H.L. Noire   作:Marshal. K

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The White Shoe Slaying #9

 

 

浮浪者(ホーボー)? 今朝ゴンザレス巡査が現場に連れてきた、えーっと......」

「バートン夫人?」

「そう。彼女が言ってた?」

「それそれ」

 

 前日の夕方に現場で目撃されたって程度の浮浪者(ホーボー)に、疑いをかけたがるフブキの意図が読めなくて、ウチは困惑しきりだった。フブキは電話機を指しながら説明を続けた。

 

「さっきバスの運転手さんが言ってたんだけど、テレサが降りたバス停のすぐそばに浮浪者の溜まり場(ホーボー・キャンプ)があるんだって。グランド通りの陸橋の下に」

「......シグナル・ヒルに近いね?」

「うん。たぶんバートン夫人の言ってた"あの辺りで一番大きな溜まり場"のことだと思うよ?」

「うーん......それでも疑いをかけるには微妙な気がするけどなあ......」

「失礼、刑事?」

 

 背後からの呼びかけに振り返ると、制服巡査が一人、ウチたちの後ろに立っていた。大部屋の後ろで固まって、なにやら打ち合わせをしてた巡査連の一人だ。

 フブキがほとんど間をおかずに返す。

 

「なんですか、巡査」

「北グランド通りの浮浪者の溜まり場(ホーボー・キャンプ)について話をされてましたね?」

「そうだけど」

「我々も今からそこに用があるんで、よければご一緒にどうですか?」

「ふーん......ちなみに、その用っていうのは? えーっと?」

「ケリー巡査です。保安官のお使いです、二件の性的暴行で。えらくのっぽで、顔に疵があるルンペン(ボー)らしいんですが」

 

 ウチとフブキは素早く目を見交わした。背が高くて、顔に疵があって、性的暴行の前科がある、シグナル・ヒル近くにいる浮浪者(ホーボー)

 

「......興味が湧いてこない、ミオ?」

「うん、まあ」

「ケリー巡査、一緒に行ってもいいかな?」

 

 フブキが椅子を自分の席に戻しながら言った。

 

「その人にちょっと、お話聴いてみたんだ」

「いいですよ、刑事」

「ミオはどうする? 待っとく?」

「行くよ」

 

 ウチも席から立ちながら、フブキに返す。

 

「フブキを一人で、そんなところに行かせるわけにはいかないしね」

「えへへ、ありがとうね、ミオ」

「あのー、俺たちもいるんですけど......」

 

 

 

 

 

ロス市警(LAPD)だ。ここに顔に疵があるルンペン(ボー)がいるだろう」

 

 グランド通り陸橋下の浮浪者の溜まり場(ホーボー・キャンプ)の前には、パトカー2台、護送車1台、捜査用車1台が駐まっていてだいぶ物々しい雰囲気になっていた。

 五人の制服巡査たちがウチたち二人を囲うようにして立っているので、ウチもフブキも今声を発したケリー巡査の濃紺の背中しか見えない。

 巡査の問いかけに、溜まり場の門――廃材のベニヤ板とかを持って来て組んだものみたいだ――の前にいた浮浪者が答えた。

 

「は、な、何だって? い、いいか? お、俺は二度の戦争でお国のために、ご、ご奉公して......」

「こいつはダメそうだ、アイク」

 

 ブラウン巡査がケリー巡査にそう言った。

 

「中に入って直接捜したほうが良さそうだな」

「そうだな。どうします、お嬢......刑事?中は相当ひどいと思いますが」

 

 ケリー巡査が警部よろしく"お嬢さん方"って言いかけて、そう言い直した。ふーん、さては巡査の仲間内でウチたちのことをそう呼んでるな?

 

「まあ、確かに臭いはキツいけどね。でも白上たちも、ここで待ってるつもりで付いてきたわけじゃないんだよ」

 

 フブキは、捜査用車から持ってきたM37速射散弾銃(イサカ)の槓桿を引いて装填状態にすると、スカートのポケットから鹿撃ち弾(バックショット)の薬包をもう一発取り出して弾倉に詰めながら言った。

 

「いざって時には、白上たちは自分の身は自分で守るよ」

「そうですが......連中、女に飢えてると思いますよ?」

「そりゃわかってるよ」

 

 ウチもフブキの真似をして、ケリー巡査のパトカーから拝借したイサカに五発目の薬包を装弾しながらそう返した。

 

「ウチ、できればこれ使いたくなかったんだけどなあ......貞操には代えられないからね」

 

 正直、鹿撃ち散弾でずたずたになった銀行強盗の顔は、今でもイサカを見るたびに脳裏によみがえってくる。でも贅沢言ってられないし、散弾銃(ショットガン)が必要な局面は結局、あれ以降も何度もあった。今回も大丈夫、なはず。

 

「何にしてもコレが必要な状況な以上、気を抜いたりはしないよ」

「......わかりました」

 

 ケリー巡査は不承不承、って声で応じると他の巡査連に合図して、ウチたちを囲ったままで溜まり場の中へと入って行く。

 短い坂を下って少し歩くと、ちょっとした広場のようなところで皆が立ち止まった。

 

「誰か歩いて来てるね。顔に傷痕がある」

 

 巡査の壁の隙間から前の様子を窺っていたフブキが、小さな声でそう言った。

 

ロス市警(LAPD)だ! 保安官の命令で、貴様を逮捕する!」

 

 ケリー巡査が大声を張り上げる。

 一方の浮浪者の方も、自分の仲間たちに腕を振りながら叫び返した。

 

「ファシスト共だ! 俺たちをここから追い出して、なにもかも奪い去ろうという目論見の、独裁者どもの手先だ!」

「......へえ?」

 

 フブキが巡査の壁を割って、前に進み出た。

 

「一応私も退役軍人なんだけどね? それを捕まえてファシスト呼ばわりは......傷つくなあ」

 

 やばい、フブキの目の色が変わってる。そういえば従軍時代から、日系の出自と絡めてファシスト呼ばわりされるのが大っ嫌いだった。

 一方、ウチたちを取り巻く浮浪者(ホーボー)サイドも目の色が変わった。その、獣みたいな方の意味で。

 イサカを持ってるとはいえ、ウチもフブキも見た目は少女だ。散弾銃を満足に扱えそうな見た目じゃない。

 

「戦え、同志諸君! 我らの権利のために!」

「権利のために!」

「共有財産のために!」

「共有財産のために!」

 

 のっぽの浮浪者に煽られて、手に手に角材やら鉛管(パイプ)やらを持った仲間たちが続々と集まってくる。周りの巡査たちが拳銃を抜いて、彼らを牽制し始めた。

 

「訂正を求めたいけど......無理か」

 

 のっぽの小馬鹿にしたような笑みを受けて、フブキが最後の部分を付け足した。

 ウチは慌てて巡査の壁を割ると、フブキに向かって叫んだ。

 

「フブキ! その人は殺しちゃダメ!」

 

 次の瞬間、フブキは銃床(ストック)を下にして杖のようにしてたイサカを一瞬で腰だめに構えて、一発ぶっ放した。

 

 

 

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