ。言葉を交わしはしなかったけど、彼女、ちょっと困ってるみたいだった」

「......わかった」

 

 ジェソップの顔を長々と見つめてから、ミオはそう言って手帳を閉じつつ立ち上がった。

 

「それでもバスの運転手から確認が取れるまでは、あんたにはここに居てもらうからね」

「艦長も、そう言われるだろうって言ってたよ」

 

 

 

 

 

「電話交換室です」

記録課(R&I)をお願いします」

「お繋ぎします」

「......R&Iです」

「白上、殺人課(ホミサイド)。オール・アメリカン社のバス・ターミナルの電話番号を調べて、この電話に繋ぐように交換室に言って下さい」

「了解しました。受話器を置いてお待ち下さい」

 

 言われた通りに電話を切ると、私は斜め前にあるミオの席の方をぼうっと眺めた。

 警察官としては、ミオは私よりも先輩だ。だから、報告書を課長のところに持って行ったりするのも大抵ミオがしている。

 もちろん行けるときは二人で行くけど、今みたいに他にすることがあるときには、報告はミオがやっていることが多い。課長もまずミオに連絡を取ろうとするし、鑑識課や検屍官からの報告書もミオのデスクに宛てられている。

 そんなわけでいま現在空席の相勤の席を見やりながら、私はぶつぶつ声に出して考え事をしていた。

 

「ラルスには動機があって凶器もあるけど、たぶん不在証明(アリバイ)がある......ベイツは動機があって前科もあって、ゲス野郎だけど、機会は微妙......ジェソップにも動機があってたぶん凶器もあるけど、不在証明(アリバイ)は......」

 

 そこで私の思考を断ち切るように、電話が内線のベルを鳴らした。最初のベルが鳴り止まないうちに受話器を取る。

 

「白上、殺人課(ホミサイド)

「電話交換室です。バス・ターミナルへの電話はシラカミ刑事でよろしかったですね?」

「はい、繋いでください」

 

 構内交換機のガチャガチャ言う音に続いて、受話器から女性の声が流れてきた。

 

「もしもし? ロサンゼルス電鉄(ラリー)バス、ウェストレイク・バスターミナルでございます」

ロス市警(LAPD)の白上刑事です。昨晩深夜に、そちらのオール・アメリカン249号車に乗務していたのはどなたですか?」

「ちょっと待ってください、勤務表を確認します......フランク・ゼフェレッリです」

「代わってください」

「えー......彼はまもなく74号車に乗務することになっていて......」

「これは、殺人事件の捜査なんです、奥さん(マーム)

 

 電話越しでも十分伝わるように、区切ってゆっくりと発音する。

 

「バスを遅らせるか、別の運転手に交代してもらってください。じゃないと非常手配を敷いて、パトカーに74号車を停めさせます」

「......ちょっとお待ちください」

 

 受話器を置く音がして、オルゴールの保留音楽が流れ始めた。

 ぜんまいが切れて音楽が止まってもなお、ちょっとどころではなく待たされたけど、ようやく受話器を上げる音がして、いかにもイタリア系な訛りの男性の声が応じた。

 

「なんなんだよ、俺になにか問題でも?」

ロス市警(LAPD)です。殺人事件の捜査をしているんですけど、昨晩遅くに水兵さんと、緑のシルク・ドレスを着たご婦人を乗せました?」

「ああ、確かに」

「先に降りたのはご婦人の方ですか?」

「ああ、そうだよ。水兵の方はそのあと、ダウンタウンの終点まで乗ってたけどな」

 

 とすると、ジェソップの証言に間違いはなさそうだ。

 彼の帰艦時刻は向こうの当直下士官か衛兵曹長に問い合わせれば教えてくれるはずだから、それとバスの時刻表を照らし合わせれば、彼の現場不在証明は成立する可能性が高い。

 

「わかりました。ご婦人の方はどこで降ろしました?」

「グランド通り、サンセット大通り(ブールバード)線のな。実のところな、彼女は道に迷ってるみたいだったよ」

 

 これも、ジェソップの言と一致しそうだ。

 

「違うバス停で降りたとか、そんな感じに見えた。俺としちゃご婦人を一人で、浮浪者の溜まり場(ホーボー・キャンプ)の前で終バスから降ろしたりしたくはなかったんだけどな」

浮浪者の溜まり場(ホーボー・キャンプ)

 

 おうむ返しにした私の言葉に、運転手さんが肯定を返す。

 

「ああ、あの辺りにあるんだ。グランド通りのサンセットとテンプルの間の陸橋の下に、大きいのが」

「そうですか......ご協力ありがとうございました」

 

 ああ、とかうう、とかいう感じの、不機嫌そうな運転手さんの唸り声を聞き流して受話器を置くと、私はちょっと考え込んだ。

 浮浪者(ホーボー)。こうなってくるとゴンザレス巡査が連れてきたバートン夫人の言っていた、背の高い浮浪者(ホーボー)が俄然気になってくる。

 グランド通りの陸橋下なら、シグナル・ヒルはすぐそこだ。バートン夫人の言っていた、あの辺りで一番大きな溜まり場っていうのも多分そこだろう。是非とも話を聞いてみないと......

 

「ねえ、フブキ」

「うひゃっ!......なに、ミオ?」

 

 考え事に気を取られていた私の耳を指で弾いて、にんまりと満足そうな笑みを浮かべた相勤が背後に立っていた。

 

「警部とちょっとお話してきたんだけど......旦那さんも勾引してこいってさ」

「うーん......まあ被疑者の一人ではあるよね」

 

 ミオが自分の席に戻ると、私も自分の椅子を引っ張って行って、ミオの隣に腰かけて続けた。

 

「強い動機があるし、凶器も簡単に手に入る。逃亡を防ぐために、不在証明(アリバイ)の確認が取れるまでは勾留しとくってのも、理にかなってるよね?」

「そうだねえ。そう......なんだけど」

「ミオは反対?」

「うん」

 

 すぱっと言い切った相勤に、私はにっと笑いかけた。

 

「おっけー。ベイツはどう? 動機と前科があるけど、タクシーの運転手さんの言を信じるなら――信じるに足ると思うけど――機会は無い。もちろん、」

「ウェストレイクで待ち伏せして、ダンス・ホールから帰ってきた奥さんを襲った可能性もある」

 

 ミオが私の後を引き取って言って、ちょっと間を置いてから続けた。

 

「それに、ベイツはよくわかんないんだよ」

「わかんない?」

「そう」

 

 ミオが珍しく、ちょっと困惑した風に言った。

 

「たぶん、性的暴行の前科があるのが足枷になってるんだと思うけど、言うことが全部嘘のようにも思えるんだよねえ。だから嘘を吐いてるのか、本当のことを言ってるけど嘘っぽく思えるのか、そこがわかんなくて......」

「んじゃあ、ベイツは黒めの保留ってことで。水兵くんはどう?」

「彼はシロだね」

 

 まだバス会社の話は伝えてないのに、これまたミオは断言した。

 

「確かに、以前カラザース検屍官が船乗りについて言ってたみたいに、お猿さんみたいな性欲してるし、聖人君子とは言い難いけど、実直な兵隊さんだよ。"シラカミ経理係軍曹(クォーターマスター)"の感想は?」

「白上も全く同感だね」

 

 私もミオと同じくらいの断定で返した。

 

「それに、さっきバス会社に電話して件の終バスの運転手さんと話したんだけど、奥さんを先に、サンセットとグランドの角で降ろして、彼はそのままダウンタウンの終点まで乗って行ったそうだよ」

「じゃあ、不在証明(アリバイ)は成立するよね?」

「一応、書類のために彼の所属――軍艦(USS)インディアナ、だっけ?――にも問い合わせるけど、たぶんシロで間違いないと思う」

「じゃあもっとベイツにキツく当たってみるかあ......おっ」

 

 ちょうどそこでミオの電話が鳴った。ミオが耳に当てた受話器に、私も裏から耳を当てて会話を聴く。

 

「大神、殺人課(ホミサイド)

"指令台です。ボビー・ロス方に裏取りに行った巡査から伝言があります"

「読み上げてください」

"了解。伝言、ボビー・ロス邸でのカード・ゲームは真夜中頃にお開きになっている。ラルス・タラルドセンはその頃に帰宅し、連れがいたという証言は無い。伝言は以上です"

「了解しました......KGPL、制服をエメラルド通り43番地方へ遣って、ラルス・タラルドセンを中央署に勾引してきてください」

"了解しました、パトカーを派遣します。他に?"

「ありません。ありがとうございました」

 

 私はミオが受話器を置くのを待って、その横顔に話しかけた。

 

「すると、一晩中ボビーのところにいたわけでも、可愛らしいブルネットと一夜の過ちを決め込んでたわけでもないなら、ラルスに不在証明(アリバイ)があるとは言えないね」

「だねえ。結局は警部の言う通り、旦那さんなのかなあ?」

 

 悩ましい表情で溜め息を吐くミオに、私はゆっくり話しかける。

 

「そうかも。でも白上はとりあえずミオのカンを信じてみることにして、一つ選択肢を加えようと思うんだ」

「どんな?」

「のっぽの浮浪者(ホーボー)だよ」

 

 

 

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