H.L. Noire   作:Marshal. K

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Driver's Seat #2

 

 

「ビコウスキーか?」

 

 貨物駅のゲートの脇で立ち番をしていた巡査が、私たちの捜査用車の後部座席を覗き込んで言った。

 捜査用車はいままで乗っていた42年式フォード・デラックス警察仕様車(パトカー)ではなくて、下ろし立ての黒い47年式ビュイック・スーパーだ。下ろし立て、のはずなのだけどコキ使われる警察車両の例にもれず、早くも若干くたびれ始めている。

 ビコウスキー刑事が巡査に二本指で陽気な敬礼を返すと、巡査は笑いながら言った。

 

「駐車場はまっすぐ行った先だ」

 

 遮断(ポール)が上がると、ミオが車を発進させる。

 未舗装の砂利の上をガタガタ進んで駐車場に行くと、すでに警察車両が何両も駐まっていた。ミオは現場写真係の白黒のスチュードベイカーの隣を選ぶと、そこにビュイックを駐めた。

 

「お二人さん。これはあんたらの初めての事件だから、わからないことがあったら何でも聞いてくれていい」

 

 現場の方へ足を向けると、後からビコウスキー刑事が言った。

 

「それまではまあ、好きなようにしろ。俺も好きにうろついてるから」

「わかりました」

 

 ミオが先に立って、私たちは駅構内に入った。

 線路と線路の間に駐まっている青いリンカーンに向かっていくと、巡査の一人がこちらにやってきて声をかけた。

 

「ハート巡査です」

「オオカミ刑事。交通課です。ここで何が?」

 

 先頭のミオが答える。

 

「放置車両です。多分盗難車でしょう。公共心あふれるネイト・ウィルキーさんが通報者です」

「なんで検屍官がここに?」

 

 それは私も気になっていたことだ。駐車場に駐まっていた、検屍官事務局の黒い寝台自動車を見た時から。

 

「中が血塗れなんです」

 

 ハート巡査が振り返って説明する。

 

「誰かが暴漢と格闘になって、八つ裂きにされたって感じです。まだ乾ききってません」

 

 ミオに倣って鼻を動かすと、こちらが風上ながら確かに血の臭いがした。

 

「自動車の所有者はわかってるの?」

「エイドリアン・ブラック名義で登録されてます。バンカーヒルのすぐ北です」

「わかった。現場を見て回ろうか、フブキ」

「ウィルキーさんを引き留めておきますけど、」

 

 私の方に向かってハート巡査が言う。

 

「あまり待たせない方が良さそうです。忙しない人でして」

「わかったよ、ありがとう」

 

 

 青いリンカーン・コンチネンタルに近づくと、血の臭いが一気に濃厚になった。風防(ウィンド・シールド)ガラスや助手席ドアのサイドウィンドウに、べっとりと血が付いているのが見える。

 年配の男性が一人、助手席の横にかがんで作業していて、私はそれが検屍官だと見当をつけた。背広の左胸に六芒星の検屍官(バッジ)をつけている。

 

「先生」

「刑事さん......かな?」

 

 検屍官が立ち上がりながら言って、こちらを見て最後の疑問文を付け足した。

 こちらの見た目が私服姿の可憐な――自分で言っといてなんだけど、恥ずかしいなこれ――少女だからだろう。

 一応、警察官(バッジ)を紐で吊って首から下げているけど、私が検屍官の立場ならたぶん同じ反応を返したと思う。

 

「シラカミ刑事です。どんな様子ですか」

「大出血だな。鈍的外力――専門的じゃない言い方をすればドスン、ドシン、グシャ――による外傷が原因だろう。被害者はエラいことになってるだろうな」

「その被害者の手掛かりはありました?」

「トランクに入ってるんじゃなければ、何もないね」

 

 そういうと検屍官は鞄のほうに歩いて行った。帰り支度をするようだ。

 私は後ろに回って、自動車のトランクを開けた。中にはスペアタイヤとタイヤレンチ、そして紙切れが一枚あった。領収書のようだ。

 

 

――リバーサイド屠畜場

  F. モーガン様

  生きた成豚:1頭:3ドル20セント

  総計:3ドル20セント――

 

 

 昨日の日付だ。

 すんすんと改めて鼻を動かす。言われてみれば、この臭いは人血というよりは豚の血のようにも感じる。

 それは検屍官に検査してもらおう。さっき検体を採ってたみたいだし。

 

「フブキー!」

 

 ミオが手を振って呼んでいる。

 そちらに歩いて行くと、ミオは手に持っていた鉛管(パイプ)をこちらに差し出してきた。途中に(バルブ)があって、そのあたりを中心に血で染まっている。

 

「ミオ、これ見た?」

「うん。インスタヒート」

 

 パイプに刻印されたブランド名を読み上げて、

 

「何かヒントになるかもね」

「ところでミオ、これ本当に人血だと思う?」

「え?」

 

 領収書を見せると、ミオはパイプの血をくんくん嗅いでから言った。

 

「確かに、言われてみれば豚の血のような気もする」

「確証はないんだけどね。でも検屍官が答えを出してくれると思うよ」

 

 

 二人でリンカーンの方に戻る途中で、ミオがお? と声を上げた。なにか、日光を反射して光っているものを見つけたらしい。

 近寄って確かめる。

 

「眼鏡か。それと財布と」

 

 ミオが眼鏡を見ている間、私は財布を検めた。

 お金は1セントもなくて、運転免許証と写真が一枚あるきりだった。

 

 

――カリフォルニア州自動車操縦者運転免許証

  

  エイドリアン・ブラック

  カリフォルニア州ロサンゼルス市

  バンカーヒル通り620番地

  32歳男性、既婚、身長5フィート8インチ、体重167ポンド、白人、髪は茶、目は青――

 

 

 実に普遍的な白人男性、といった感じ。こんな貨物駅のど真ん中で何をしてたんだろう。

 

 写真のほうは、奥さんらしい女性とのツーショットだった。自宅らしい家を背景に、ふたりとも幸せそうな笑顔を浮かべている。

 

「フブキ、他に何かあるかな?」

 

 先に立ち上がっていたミオが辺りを見回しながら聞いてきた。

 私も立ち上がって周囲を注意深く見まわすけど、目を引くものはない。

 

「ないね。ウィルキーさんの話を聞きに行こうか」

「そうしよう」

 

 私たちはウィルキーさんの方に目を向ける。ハート巡査に何かずっとしゃべり続けていて――断片的に聞こえる限りでは、早く仕事に戻りたいようだ。短気な上司がいるらしい――巡査がすっかり憔悴しているらしいのが目にとれる。

 

「......ちょっと急ごっか、フブキ」

「うん」

 

 二人でウィルキーさんの方に小走りで向かった。

 

 

 

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