「フブキ、その人は殺しちゃダメ!」
言われなくたってわかってる。しっぽの先っちょまで毛が開いちゃうほど私は怒ってたけど、そこの冷静さはまだまだ保てていた。
なので、目の前ののっぽの
バァンとおっきな音が響き渡って、相手が血飛沫を上げて吹っ飛ぶ。その間に私はくるっと体勢を変えて、反対側の隣にいた角材持ちにも一発お見舞いした。
角材持ちが吹っ飛ぶと同時に鉛管持ちが悲鳴を上げて、それが
素手で集まってきてた大多数は逃げ散って行き、凶器を持った十数人が喊声を上げて襲い掛かってくる。そこに巡査たちが38口径
「両手を上げて、そこに跪け!」
「戦え、同志たち! 戦え、戦え!」
イサカを構えたままのっぽに詰め寄るけど、相手は薄ら笑いを浮かべたまま扇動を止めようとしない。私が撃てないのがわかってるからだろう。それなら。
私は銃を構えたままのっぽに近寄る――側を固めていた二人はさっき吹っ飛ばしたから、邪魔者はいない――と、明後日の方向に向かって一発撃った。
イサカは
のっぽはかなりの反射神経の良さを見せつけて、左腕でギリギリ私の打撃をガードした。でも残念、狙いはこっちじゃないんだ。
私は銃身がのっぽの腕に当たると、ほぼ同時に銃を手放して一歩踏み込んだ。そのまま右足を大きく蹴り上げる。私の足の甲がブーツ越しに柔らかいものの感触を得るのと、のっぽがヒュウッと息を吐きだしたのは大体同じだった。
「あいてっ」
のっぽがくたくたと地面に崩れ落ちた一方で、私もバランスを崩して地面に思いっきり尻餅をついた。1フィート以上背丈が違うと、お股に一発蹴りを入れるだけでもバランスを崩しちゃうな。
「フブキ!」
ミオがこっちに駆け寄ってくるなり一発ぶっ放して、さっき私が手放したイサカに駆け寄ろうとしていた浮浪者を吹き飛ばした。
ミオは手早く槓桿を引いて蹴筒と装填を済ますと、銃口を地面の上で丸まっているのっぽに突き付けて訊いた。
「あんた、名前は?」
「......同志スターリン」
「面白いねえ。もう一発蹴られとく?」
ミオがそう言いながらのっぽの後ろに回り込と、のっぽは舌打ちして言い直した。
「スチュアート・アッカーマン」
「アッカーマンさんね。テレサ・タラルドセン殺害の容疑で逮捕します。ほら、いつまでも屈んでないで、とっとと立つ」
私がのっぽ改めアッカーマンの両手を後ろに回して手錠をかけると、ミオが酷薄そうにそう言って襟首をつかんで、アッカーマンを無理矢理立たせた。
アッカーマンは一瞬ミオの方に首を回してから、ぎらぎらする目で私の方を見据えて言った。
「お前......お前たち、
「はいはい、文句とか恨み言は後で署で聞くから。ケリー巡査」
「はい、刑事」
後ろを振り向いて呼び掛けると、股間を蹴られた件についてアッカーマンに同情してたらしいケリー巡査が歩み寄ってきた。
「彼を中央署に。勾留手続きをして、"快適"な監房を見繕ってあげて」
「
「任せたよ。それとブラウン巡査、無線で救急車と検屍官と、鑑識技師をここに呼んで。他の巡査たちと一緒に死体を溜まり場の外に運び出して、警察医に掛かりたいって怪我人が居たら、そいつらも外に出すこと」
「了解。お二方はどうされるんで?」
「彼の寝床の家探し」
「アッカーマンで決まりかな」
アッカーマンが出てきたあばら家の中で、私は手に持っているものをミオに見せながら言った。
「血塗れの三つ撚りのロープ、かあ」
ミオはそう言って鼻を近づけると、くんくん臭いを嗅いで続けた。
「......たぶん人血だね。それも新しい」
「そうだね。血液型はレイが見てくれると思うけど......ミオ、そっちには何かあった?」
「うん。これ、小銭入れ」
ミオがかざしたのは緑色の小さな小銭入れだった。隅の方に黄色い刺繍が入っている。
「T. T.。テレサ・タラルドセン?」
「たぶん。しかも中にこんなのが」
ミオは小銭入れを開けると、一枚の紙きれを取り出した。
「それは切符?」
「の、半券。クリスタル・ボウルルームのね」
「アッカーマンがダンス・ホール通いをしてるっていうのは考えにくいね」
「同感。後は50セント足らずの小銭くらいしかないけど......こんな境遇だと1セントでも大金だよねえ」
ミオはあばら家をぐるっと見回すと、しみじみとした声でそう言った。
「お金を奪って貞操も奪って、口封じに命も奪った......筋は通る、よね?」
「通るね」
中央署に向かう捜査用車の中で、私はミオの端的な推論に短く同意を返した。
「でもミオ、まだラルスやベイツが殺った可能性が消えたわけじゃないよ。アッカーマンは後から小銭入れを失敬しただけかも」
「そうだね」
路面電車が停まっている電停を空けるようにしてナッシュを停めると、ミオはハンドルにもたれかかって呟くように言った。
「あんなおうちなら、後から凶器を置きに行くのは簡単だろうし。それでも、"服を着せる"っていうのがどうもアッカーマンとしっくりこないんだよねえ」
「それに、靴もなかったね」
普通に考えれば、凶器は早々に処分して記念品だけを手許に残しておくだろう。それでも、
「それでも、とにかく話を聴いてみよう。凶器こそ記念品だと考える価値観の人かもしれないし」
「そうだね」
ミオが短く返事すると、ほぼ同時に路面電車から発車ベルが聞こえてきた。