H.L. Noire   作:Marshal. K

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The Studio Secretary Murder #4

 

 

 メンシズ酒場(バー)はダウンタウンの南端、9番街と目抜き通り(メイン・ストリート)の角、スプリング通りと目抜き通り(メイン・ストリート)が合流する五差路の北東側にあった。私はそのお向かいの洋服店の前の路肩に捜査用車を停めた。

 

「あの向かいの店かな?」

「みたいだね。行こっか、フブキ」

 

 ナッシュを降りて――ミオの言に従って横断歩道で信号待ちをしてから――大きく扉の開け放された酒場(バー)へと入って行く。

 白髪のバーテンさんがグラスを拭きながら声をかけてきた。

 

「何をお飲みで?」

「白上と大神、ロス市警(LAPD)です。イブリン・サマーズについて、お訊きしたいんですけど」

 

 カウンターの上に警察官(バッジ)を置いてそう言うと、バーテンさんは自己紹介して答えた。

 

「ウォルター・メンシ。イブリン・サマーズね、今度は何かね?」

「今度は? イブリンとお知り合いだったんですか?」

「知ってることだけな。頭痛の種だったんだよ、彼女は」

 

 メンシさんは眉間にしわを寄せて続けた。

 

「いっつもここに来ちゃ酒手をねだってまわって、自分じゃ1セントも払わなくてな。何日か前の夜もそんな感じだったよ」

「昨晩は来ませんでしたか?」

「昨晩? いや、来てないな」

「住所はご存知ですか?」

「知らんな。住所と呼べるものがあるかもわからんね。どこかに寝床はあるみたいだったが」

「主に誰に(たか)ってたとか、そんな人はいますか」

「誰にでも集ってたよ。そこのそいつもだ」

 

 バーテンさんはそう言って、ボックス席の一つでハードカバーの本を読んでた男性客を指し示した。男は私たちの方をちらっと見て、すぐに本に目を戻した。

 ミオはその様子を目に収めると、すっと目を細くして――お、なにか引っかかったかな?――そのボックス席に歩み寄って言った。

 

「失礼、お名前は?」

「......グローブナー・マカフリー」

 

 フランス風の名前とアイルランド系の苗字の組み合わせか。ちょっとおもしろいコンビネーションではある。

 

「お話を伺っても構いませんね、マカフリーさん?」

「私はしがない貧乏作家ですよ、刑事さん。なにをお聴きになりたいって言うんですか?」

 

 名前に反してどちらの訛りも感じられない喋り方だった。少しかすれ気味の、低くて落ち着いた声音は知的で教養ある雰囲気を漂わせていたけど、なんていうか......妙に不遜な感じがした。私の偏見だろうか。

 

「イブリン・サマーズ。今朝、サンタ・フェの車両基地で殺害されて発見されました」

「なるほど、分かったよ。どうぞ」

 

 マカフリーが本を伏せて置く――シャーロック・ホームズ全集だ――と、ミオはマカフリーの向かいの席にするっと座り込んだ。

 

「サマーズさんのこと、どれくらいよくご存知なんですか?」

「知っている、とは言えない程度ですね。顔を見れば名前がわかる。そんな感じです」

「そうですか」

 

 ミオは短く返した後、しばらく目を細めたままマカフリーをじいっと見つめていた。警察官になってからも付き合いが長くなってきたから、私にはこれが"直感的に嘘だと思ったけど、つっつき回せるだけの材料がない"って顔だとわかった。

 その直感を信じるなら――私はいつだって信を置くけど――マカフリーはイブリンと親交があるのに、それを隠したことになる。なんでだろうね?

 

「......そうですか。ちなみに昨晩、イブリンに会いましたか?」

「いや、昨晩は家に居ましてね。原稿を書いてました」

「それを証明できる人は?」

「いません。独り身でしてね......独り身と言えば、彼女には交際相手がいましたよ」

「その人の名前はご存知ですか?」

「ジェイムズ・ティアナン。親しいと言うほどじゃありませんが、イブリンに比べれば親しいと言えますね。ローリングス・ボウリング場で下働きかなにかをしてたはずです。彼にも話を聴いてみては?」

「その必要があると判断したら、そうしますよ」

 

 ミオは横柄そうな口調でそう言うと――隅の席で呑んでた初老の男性が顔を顰めるのがちらっと目に入った――、足を組み替えて話題を変えた。

 

「ところでマカフリーさん、前科はありますか?」

「多少は。深刻なものではありませんが。誰だってちょっとした間違いは犯すものです、違いますか?」

「フブキ、奥の公衆電話で記録課(R&I)に電話して、前科記録の照会をかけて」

「りょーかい」

 

 スツールからぽんっと飛び降りて、手提げ鞄(ハンドバッグ)の小銭入れを手探りするようにしながら店の奥の方に向かいかけると、マカフリーが慌てたように言った。

 

「待った待った......労働争議とか同盟罷業(ストライキ)とか、そんなところです。労働者の正当な権利、でしょう?」

「警察官としては、軽々に"そうだ"とはいえませんねえ」

 

 なんだか自慢げな顔になったマカフリーに、ミオはこれといって感慨のなさそうな感じで返して立ち上がった。

 

「ご協力感謝します、マカフリーさん」

 

 マカフリーは小さく会釈をして、ドイルの描く19世紀のロンドンに戻って行った。

 

 

 

 

 

「ローリングスの住所って知ってる?」

「いや、白上は行ったことないなあ。ミオは?」

「ウチも行ったことはないよ。ただ住所は知ってる。確か、9番街とグランド通りの角じゃなかったかな」

「4ブロックくらいしか離れてないのか。じゃ、運転任せてもいい?」

「いいよ」

 

 始動(イグニッション)キーをミオに譲って捜査用車の助手席に滑り込む。ミオはナッシュのエンジンをかけると、すぐの交差点を右折して9番街を西に向かった。

 

「......ローリングスって公衆電話あるかな」

「ミオ?」

 

 怪訝な顔をして運転席の方を見やると、ミオは眉間に深い皺を寄せながら答えた。

 

「たぶんだけど、マカフリーはイブリンやティアナンさんのことを本人が言ってた以上に知ってるし、前科ももっと他に隠してるって気がするんだよ。でも、突っ込んで訊けるほどの確証がなかったんだ」

「なるほど。で、R&Iに前科の照会をかけて答え合わせをしたい、ってことだね?」

「そういうこと。ただ、あの場であんまり圧をかけすぎると逃げられちゃいそうだったから......」

「白上もそう思うよ。あいつは逃げそうだ......ともかく、マカフリーがどの程度の嘘を吐いてたにしても、ティアナンさんからはもうちょっと詳しく聞き出せそうだね?」

「うん。ただ......」

 

 ミオはちょっと言い淀んで、信号停車している路面電車を避けるように車線を変えてから続けた。

 

「......ただ、ティアナンさんが素直に話してくれるといいけど。交際相手ってことは、昨晩もイブリンと会ってたかもしれないでしょ? 犯人かどうかはともかく、そこに警察が訪ねてきたら......」

「脱兎のごとく逃げ出しそうだね......」

 

 私の返しに、ミオは憂鬱そうな溜め息を吐いた。

 そうこうしているうちに捜査用車は9番街とオリーブ通りの交差点を過ぎて、ボウリング場はすぐそこに迫っていた。

 

 

 

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