H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Studio Secretary Murder

 

 

「もちろん、調べに行かせます」

 

 今日は一日フブキと一緒に些末な書類の山に忙殺される日、だと思ってたんだけど、十時を少し回ったところで書記の人がウチとフブキを署長室に呼んだ。

 交通課以来あんまり顔を合わせてなかったレアリー警部が一体何の用だろうと、フブキと首をひねりながら署長室に着くと、署長は不在でそのデスクには今のウチたちの上司、殺人課長のドネリー警部がデンと腰かけていたんだ。

 警部はまるで自分の署長室かのようにウチたちに来客用椅子を勧めると、電話の相手に続けた。

 

「ええ、今年が選挙の年だというのもわかっていますとも。もっと落ち着きをもって、どっしり構えることですな、地方検事(せんせい)

 

 電話の相手はロサンゼルス郡のサンドラー地方検事らしい。彼の部下のピーターセン検事補が綱紀粛正を掲げて出馬を表明していて、サンドラーの地位は絶賛脅かされている。

 それにしても、なんでドネリー警部が署長室で、地方検事と電話をしてたんだろう?

 

「......さて、お二人さんを呼んだ理由だが、何者かがローズ・ゴールドの結婚指輪と、揃いの婚約指輪を質入れしたらしい。覚えはないかね?」

「ディアドラ・モラー」

 

 受話器を置いてそう言った警部に、フブキが即答した。ウチはまだ、自分の記憶をひっくり返してる最中だったのになんと早い事か。

 警部は一つ頷いて、厳しい顔で続けた。

 

「質屋を叩いて、何か出ないか見て来い。南目抜き通り(サウス・メインストリート)348番地だ」

 

 警部は椅子に深々と凭れて、電話機の方に目をやりながら言った。

 

「モラー事件は来週大陪審に掛けられる。地方検事(DA)は小さな綻び一つ、望んでいない」

 

 対立候補が猛烈な追い上げを見せている今、ちょっとの躓きが失脚につながるからサンドラー検事はかなり神経質になってるんだろう。それであの電話ってわけだ。

 ひょっとしたらレアリー警部はそれが厭で、ドネリー警部に対応を押し付けたのかもしれない。

 

「......それが済んだら、サンタ・フェ通りの操車場に向かえ。今朝がた、次の哀れな犠牲者が発見された。四十代、白人女性だ」

了解です(イエス・サー)、課長」

 

 フブキがそう言ってぱっと立ち上がり、ウチもそれに続く。

 薄暗い署内の階段や廊下を通って玄関から外に出ると、真夏のカリフォルニアの太陽が出迎えてくれた。

 

「......ヘッキシ!」

お大事に(ブレス・ユー)

 

 フブキが間髪入れずに返してから、怪訝そうな顔で続けた

 

「風邪かい、ミオ?」

「んにゃ、太陽がまぶしくって......」

 

 ナッシュの助手席に素早く乗り込むと、周りに音が聞こえないのをいいことに思いっきり洟をかんだ。

 

「......ねえ、ミオ」

「うん?」

 

 運転席に乗ったフブキは始動(イグニッション)キーを捻ってエンジンをかけた後も、すぐには出さずにウチに話しかけてきた。

 

「ディアドラ・モラーの指輪が質入れされた。ってことは、やっぱり犯人は外にいるんじゃないかな」

「......どうだろう、質入れは誰でもできるよ?」

 

 ウチも風防(ウィンド・シールド)ガラスの向こうの1番街をぼうっと眺めながら答える。

 

「正直に言って、ウチはルーニーが殺ったとは思ってない――それはフブキも同じでしょ?――から、モラーが質入れしたのかもしれないし、あるいはその誰かさんが他の人から買ったのを、又売りしたのかもよ?」

「うーん......まあ、行けばわかるか」

 

 フブキは釈然としない調子でそう言って、ようやく捜査用車を1番街の交通に乗せた。

 ウチもその声の調子と同じような気持ちで、質屋に着くまで歩道の人々を眺め続けていた。

 

 

 

 

 

――グローブ融資・宝石会社

 

  融資・売却・鑑定なんでもお受けします。

  まずはご相談ください――

 

 

 目抜き通り(メインストリート)の真っ赤な目立つ看板を掲げた質屋の前に、フブキは捜査用車を付けた。ウチが先に立って分厚く頑丈な扉を押し開けると、中央署と同じくらい薄暗い店内に入って行く。

 金融系のお店――銀行とか金貸しとか――おなじみの格子の嵌まったカウンターの向こうから、店員の男性が声をかけてきた。

 

「いらっしゃい、お嬢さん方。どんな御用でしょう?」

ロス市警(LAPD)の大神刑事と白上刑事です。ローズ・ゴールドの結婚指輪と婚約指輪をお持ちだそうですね?」

「デイヴィッド・ブレンナーです。持ってくんですか?」

「ええ、そうですけど?」

 

 ブレンナーさんはあからさまに厭そうな顔を浮かべて、吐き捨てるように言った。

 

「こいつに大枚払ったんですがね。あんたらポリ公は持ってくだけ持ってって、大して払ってくれないんだもの」

「いくら払ったんですか?」

 

 流れた質草――あるいは買い取った品物――らしい調度品を眺めていたフブキが、こっちに戻ってきてそう訊いた。

 

「50ドルですが」

「もっと安いでしょ?」

 

 もっと安いわけないんだけど、ウチたちのお財布事情ってものもある。予算に枠がある以上、経費で落ちる額も当然決まってて、まあ、その辺は軍隊で経理係をやってたフブキが一番知悉してるところでもある。

 

「二十とか?」

「十ですかね」

 

 フブキがポケットから10ドル札を抜き取って、カウンターにぽんと投げおいて続けた。

 

「受け取って、で、幸運を噛み締めることですね。担当がもっとケチだったら、営業停止をちらつかせて1セント玉(ペニー)一枚出さないでしょうけど」

「......すぐお持ちします」

 

 店員がいったん質蔵に下がると、ウチはフブキの方に身を寄せて言った。

 

「20ドルでもよかったんじゃない?」

「まあ、経理も二十なら払ってくれたと思うけどね」

 

 フブキはそこで言葉を切ると、すっと目を細めて続けた。

 

「でも白上が経理担当だったら、次から白上たちの請求にはもっと"慎重"に目を通すようになるかもね?」

了解しました(イエス・マーム)、もう文句は言いません、経理係軍曹(クオーターマスター)

「よろしい」

 

 観客のいない小芝居にちょうどきりが付いたところで、ブレンナーさんが戻ってきた。

 

「こちらです」

「拝見します」

 

 ローズ・ゴールドの指輪を手に取った。それなりのサイズのダイアモンドと、その両脇に一対のルビーが埋め込まれている。

 

「......このマークは、どこのですか?」

 

 フブキが横から覗き込んでそう訊く――ウチはちょうど、指輪の裏側のその刻印について質問しようと思ってたところだった――と、店員さんはちらっと覗いてから答えた。

 

南大通り(サウス・ブロードウェイ)のハートフィールド宝石店ですね。メーカーズ・マークです、これは」

 

 後半はウチに向けて付け足された部分だった。ウチ、そんなにはっきりと、わかんない顔を晒してたんだろうか?

 それにしても、ハートフィールドとは懐かしい。

 

「解説をどうも。よければこれを持ち込んだお客について、ウチたちに教えてほしいんですけど」

「えーっと、契約書によると名前がパーシー・B・シェリー。住所はトゥーレアリ郡ロンドン町、ポーランド通り15番地」

「ふーっ......彼の特徴を」

 

 フブキが珍しく深々と溜め息を吐いてから、ブレンナーさんに訊いた。

 

「さて、どんなだったか......中肉中背で......確か黒っぽい髪、だったと思いますな。悪いけど、彼は何と言うかこう、普遍的で特徴のない顔つきでしてね」

 

 本気で申し訳なさそうな語調と表情から見る限り、嘘はなさそうだった。そもそもこの質屋さんが嘘を吐いてそいつを匿う義理もないわけだし。

 

「ご協力感謝します、ブレンナーさん」

 

 フブキはそう言うと、指輪を手早く証拠品保管袋に詰めた。ブレンナーさんは名残惜しそうにちらっと指輪を見てから、ウチたちにちょっと会釈すると奥に引っ込んで行った。

 

 

 

 

 

「ミオ、前に送られてきた詩の手紙、あれ覚えてる?」

 

 フブキが捜査用車を出すなり、ウチに向かって聞いてきた。

 

「覚えてるよ。なんだっけ、イギリスの詩人さんの作品だったよね?」

「パーシー・ビッシュ・シェリー」

「パーシー......あっ」

「そ。ポーランド通りってのは確か、イギリスの方のロンドンに実際にある通りだったはずだよ。ただ、トゥーレアリのロンドンは畑の真ん中の小さな町だったはずだから、そんな名前の通りがあるかどうかすら怪しいね」

「偽名に偽住所ってこと?」

「たぶん。一応、現地の保安官事務所か州警分駐所に連絡して確かめてみるけど。前に課長が言ってたことは正しかったみたいだね。白上たちをおちょくって、愉しんでる」

「ちょっと待って、フブキ。てことは、モラー事件の犯人は......」

 

 あの手紙のことは結局公表されていない。なのに態々偽名にシェリーを騙るってことはつまり......

 

「ダリア事件と同一犯」

 

 ウチの言葉をフブキが引き受けて言った。

 

「課長は気に食わないだろうね、この仮説」

 

 

 

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