「バスの運転手によると、タラルドセン夫人をあなたの溜まり場の近くで降ろしたのは午前2時。そんな夜中に彼女を丘のてっぺんまで連れて行った理由はなんですか?」
中央警察署の取調室1。すでにアッカーマンの体臭が漂ってちょっと鼻によくない感じになってきている部屋で、フブキは彼の向かいに座って無表情に訊いた。ウチはその背後に、しかめっ面をしてドアにもたれかかっている。
今日は空気のお蔭で、しかめっ面を作る必要はなかった。
「どの丘かな......俺はあちこちに棲み処がある......行きたいところに行くだけさ......」
その語り口は静かだった。鉄格子の嵌まった窓から夜の1番街を、気のない目でぼうっと眺めている。
かと思えば、ふとその目をぎらつかせながらフブキの方に戻して、目つきに似合わない静かな口調のまま言った。
「一々覚えてないさ......殺した女の名前なんて......たくさん殺したのは......確かだがね」
そこでにんまりと片頬を引きつらせて付け加えた。
「女の首は綺麗でね......とても脆いんだ」
どうやらぎらぎらする視線はフブキの首許に向かっているらしい。ウチがこいつを殴り飛ばしたい気分と戦っている間に、フブキはアッカーマンに負けず静かな声で言った。
「あなたはガス室じゃなくて、精神病棟送りになりそうですね。狂人の処刑は州法が禁じてますから」
残念ですけど、って付け加えてから、フブキが質問を続ける。
「次。彼女を殺した理由は?」
「覚えちゃいないさ......殺したいから殺す......それだけだ」
「女が嫌い? アッカーマン」
ウチがそう口を挟むと、アッカーマンはさっきよりも強い狂気を漂わせた笑顔――顔の半分以上を覆う火傷の痕のせいで、引き攣ってるようにしか見えないけど――を浮かべて、ウチに返した。
「ああ......メス畜生じゃ想像できんほどにな......あんたらみたいな威張りくさった女......男を見下す女......そいつらに痛みを与える」
アッカーマンは身を乗り出すと、狂った笑顔をフブキの方に近づけて続けた。
「わかるか......俺の痛みを感じさせるんだ......女が一番痛がるやり方でな......」
フブキは怯む仕草一つ見せなかったけど、ウチには限界だった。アッカーマンの肩を乱暴に突き飛ばすようにして、椅子に戻させる。
アッカーマンは一瞬だけウチに視線を向けた後、わざとらしくフブキに向き直った。
「昨晩2時ごろ、何処にいましたか?」
ウチが逆上するより先に、フブキが変わらず平坦な声で訊いた。あくまで仕事を続けるフブキの声のお蔭で、ウチはなんとか平静を取り戻した。平静、と言っても手が出ないって程度だけど。
「寝床さ......」
「その寝床に、被害者の小銭入れと真新しい血の付いた凶器があったんだよ、アッカーマン。あんたじゃなくて誰だって言うの」
ウチがほとんど叫ぶようにして言うと、アッカーマンは変わらない笑顔と口調で言い返した。
「俺は殺すべき人間だけを殺すのさ......そう訓練されたからな......ファシストやフェミニストや......あんたらはその両方みたいだがな?」
「じゃあウチたちを殺してみる?」
「スチュアート・アッカーマン、テレサ・タラルドセンに対する第一級殺人で告訴します」
ウチが挑発するのとほぼ同時に、フブキが静かにそう告げて席を立った。
「行くよミオ。この屑には、一々ミオが殴ってあげるほどの価値は無いよ」
「ツキに見放された男がいたとしよう」
ジェイムズ・ドネリー警部は中央署二階の奥にある自身の執務室で、来客用椅子に座ったウチたちにに向かってデスクの向こう側から言った。
「人生そんなこともある。
ぽんぽんとデスクに置かれたウチたちの捜査報告書を叩いて、警部は続けた。
「さっき局長と、市長とも話したんだがな、そろそろこの街も、不信心な輩を国境の外に一掃すべき時期だと思うんだ。栄光の日は近いぞ、お嬢さん方」
酒好きの警部と二人の獣人刑事がいる部屋から遠く離れた、一階の留置場に狂人が連行されてきた。
殺人犯は閉まりゆく鉄格子の扉を眺めながら、腑に落ちない顔つきで小さく唸り声を上げた。
The White Shoe Slaying -Case Close-