「ビコウスキーか?」
貨物駅のゲートの脇で立ち番をしていた巡査が、私たちの捜査用車の後部座席を覗き込んで言った。
捜査用車はいままで乗っていた42年式フォード・デラックス
ビコウスキー刑事が巡査に二本指で陽気な敬礼を返すと、巡査は笑いながら言った。
「駐車場はまっすぐ行った先だ」
遮断
未舗装の砂利の上をガタガタ進んで駐車場に行くと、すでに警察車両が何両も駐まっていた。ミオは現場写真係の白黒のスチュードベイカーの隣を選ぶと、そこにビュイックを駐めた。
「お二人さん。これはあんたらの初めての事件だから、わからないことがあったら何でも聞いてくれていい」
現場の方へ足を向けると、後からビコウスキー刑事が言った。
「それまではまあ、好きなようにしろ。俺も好きにうろついてるから」
「わかりました」
ミオが先に立って、私たちは駅構内に入った。
線路と線路の間に駐まっている青いリンカーンに向かっていくと、巡査の一人がこちらにやってきて声をかけた。
「ハート巡査です」
「オオカミ刑事。交通課です。ここで何が?」
先頭のミオが答える。
「放置車両です。多分盗難車でしょう。公共心あふれるネイト・ウィルキーさんが通報者です」
「なんで検屍官がここに?」
それは私も気になっていたことだ。駐車場に駐まっていた、検屍官事務局の黒い寝台自動車を見た時から。
「中が血塗れなんです」
ハート巡査が振り返って説明する。
「誰かが暴漢と格闘になって、八つ裂きにされたって感じです。まだ乾ききってません」
ミオに倣って鼻を動かすと、こちらが風上ながら確かに血の臭いがした。
「自動車の所有者はわかってるの?」
「エイドリアン・ブラック名義で登録されてます。バンカーヒルのすぐ北です」
「わかった。現場を見て回ろうか、フブキ」
「ウィルキーさんを引き留めておきますけど、」
私の方に向かってハート巡査が言う。
「あまり待たせない方が良さそうです。忙しない人でして」
「わかったよ、ありがとう」
青いリンカーン・コンチネンタルに近づくと、血の臭いが一気に濃厚になった。
年配の男性が一人、助手席の横にかがんで作業していて、私はそれが検屍官だと見当をつけた。背広の左胸に六芒星の検屍官
「先生」
「刑事さん......かな?」
検屍官が立ち上がりながら言って、こちらを見て最後の疑問文を付け足した。
こちらの見た目が私服姿の可憐な――自分で言っといてなんだけど、恥ずかしいなこれ――少女だからだろう。
一応、警察官
「シラカミ刑事です。どんな様子ですか」
「大出血だな。鈍的外力――専門的じゃない言い方をすればドスン、ドシン、グシャ――による外傷が原因だろう。被害者はエラいことになってるだろうな」
「その被害者の手掛かりはありました?」
「トランクに入ってるんじゃなければ、何もないね」
そういうと検屍官は鞄のほうに歩いて行った。帰り支度をするようだ。
私は後ろに回って、自動車のトランクを開けた。中にはスペアタイヤとタイヤレンチ、そして紙切れが一枚あった。領収書のようだ。
――リバーサイド屠畜場
F. モーガン様
生きた成豚:1頭:3ドル20セント
総計:3ドル20セント――
昨日の日付だ。
すんすんと改めて鼻を動かす。言われてみれば、この臭いは人血というよりは豚の血のようにも感じる。
それは検屍官に検査してもらおう。さっき検体を採ってたみたいだし。
「フブキー!」
ミオが手を振って呼んでいる。
そちらに歩いて行くと、ミオは手に持っていた
「ミオ、これ見た?」
「うん。インスタヒート」
パイプに刻印されたブランド名を読み上げて、
「何かヒントになるかもね」
「ところでミオ、これ本当に人血だと思う?」
「え?」
領収書を見せると、ミオはパイプの血をくんくん嗅いでから言った。
「確かに、言われてみれば豚の血のような気もする」
「確証はないんだけどね。でも検屍官が答えを出してくれると思うよ」
二人でリンカーンの方に戻る途中で、ミオがお? と声を上げた。なにか、日光を反射して光っているものを見つけたらしい。
近寄って確かめる。
「眼鏡か。それと財布と」
ミオが眼鏡を見ている間、私は財布を検めた。
お金は1セントもなくて、運転免許証と写真が一枚あるきりだった。
――カリフォルニア州自動車操縦者運転免許証
エイドリアン・ブラック
カリフォルニア州ロサンゼルス市
バンカーヒル通り620番地
32歳男性、既婚、身長5フィート8インチ、体重167ポンド、白人、髪は茶、目は青――
実に普遍的な白人男性、といった感じ。こんな貨物駅のど真ん中で何をしてたんだろう。
写真のほうは、奥さんらしい女性とのツーショットだった。自宅らしい家を背景に、ふたりとも幸せそうな笑顔を浮かべている。
「フブキ、他に何かあるかな?」
先に立ち上がっていたミオが辺りを見回しながら聞いてきた。
私も立ち上がって周囲を注意深く見まわすけど、目を引くものはない。
「ないね。ウィルキーさんの話を聞きに行こうか」
「そうしよう」
私たちはウィルキーさんの方に目を向ける。ハート巡査に何かずっとしゃべり続けていて――断片的に聞こえる限りでは、早く仕事に戻りたいようだ。短気な上司がいるらしい――巡査がすっかり憔悴しているらしいのが目にとれる。
「......ちょっと急ごっか、フブキ」
「うん」
二人でウィルキーさんの方に小走りで向かった。